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4.貧乏くじと貧乏くじ

「で、土産に持たされたのが、(こいつ)だ。血は抜いてある、捌いて食ってくれや」

「――あの、本当に大丈夫なのですか」


 バンの語る話の内容を反芻しながら、リュミネは、ようやく精いっぱいに口を開いた。


 話が本当なら、目の前の人物は二十名近いバグベアと一人で戦ったことになる。

 のんびりと話を聞いている場合ではない。


 しっかりと立っていて、無事なように見える。それでも、やはり傷だらけで血まみれなのだ。すぐに治療を手配しなければ。


「言いつけどおり、クマヅラの誰も殺しちゃいねぇよ」


 ちっ、と舌打ちして答えるバン。

 リュミネが心配したのは、そこではない。


 彼は貴族ではない。特別な「力」は持っておられない――はずなのだ。たぶん。おそらく。きっと。


 先ほど馬から落ちたオルモークも心配だけれど、彼は貴族だ。己の成したことは己で責任をとる。

 貴族が第一に守るべきは貴族の命ではなく、それ以外の力持たぬ命でなければならない。それが貴族の誇りであり矜持だ。

 とても怒りっぽいオルクモークではあるけれど、人の話を聞かないことも多いけれど、なすべきことはなす人だ。

 ここで優先すべきは()()()()()彼だ。


 それにしてもオルモークも皆も、彼に対して過剰に反応しすぎではなかったろうか。

 今回は、確かに彼が無断で物資を持ち出してしまわれたために、特に強硬な手段を取るのも仕方がなかったのかもしれない。

 けれど。決してバン様は暴れていたわけではない。抵抗せず、じっと()()()()()していただけなのに。

 ()()()()見た目は荒っぽいかもしれないけれど、ただ立っていただけで、怖がりすぎではなかったろうか。


 あとで物資の窃盗については、王国の規則に基づいて処分を下されなければならない。

 そもそも彼は王国民ではないから、騎士や兵士、王国民のように罰則をそのまま当てはめることはできないので、責任は彼をここに呼んだ私が取るのが妥当だろう。


 とにかく今は、彼。――バン様は守るべき恩人なのだ。


「――難しぃツラしてるが、俺ぁなにかしくじったか」

「そんな、とんでもない。諍いを収めていただいて、本当に助かりました」


 彼の成した、――過程はまだ、うまく呑み込めていないけれど――バグベアとの契約は、非常の大成功だ。


 バグベアも、騎士も、誰も死ぬことなく収まったのは、素晴らしい。

 今の状態は結果論だったのかもしれないが、双方に益のあるだろう交易までできるようになるなんて、それは何よりのことで。こちらの負担が、責任者である私が窃盗の責めを負うだけというなら、成果と費用を天秤に乗せるまでもない。


 歴史を見れば、こと領地に関わることなら、大規模な戦闘は多い。

 そんな案件で、「敵対」してきた種族と和解できたというのは快挙だ。

 おそらく、彼がいなければ、開拓地の全員とバグベアで膨大な命の奪い合いに発展したのは間違いない。その惨劇を防いでくれたこと。

 どれほど褒め称えても足りない。


 彼が、「命をできるだけ敵味方を問わずに失わせないよう解決する」という自分の考えを理解してくれ、実行してくれて。

 バン様が来てくれたのは――


 ――あれ?

 そういえば、そもそも、何故バン様はバグベアに会いにいかれたのだろう。

 バグベア族の広場は、偶然とおりがかるような場所では、勿論ない。どうして――


「――そうかい、役に立ったかよ」


 ぼそりと言う声。

 見れば、バン様のしかめっ面がわずかに緩む。

 胸が強く高鳴った。


 ひょっとして――


 私の心が、都合のいい答えを私にささやく。


 ――もしかして、私のためだったのだろうか。


 彼と久しぶりに再開する今日まで。

 一年前の出会いから、ずっと。


 私は彼に報いたことはない。


 国の外を探索する国家計画の途上、絶体絶命の窮地から命を助けてもらってから、ずっと。

 彼には私の身を守ってもらっていたにも関わらず。

 最初など死んでしまってもおかしくない怪我を負ってまで。

 何度も何度も助けられたというのに。


 一年前、王都に帰還するときには護衛という名目でさえも連れていけなかった。自分の立場では、彼を常にそばに置いてはおけない。

 住む村を魔物に滅ぼされ、流浪の身元定かならぬ彼であるために。


 彼は、お礼やお金を受け取らない。それでも彼は『ことが起こりゃあ、いの一番に駆け付ける』と、王都の外で待つといった。

 どのような生活だったかはわからない。私の想像の出来ぬ苦労もあったと思う。


 私には「力」がある。

 私は、人それぞれの持つアウラの波長を判別する「力」がある。

 種族問わずアウラの特徴を知ってさえいれば、目をつむり深く集中すれば王国内ならば誰であれ探知することもできる。

 この開拓地でバグベア族を見つけ出したのも、この「力」だ。


 貴族の「力」は公のことにしか使わないのが不文律なのだけれども、就寝前の一時、「力」を使い、王都の近くに変わらず彼のアウラを見つけると申し訳ない気持ちと一緒に、すこし温かい気持ちになったものだった。


 気づけば、恋に落ちていた。

 寝台の上で、ある夜に、私の初恋を見つけた。


 彼を案じる中、この開拓地への着任が決まり、再会する機会を得た。

 このような場所だから彼のような境遇のものもいる。

 彼の居場所を「力」で探し、人を送り連絡を取った。手紙を送りたかったけれど彼は、あまり字を知らないそうなので言伝だ。


 ようやく彼に報いる機会を得て、会えて――

 今日を約束の日として、それで、むかえに出て――


 そんな時でさえ、私の苦境を察してくれていたのか。


 だが、けれど、しかし――


 聞かねば。


「今回のことは、私のために――」


 彼の顔。しっかりと見る。


「――ああ」


 鼓動がうるさくて彼の声以外、聞こえてこない。


()()の顔はつぶしてねぇ。約定はきっちり()()の名でまとめた」


 姉者。


()()にもらった命だ。俺の勝手が姉者の大願野望の助けになったってなら是非もねぇ」


 姉者(あねじゃ)ってなんでしょう?


 バン様は自分をそう呼ぶ。年齢は私の方が十歳以上も下で、そもそも血縁でもない。彼は弟で、自分は姉。どうしても分からない。ちっとも分からない。


 彼がそう呼びだしたときのことが、頭をよぎる。

 出会って間もないころ、ある時ものすごく真剣な顔で私に言った。一緒にお酒を飲みたいと。

 正確には()()()()()()()だったかな――


 私も親しくなれるのは嬉しいので、すぐに了承すると、その晩、近衛騎士の方々も同席する中、侍女が林檎酒(サイダー)(カップ)に入れようとした時、彼が留めて、私と彼でお互いに注ぎあおうと言い出した。

 なんだか「年上なのに可愛らしいことを提案するな」と驚くと同時にかわいらしいとも感じた。

 その小さなわがままに、心がそわそわし、うきうきした。

 お互いに同じくらいに林檎酒を注ぎあって、乾杯しようとすると、彼が急に泣き出した。


『俺みてぇなよ、根無し草に、同分の盃をくれるたぁよ――』


 椅子の上ではなく、地面にどっかと座り、私を仰いでいる。

 

『ただの今、これから、俺ら二人は血は繋がらずとも、あんたは兄――いや姉だ。宿も飯も恩には着ねぇ。だが、姉者にもらったこの命は姉者の命。姉者の望みは俺の望み。姉者の敵は俺の敵。この身命一心に賭して、天下に遍く義と信に賭けて、姉者の行く道の上にゃあ石ころ一つ置かさねぇ!』


 それからである。


 姉者。


 その時に詳しく聞いておけば良かった。その時は間近で彼と見つめあってしまったせいか、鼓動と感情が邪魔をして、うまくしゃべれず、ただうなずいてしまった。


「あの」

「荒事しか出来ねぇが、腕でも首でも使いつぶしてくれや」


 バン様が不機嫌そうに、しかめっ面で怒鳴る。

 少しだけ、恥ずかしそうに。

 なんていとおしい。

 彼の佇まいは凛として、一挙手一投足が重々しく綺麗に過ぎる。

 こんな、人が――

 

 貴族らしく、咄嗟に笑顔で応えたリュミネ。

 内心は嵐の如く乱れ、質問が頭から消し飛んでも、口も聞けないほど慌てていても、その対応は優雅であった。


 姉者ってなんなんでしょうか!?


 あと怪我は大丈夫なのですか!?


 それと大願野望ってなんなんのことでしょうか!?






 侍女のショウカは、馬から落ちたヴァーチ=オルモークに駆け寄ると「力」を使い手当てを行う。

 目立つ外傷はない。意識は――


「なんだ、あれは…」


 ある。


 混乱して譫言を言っているようだが、放っておいてもよいだろう。私も、バン(あれ)がなんだか解らないし。


 背中から落ち、全身を打って行動不能。怪我として考えられるのは打撲や内臓損傷。応急処置としては、オルモーク自身の治癒力を高めることで充分だろう。


 ヴァーチ=オルモーク。

 姫様の学友であり、親しい人物の一人。有力貴族リョウズ伯の嫡子。見目も良く、身分も十分であり、アウラの能力も存分に優秀である。――が。

 学生である以上仕方ないが、未熟な部分が多い。特に、今回は姫様に怪我を負わせる寸前だったのは、問題外だ。傷を看るのも腹立たしいが、私も貴族のはしくれ。私情をは持ち込むまい。


 そもそも、姫様の騎士を目指そうというなら、この程度で目を回しているようでは、まったく頼りない。

 大体にして、姫様に対して正直に好意を示せないあたり、へっぽこである。

 姫様に好意があるのは見え見えのくせに、周りから言われて、仕方なく騎士をやってますみたいな態度はよろしくない。

 そんな受け身な男に姫様を任せることはできませんね。もう少し男を磨いてから出直すとよいでしょう。


 とは、ショウカのヴァーチへの率直な評価である。


 手当てを終え、兵に後事を任せると、次にバンに吹き飛ばされた馬を確認する。見れば、その馬が丁度かき消えるところで、そこから小さな、アウラのかたまりが逃げて行くのが見えた。


 またか。


 いたずら妖精(ボギー)は、人の多く集まるところに現れる。

 馬に変身して驚かせる手口は、ボギーの中でも驚愕(ショック)という種類の妖精だろう。随分度を過ぎたいたずらを行うのが常だけれど、本物の馬よりはるかに厄介な妖精馬でも彼にかかれば、こんなものだ。

 侍女として姫様にお仕えしてからは、私もかなりひどい目にあわされているので、同情はしません。


 姫様は本当に厄介事に好かれている。

 この類の妖精は頻繁に出没するし、姫様の不運の大半は彼等のせいだ。


 姫様の持つ「力」は、彼等にとっては、とても“やりにくい”。

 感知力が高すぎて驚かす前に見つけられてしまうのだから。

 その上、姫様の懐が広すぎて、いたずらが成功しても、にこにこと喜んでしまう場合も多かったりする。


 いたずらこそが生きる意味。か、どうかはさすがに分からないけれど、彼等が姫様を驚かせることに固執しているのは間違いない。

 なかには、まったく驚いてくれない姫様に涙目で逃げて行ったものもいる。

 さすが姫様である。


 今回のいたずらは、かなり悪質のものだ。

 彼がいなかったら、かなり危険だった。


 妖精だけでなく、姫様の周りはには危険が多い。

 厄介事に好かれるだけでも大変なのに、厄介事を背負い込んでしまう性情である以上、仕方ないが。

 此度のバグベア()()も、本来は押し付けられたものであるのに、姫様は大任を果たすのだと、なんの衒いもなく受けてしまっている。


 姫様は、真に、心の底から貴族であるために、貧乏くじを引く。


 誰が真似できると言うのか。

 日のほとんどは、御公務と、「力」を行使されてあらゆるものを探し出し続けていらっしゃる。御自らの「アウラ」が枯れる寸前まで、ただただ務められる。

 もしも私たち侍女がいなければ、一週間と持たず過労でお倒れになるだろう。


 一年前、姫様と初めて出会い、お仕えすることになった旅の途上。

 その金色の御髪が枯れ、白磁の肌を荒らし、寝る間も惜しみ、青ざめた顔に一切の曇りも見せず、その御力で私たちを導き続けた、あの御姿。


 厄介事を率先して背負い、貧乏くじを自ら引く。そういう方なのだ。

 そうして、厄介事を解決できてしまうほど優秀でもある。


 私を始め、侍女衆も騎士たちも、姫様のなされることを肩代わりすることはできない。姫様ほど優秀で高貴なものがいないために。

 ならば、少しでも解決のお手伝いをできればと思っていたけれど――


 今は、姫様の厄介事を先に奪い取って、短い葦(ショート・ストロー)を更に短く折り取る男がいる。

 成功すれば姫様の功績。失敗すれば自分で抱え込んで引き受ける。


 姫様と彼を見る。


 アンバラスどころか、住む世界まで違いそうな二人がいる。

 恋情。身分差。政治。その他もろもろ。


 なんだか会話も食い違っているような気がするし、男の方にはまだまだ慣れないけれど、数か月ぶりに見る、困った姫様の横顔はとても美しいから。


「ショウカ、バン様の治療を」

「いらねぇよ、姉者」


 まあ、この二人はこのままでよいだろうと不敬ながら思ってしまった。


「ただいま参ります、姫様」


 貧乏くじを引いても、不幸せとは限らない。

 彼等を見ていると、ショウカは、つくづくそう思った。


乙女ゲーム系の話を書きたくて、書いてみたらこうなりました。

どうですか。乙女でしたでしょうか。


すみません。

あやまりますので、石をなげないでください。

どうしてこうなったのでしょうね。

ちなみに、初期の題名は「姫と豪傑」でした。

乙女ですね。

気が向いたら、続くかもしれません。ご希望の方は、その旨書いていただければと思います。

それでは、またどこかで。

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