補遺 第一話 違和感
題名の通り補遺なので、少しだけ続きが見たいって方に向けてです。
神様はどうして俺を過去に飛ばせたのだろうと、時々考える。
考えても意味のないことなのかもしれないけど、気になる。
あの人は植物の神様だ。
戦の神の性質は持っているとしても、時間の神の性質は有していないだろう。
そんな高等技術を扱える人なものか。あの人は直情径行な人だ。
自分の司る範囲なら操れるだろうが、それ以上でもそれ以下でもない。
誰かに入れ知恵されたと考える方が自然だろう。
少しだけ、気になる。俺がこの体になったのは、あの人のせいだ。
神様の中の色々な事情があるって言うのは知ってる。
でも、少しだけ自分のことがわかるようになって、知りたいと思ってしまった。
どんな事情があるんだろうって。
神様に直接聞くのはやめておこう。また殴られそうだ。
第一、今の神様は、俺を飛ばしてきた神様とは別の神様になるんだろう。
記憶を失ってるんだから、そう言うことになるはずだ。
もともとの神様は、この世界にはもういない。
でも、それは事情がわからないってことじゃない。
積み重ねていけば、つながる事実があるはずだ。
今度神様がきた時に探ってみよう。
●
時の流れも空間の流れもあやふやだ。
カヤノヒメの司るあの神様空間である。
そこにへらへらした軽薄そうな男が現れた。
「なあ、カヤノヒメよう。貸してたもの、返しにもらいにきたぜい。」
「あん?誰だ、あんた。」
「そうだな。お前の記憶はなくなってるんだもんな。」
「なんのことだよ。」
「とはいえ、あの時の神約は、果たしてもらわないとな。あっちのお前は、利益を受けてるお前から取立てろとか言ってたし。」
「知らねえよ。」
「時は何物にも優先するんだぜ。」
「はっ?知るか。」
「神約は絶対履行。拒否するのなら、強制執行するしかねえな。」
「うっ。これは? 謀ったな、てめえ!」
カヤノヒメは、突如開いた暗闇に吸い込まれていった。
「あっちのお前につけこむのは簡単だったさ。ちょっと欲望をつつけば同意してくれた。」
ギリシャ神話の時を司る神。クロノスは嗤った。
「さあ、日本侵攻の第一歩だ。全くもって近代化さまさまだぜ。時を司れる神なんて一握りだからな。」
イザナギ、イザナミ直系の神、カヤノヒメは陥落した。
ここから自分の支配力を広げていけばいい。
彼の目の前には洋々たる未来が開いているように思えた。
●
「神様、どうしたんだろう。」
神様はなかなか姿を現さなかった。
だいたい月一くらいで顔を見せてたのに、ここ三ヶ月は音沙汰なしだ。
これは事情を探ろうとしたのがバレたのかな。
いや、でも嫌なら嫌だとはっきり言うのが神様のはずだ。
ばっくれてだんまりなんてキャラじゃない。
どうしたんだろうか。
俺はだんだん不安になってきた。
不意に地中がせり上がった。人の姿を形作る。砂を薄衣のように体に纏わせた銀髪の神様、イワスヒメだ。神様がやってくるとこの人もだいたいやってくる。
彼女は俺に触ると、首を振った。
落胆した表情だった。
「イワスヒメさま。カヤノヒメの居場所を知りませんか?」
彼女との挨拶はちゃんと済んでいる。イワスヒメにも俺の声は届くようになっていた。
「ここだと思ったのだけれど。」
相変わらずおっとりとしている。でも、隠しきれない焦燥がそこにはあった。
「何があったんですか?」
「ここ最近、連絡が取れないのよね。あの子の領域に直接行こうとしても妨害されているみたいで。」
「俺の前にも姿を現さないですね。」
少しだけ不安になった。あの人の戦闘力を疑う訳じゃないが、何かあったのではないだろうか。具体的に何があったのかと言われると、よくわからないと言うしかないが。
「何かわかったら教えて。私の連絡先を教えてあげるわ。」
謎の番号の羅列が送られてきた。
そんな電話みたいな⋯⋯。
だからこそ、仲が悪くなっても彼女と神様は連絡を取れたのかもしれない。
「声に出して言えばわかるわ。ここには注意を振り向けておくし。」
「わかりました。」
相談できるのならこんなに心強いことはない。
「多分大丈夫だとは思うけどね。じゃあ。」
彼女は優しく微笑んで地面の中に消えていった。
一回、この人と敵対したんだよなあ。今となっては信じられない。
あの時は普通に気づかなかった。
木を切るための法案なんて、よく考えたら神様でも絡んでないと作成されるはずなかったけれど。
まあ、あの人の性格が元に戻って本当に良かったってことだ。
性格だけで言えば、木になってから会った中では一番温和だと言っても過言ではないかもしれない。もう4000年以上生きていることを考えるとこれからもあの人ほど性格のいい人は現れないだろうと思う。
さて、今の気がかりはカヤノヒメだ。
あの人に何かあったら、俺にも影響があるかもしれないしな。
全くもって、どこにいるんだか。
●
「時間ならたっぷりあるからな。」
カヤノヒメの領域でクロノスは呟いた。
「俺の力を浸透させる。ここに根をおろし、そして、ゆくゆくは全てを乗っ取ってやる。」
侵食は遅々として進まないが、手応えはあった。
「最後にはあのクソオリュンポスの野郎どもを。ふふふ。待ってろ。ティターン神族の恨み、今度こそ晴らしてやる。」
最終的な目標までの道のりは果てしなく遠い。それでも、彼はしくじるとは思わなかった。ただ、愚直に計画を実行するのみ。
名による支配は難しい。ほぼ同じであったクロノスのようにはいかないだろう。
彼の姿が明滅する。カヤノヒメの姿が重なる。
だが、時は全てを解決する。
そろそろこの領域が彼を新しい主人として認めつつあった。
書籍版一巻が7月13日に発売です。
書き下ろしたっぷりなので、予約購入していただけるととても嬉しいです。




