第79話 終幕
輝夜に連れてこられた夜の大和杉の樹上。
そこで俺は一人の女に出会った。
美人で目つきの悪い、和服の女だ。
彼女は俺を認めて、口を開いた。
「お前は誰だ?」
猜疑心たっぷりに問いかけてきた。
怖い。昔は全然別の場所から見てたからそうでもなかったけど、今正面から見ると迫力が違う。
⋯⋯昔?
いつのことだ?
思い出せない。
「神様は知ってるんじゃないの?」
敬いのかけらもない様子で輝夜はそう言った。
神様?
そういえば神々しいオーラを感じる気がする。
禍々しいオーラも同じくらい感じるけど。
邪神なのでは。
言わないけど。
「あいにくと心当たりはないな。俺がわかるのは、こいつが沈黙してしまったってことだけだ。」
神様は大和杉を指差した。
まるで、その杉が意思を持っているかのように。
頭が痛む。
核心が迫っている気がする。
「もう一度聞くわ。彼に見覚えは?」
輝夜はやっぱり厳しく問い詰める。
仲が悪いのだろうか。
神様の方は、その勢いに押されたようだ。
「⋯⋯待てよ。確か、あの勝負の時。」
彼女は何かに思い当たったようだ。
「知ってるのか?!」
俺は勢い込んで尋ねる。
「お前の種族は⋯⋯やっぱり杉か。」
「俺の種族が、杉?」
「形態変化に頭がついていかなかったんだな。なるほど。」
神様は勝手に納得したようだった。
いや、俺にわかるように説明してほしい。
「まあ、お前には世話になったしな。戻してやるくらいはしてやろう。ちょっとこっちに来い。」
神様は俺を手招きした。
輝夜に確認をとる。
励ますように頷いてくれた。
俺は神様の方に進んでいった。
「まあ、力を抜け。」
彼女は俺の額を掴んだ。
力が強い。
このまま握りつぶされるんじゃないだろうか。
その心配は杞憂だったようだ。
彼女の腕から金色のエネルギーが俺の中に入ってくるのを感じる。
技能解放「木接続」
俺の中に眠っていた力が解放される。
やり方はわかった。
俺は大和杉の方へ向かう。
幹に触れて一言。
「コネクト。」
呟いた。
なぜか、この木が英語を要求している気がした。
圧倒的な記憶と圧倒的な力が俺の中に入り込んでくる。
そうか、俺は。
全てを思い出した。
今まで何をしてきたのか。俺は何者か。
そう俺は、日本、いや世界で一番大きな植物。
この大和杉こそが俺だ。
輝夜のことも、完全に思い出した。
記憶喪失の俺をよく支えてくれた。
彼女も不安だったはずだけど、そんなそぶりはかけらも見せなかった。
今の俺は文字通りの端末だ。
大和杉の記憶の参照と操作が可能だ。
操作といってもいつもの機能ウィンドウを操ることしかできないけど。
まあ、杉だった頃も、これしかできなかったから実質的に同じだ。
この体はよくわからない。
前世の俺に似ている気はするけど、正直もう自分の顔を忘れたからわからない。
まあ、平凡だ。もっとイケメンに作っておけばよかった。
時間がなかったから仕方ないけど。
記憶が溢れそうになったら同化すればいいらしい。
これリスクゼロじゃない?
いや、記憶喪失になったということを考えるとリスクは無限大だ。
輝夜がいなかったら無理だったし。
ひたすら輝夜に感謝しないと。
あと神様にもお礼を言っておこう。
リスクについて言ってなかったのは恨むけど、時間がなかったし仕方ないだろう。
戻してくれたしな。
「ああ。気にすんな。イワスヒメが元に戻ったんだから俺としては言う事はねえ。加護も授けたままにしといてやる。」
神様は鷹揚だった。
ありがたい。
目つきと違っていい人みたいだ。
そして。
「輝夜。」
俺は、確信を込めて彼女の名前を呼んだ。
「なに?」
輝夜はなんでもない風を装っていたけど、泣く寸前の表情をしていた。
俺も泣いてこうして人として巡り合えた喜びを分かち合いたい。
でも、その前にそれより大事な事がある。
「輝夜。俺に名前をつけてほしい。」
俺は輝夜たちに名前をつけた。
勝手につけてしまって悪かったかもしれない。
でも、みんな喜んでくれた。
だから今度は輝夜に。
俺が最初に名前をつけた彼女に、俺の名前をつけてほしいんだ。
「私に名前のセンスはないわよ。知ってるでしょ?」
「ルナに讃岐造と名付けようとするくらいだもんな。」
「それは言わないでよ。」
「あはは。からかってごめん。でも、どんな名前でもいい。ずっと一緒に生きてきてくれた輝夜に、俺の名前をつけてほしい。正直な俺の気持ちだ。」
「わかったわ。なら、やっぱり。大和。敷島大和。それがいいわ。」
「そのまんまだな。」
「でも、それでいいんでしょ。」
「ああ。それがいい。」
俺と輝夜は自然と顔を近づけて、そして軽くキスをした。
余韻に浸る予定だったのに、みんなの声が遮った。
「よかったですね。」
「祝福しますよ。」
「ようやくか。」
「嬉しいわあ。」
「嬉しいです。」
「おめでとう。おじいちゃんに輝夜お姉ちゃん。」
「そんな関係だったの?!」
「大人⋯⋯。」
いつの間にかみんなが集まっていた。
そんな気配微塵も感じなかったんだけど。
少し自重してほしい。
まあ、みんな嬉しくてたまらないんだろう。俺だって、そうだ。大切な仲間と、顔を合わせて笑いあえる。それが幸いでなくてなんだと言うんだ。
あと一話です。




