第78話 記憶喪失系主人公
俺を助けてくれた少女は輝夜と名乗った。昔から俺に恩があるそうだ。
俺は心あたりがないと言うだけだったのだが、彼女はそれを信じなかった。
彼女の家だと言う大邸宅に連れて来られたけど、本当に間違いじゃないのか。
何かの罠とか。
いやでも俺を罠にはめて何になるんだ。
記憶を失う前はわからないけど、多分害のない小市民だったぞ。
やっぱりわからない。
それでも輝夜は甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれた。
申し訳なくなる。
輝夜の親戚と言う人たちとも会ったけど、あちらも俺のことを知っているみたいだった。
記憶を失う前の俺って、どんなやつだったんだ。
怖くなってきた。
何か非合法なことに手を染めたりしてたんだろうか。
いやでも俺のメンタリティーでそんなことできるはずがないと思うんだけど。
謎だ。
謎といえば、名前だ。
俺の名前がわからないんだ。
記憶喪失って、他の何を失っても自分の名前は覚えてたりするもんだけど、俺の場合は、今の基礎的な知識が入っているだけだ。
俺が今まで何をしてきた何者なのかと言うのがすっぱり抜け落ちている。
敷島と言う姓はもらったけど、名前はなしにすることにした。
名前呼びされてたら、本当の名前がわかった時に複雑な気分になるはずだもんな。
なぜか知らないけど、学校に行くことになった。
俺のためにみんなが内緒で準備を進めていたらしい。
俺は高校生だったのか。
いや、でもその割には前に通っていたと言う感じじゃなかった。
なんか転校生として紹介されたし。
やっぱり、謎だ。
輝夜は隣の席で、やっぱり世話を焼きたがる。
こんな絶世の美少女にこんなことされるなんて前の俺は何をしたんだ。
周りの視線が痛い。
あと、輝夜もなぜか転校生だった。
なんで二人も転校生が同じクラスに入るんだ。
敷島と言う家がこの学校を経営しているからできたことらしい。
いや本当、俺は何者なんだよ。
記憶喪失前の俺に興味と恐怖を抱く。
勉強はなんとか食らいつくことができた。
前に習ったことがあるような、そうでもないような不思議な感覚だった。
放課後、いつの間にか輝夜とデートすることになっていた。
やっぱり視線が痛い。
針の筵だ。
どう考えても釣り合ってませんね。わかる。
とはいえ、本当に嬉しそうに俺を誘う輝夜の姿を見て断る選択肢はなかった。
美人には勝てない。
なんだか物理的にも勝てない気がするけど、流石にそれは気のせいだろう。
輝夜が俺を連れてきたのは、ス○イツリーの展望台だった。
誰かが、頭を叩いている気がする。
本当に大切なことがこの近くに眠っているような、そんな感覚だ。
展望台の半分を占めている巨大な杉の幹を眺めるほどに、その感覚は強まる。
見れば見るほどに見事な杉だ。展望台の高さは350m。その高さにあっても、枝一つない。
ただ高く伸びるためだけに特異的に進化したと言っても過言ではないと言われている。
俺の適当な現世記憶にはあの杉のことは含まれていない。
だが、街を歩くたびに見えるあの杉は、とても印象深かった。
なぜか目で追ってしまう。
俺は隣の輝夜のことも忘れて、大和杉に見入っていた。
気づいて慌てて輝夜を見たが、彼女もなぜか大和杉を見てうっとりしていた。
輝夜の性格が謎だ。いや、見事な杉だとは思うけど。
植物大好き系女子かな。
いいと思う。
下に降りた。
「何か思い出した?」
輝夜は首を傾げて問いかける。
なんだかここまで出てきている気はするけど、でもやっぱりわからない。
「いいや。」
だから俺は首を振った。
「そう。」
彼女の返事は短かったけど、とても悲しげだった。
罪悪感がする。なんとか自分を取り戻したい。
「他に何か当てはない?」
輝夜はしばらく考えていた。
俺は、巨木を背にした美少女の姿は絵になるなと考えていた。
ダメすぎる。
「思いついたわ。夜になるまで待ちましょう。」
輝夜の顔は晴れた。
罪悪感がある。
俺は出来るだけ輝夜に協力して記憶を取り戻すことを決意した。
日が落ちた。
「ちょっと掴まってて。」
輝夜はそう言って俺を抱えた。
⋯⋯うん。最初からわかってたけど、輝夜の筋力値俺より高いな。
凹んでない。
視界が徐々に高くなる。
浮いてるね。
輝夜は飛べるんだね。薄々察してたけどこの子人外だ。
いやいいと思う。人外好き。
よくわからない原理で人目を引かないようにしているみたいだ。
結構派手に飛んでるけど、騒ぎにはなっていない。
飛んで、展望台の高さを越えた。
さらに上がると幹が張り出してきた。
隠された広い空間がある。
秘密基地のようで楽しい場所だ。
俺のテンションは上がってきた。
輝夜は木の上に降り立って俺を降ろしてくれた。
どうしてここに連れてこられたのだろう。
不思議に思った。
そして、気づく。
ここに俺と輝夜以外の人物がいる。
この天空の秘密基地に輝夜以外の方法でたどり着けるとは思えない。
じゃあ、この人も人外なんだろうか。
綺麗な女の人だ。
長い藍色の髪を花飾りで結わえた着物の美人だ。
帯の結びには詳しくないけど、だいぶ難しいやつじゃないだろうか。
彼女は俺たちの気配に気づいたらしく振り返った。
とんでもない美人だ。輝夜に張り合える女がこの世にいたのか。
ただ、目つきが悪い。
それは一目で印象に残った。
記憶喪失系主人公の前世があんなんだったらどう対応すればいいんでしょうね⋯⋯。




