第77話 決着
時間は刻一刻と過ぎていく。
神様は俺の上でくつろいでいる。
輝夜たちには、今日何かあるとは知らせていなかった。
だから、今俺の上にいるのは神様だけだ。
この頃邪険にしていたし、仕方がないけど、少しだけ寂しい。
あと1m。1mか。
何かが頭のここら辺まで出かかっている気がする。
「カヤノヒメはいるかしら。」
銀糸の髪に紫のドレス。
地面から浮き出るようにイワスヒメがやってきた。
もう大詰めだ。
俺は彼女に場所を教えた。
不思議な方法で浮かんで上がってきた。
さすが神様なだけはある。
「いよいよね。」
彼女はカヤノヒメに声をかけた。
「ああ。吠え面かきやがれ。」
「全くもって乱暴なんだから。それも今日で終わりかしら。そう思うと寂しいわね。」
「もう勝った気でいるのかよ。油断しすぎだろ。」
「随分前にわかっていたことでしょう。あなたの子じゃ、私の子には勝てないってことくらい。」
「信頼してたから見てなかったんだが。」
「迂闊ね。」
「それでも俺はあいつを信じているからな。」
「わかったわ。あなたが勝ったら、私は建物の権能を剥奪される。私が勝ったらあなたは私と関われない。」
「そういう条件だったな。わかってるさ。」
「除夜の鐘が鳴り始めたわ。108つ目の鐘で決着よ。」
「ああ。」
ぼーん。
ぼーん。
鐘が鳴っている。
ぼーん。
ぼーん。
一定のリズムだ。
これの終わりで神様たちの勝負の決着がつく。
どちらに勝ってほしいかと言われたら、やっぱりカヤノヒメのほうだ。
二人が絶交するなんて見たくない。
二人には仲の良い友人でいてほしい。
3000年前のあの邂逅。
まだ俺は一人だった。だから新鮮で、眩しかった。
今でも鮮明に覚えている。
二人の間には確かな絆が感じられた。
元の二人に戻れますように。
俺はそう祈る。
だから無茶でも、やるしかない。
手札は全て確認した。
あとは、カヤノヒメがくれたあの能力だけだ。
アバター生成。
これを俺のてっぺんに立てる。
人間の高さは1m70cm程度。
1mの不足は埋められるはずだ。
俺が杉の先端に立てるかという問題があるが、一瞬ならできる。と思う。
除夜の鐘は100を超えた。
間に合わない。
俺はアバター生成を選択する。
細かく設定している暇はない。
ただ、場所を大和杉頂端部と入力し、決定する。
鐘が鳴る。
108つ。
俺の意識はブラックアウトした。
●
カヤノヒメとイワスヒメ。
二人の神は宙に浮かんで決着をつける時を待っていた。
ぼーん。
鐘が鳴る。
最後の鐘だ。
名実ともに決着の。
見比べる。
スカイツリーと大和杉。いずれ劣らぬ高さだ。
だが、そこには必ず優劣が存在する。
神の目で見ればそれは明らかだ。
判定が降る。
大和杉が、70cmばかり高い。
「そんなバカなことがあるの?!」
「俺は信じてたぜ。」
「ちょっと、あなたの杉の上のあれ、人じゃないの?」
「人っぽいが杉だ。」
イワスヒメが指差す先には、なんとか釣り合いを取っている、ただの人間がいた。
裸で、なんとかバランスを取っている。
だが、曲芸もそろそろ終わりだ。
彼の目は恐怖でいっぱいだった。無理もない。そこから落ちたら死ぬに決まっている。
「嘘でしょ?!」
イワスヒメは信じられないというように声をあげる。
その男の情報が彼女の目にはこう見えていた。
名前 なし
種族 杉
技能「??」
状態 記憶喪失
種族が杉だ。何度見ても、その男は杉だった。
「俺の勝ちだ。」
「⋯⋯私の負けみたいね。」
彼女はようやく負けを認めた。
紫のドレスがサラサラと崩れ落ちる。
建物の神としての権能は剥奪され、元々の砂の神としての姿が戻ってくる。
溢れる砂を身にまとって、イワスヒメの雰囲気は柔らかくなった。
「迷惑かけたわね。」
「全くだぜ。なんでそんなに余計なものを背負いやがるんだお前は。」
「私がやらなくちゃいけないと思ったんだもの。」
「そんなの誰か他のやつに任せちまえよ。」
「そうね。あとは誰かが引き継ぐわ。」
「まあ、なんだ。おかえり、イワスヒメ。」
「ええ。ただいま。カヤノヒメ。」
二人はそうして笑いあった。いつかの光景の再来のようで、大和杉が見たら、嬉しくなるだろう。
だが。
「そういや、お前もよくやったな。」
カヤノヒメは大和杉に声をかける。
だが、いつまで経っても、それに杉が答えることはないのだった。
先端にいた彼は、バランスを取りきれず、すでに下へ落ちてしまっていた。
●
落ちる。
俺は誰だ。なぜあんな場所にいた。
そんなことを考える余裕はない。
ただ考えられるのは、このまま地面に赤い染みを作るんだろうなということばかり。
自由落下は加速する。
ごうごうと風がうなり、そして。
ふわり。
横から穏やかな風が吹いた気がした。
抱きかかえられた。
感触でそれに気づく。
いつの間にか落下は止まっていた。命の危機は脱したらしい。
なら、命の恩人は、俺を抱いているこの人で。
「大丈夫? 全くあなたはいつまでも危なかしいんだから。」
俺を覗き込んだのは、この世のものとは思えなくらい完成した美少女だった。
目鼻だちとか、まつげの長さとか。理由を説明しようとすればいくらでもできる。
でも、それは無粋だ。ただ美しい。それだけでいい。
でも、こんな美少女が俺を助けて、気にかけてくれる。
そのわけがわからない。
俺は困惑することしかできなかった。




