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目指せ樹高634m! 〜杉に転生した俺は歴史を眺めて育つ〜  作者: 石化
現代

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東京百景 大正 恋結び 下

先週は具合が悪くお休みさせていただきました。

 恋に恋する大学生、松田は、東京一の高さを誇る浅草凌雲閣から恋するべき相手を探していた。来る日も来る日も凌雲閣に通う彼。しかし、なかなかお目当の相手を見つけることができない。

 そんなある日、大和杉のそばに絶世の美女を見たのだった。

 

 何はともあれ松田は急いだ。それほど離れていないとはいえ、歩いて30分以上はかかる。


 万が一にもあの理想の女が移動してしまったら悔やんでも悔やみきれない。



 舗装されていない道を幌付きの車が埃を巻き上げて走っていく。



 車は高級品だ。速いのは速いが、そんなものを使う余裕は松田にはない。


 持っている金はほとんど12階に通うのに使ってしまっている。あそこは一応観覧料がかかるのだ。


 とは言えもう大丈夫。理想の女さえ見つけてしまえばこちらのものだ。



 松田の足は今にも踊り出しそうなほど弾んでいた。



 見つかる保証はない。だが、彼はもう勝った気でいた。


 ●



 大和杉直下。


 ここは、神社があって賑わっていたが、基本的には下町の延長だ。



 元気な小僧どもが遊ぶ場所である。無駄に広いとそう言うことになるのだ。




 とは言え、大和杉には威厳がある。


 ある一定の線は守られていた。


 大和杉へ落書きをするような悪ガキは、近づかない。



 なんでも悪心を持って近づくとひどい目に遭うらしい。


 親は信じてはいなかったが、子供達の間でも大和杉は手を出してはいけないものだった。


 杉自体の存在感と、誰かさんのおかげだ。



 こう言うことをおろそかにしないのは大事なことである。


 放っておくと神聖さも何もあったもんじゃなくなるのだ。



 そんな努力を片手間にできるのは部下たちの優秀さを示している。


 この時代の彼らは戦争に備えていたのだ。


 山奥に出張しての戦闘訓練は当たり前だった。



 この頃の大和杉は結構ぼうっとしていたので、そこをカバーする必要もある。

 彼もすっかりおじいちゃん⋯⋯!


 愛や小太郎は大忙しだ。


 あの二人はそれがもはやライフスタイルみたいなものなので何も疑問に思っていなかった。


 いつかは有給を取ってほしい。


 ●


 松田はようやく大和杉の元についた。


 この近くにいるはずだ。


 彼はキョロキョロとあたりを見渡す。


 杉の土産物。


 ベイゴマをぶつけ合う子供達。


 忙しく働く下町の人々。


 ここならではの光景が広がっている。



 初めてここに来た松田には物珍しい。


 だが、今は理想の女がここにいたという事実の方が重要だ。



 彼は目を皿のようにしてあたりを見渡した。



 それでは彼女の話をしよう。


 かぐや姫の話だ。



 彼女は、ほとんど大和杉のそばにいる。


 このところは戦闘訓練もやっているが、夜陰に乗じて移動しているので心配ない。



 彼女は技能「諜報超級」で顔を目立たないものに変えている。


 いつもいるのはかなりの高所だし、一応気をつけているので、見つかったことは彼女の把握している限りでは一度もない。


 もちろん、他に松田のような男がいた可能性はあるが、彼女の行動パターンが不規則すぎてお近づきになることはできなかった。



 今回も当然そうなるはずだったのだ。


 だが、12階の持つという魔力のせいだろうか。偶然彼女は、下に降りる用事があったのである。


 ただの塔にそんな力などあるはずがない。つまりはただの偶然のはずだ。



 輝夜は大和杉の下にこっそり降り立って、歩き出す。


 人一人が増えても、賑わったこの場所で注目されることはない。

 技能「諜報超級」で、気配も薄くしている。さすが一番有能な諜報さんである。素晴らしい。


 だが、そんな彼女に声を掛けるものがいた。


 松田だ。


「そこのお嬢さん。よかったら僕とお茶をしないかい?」


 可能な限り格好をつけて、彼はそう言った。

 キラキラとしたオーラが彼から溢れてくる。12階の魔力というやつだろう。


 普通の女性なら参ってしまうかもしれない。松田の顔も悪くないのだし。



 だが彼女は輝夜だ。


 恋愛対象を人から外して千年あまり。今更そのようなナンパに興味を持てようはずもなかった。



「すみません。急いでます。」


 気配を消している自分に声をかけてきたという事実に驚きつつも、彼女は断った。



「そんな⋯⋯。じゃあ、いつなら都合がつきますか?」


 遠回しの拒絶にも彼はめげなかった。


 なんのために何百回も12階に通って理想の女性を見つけたと思う。恋人になるためだ。


 この程度の障害、何回来たとしても乗り越えてみせる。当然だ。


 松田の覚悟は生半可なものではなかった。


「基本的に忙しいので⋯⋯。無理です。」


 とはいえそれでは(ほだ)されないのが輝夜である。


 この人を恋愛へ落とすにはどうすればいいのか。杉になるしかないのではないだろうか。


「そこをなんとか!」


 押し売りみたいになってきた。


 いい加減しつこい。


 仕方なく輝夜は、条件を出すことにした。



「私に勝てたらいいですよ。」


「勝つって、何をやってです?」


 松田は首をひねる。


「もちろん、喧嘩で、です。」


「は? お嬢さんが? ご冗談でしょう。」


「私は負ける気がしませんが。」


「なかなか自信がおありのようですね。いいでしょう。」


 松田は内心しめしめと笑った。こんな美しい女が喧嘩が強いなどということなどあるわけがない。


 適当に二、三発腹に入れれば大人しくなるはずだ。


 なんだか間違っている気もしたが、気にしないことにする。



「じゃあ、行きますよ。ごめんなさい。」


 なんで謝るんだと考える間も無く、松田は吹っ飛ばされた。


 輝夜の拳が胸をえぐったらしい。


「強引ですみません。」


 再び謝った彼女は、すぐに気配を薄くした。


 突然吹っ飛ばされた松田に注目が集まる中、彼女は静かにその場を離れた。


「かはっ。」


 息を吐き出す。


 なんだ、今のは。


 松田は自分の身に起きたことが信じられなかった。


 何もできず吹っ飛ばされた。あの、か弱いとしか思えない女に完敗した。


 確かに、この頃あまり運動はしていなかったが、その程度で遅れをとるとは思えない。



「くそ。俺は諦めないぞ。」


 松田は、彼女の美しい姿が脳裏から離れなかった。


 だが、彼女に勝てる実力がなければ意味がないのだ。


 勝てないと話も聞いてもらえない。



「やってやるさ。」


 ●



 彼はその日のうちに近頃評判になっていたボクシング道場の門を叩く。


 ただひたすら己を高め、目指すのは彼女と同じ領域だ。


 愚直に努力を続ける彼の姿は、いつしか皆に認められるようになった。


 チャンピオンベルトを手にいれ、彼女に挑み、負けた。


 まだ足りないと痛感した。


 杉の近場に足繁(あししげ)く通っているうちに気の合う男たちと意気投合した。

 風魔小太郎に平将門と名乗っていたが、流石に冗談だと思う。



 彼らとの訓練で彼の実力はとんでもなく伸びていった。


 ボクシング界に敵はいない。


 だが、勝てない。


 彼女には勝てない。



 じきに戦争が始まった。


 自分の命を守るので精一杯になっていった。


 それでも時間を見つけて杉の下へ行った。


 彼らは忙しそうだったが、歓迎してくれた。


 まだ彼女には勝てない。



 だが、だいたい彼らがどういう存在なのかは理解できた。


 彼らは自分よりも長く生きるであろう。そして、日本を見守っていくだろう。


 これまでと同じように。


 同じ時間を生きられない自分には彼女を幸せにすることはできない。


 ならせめて、彼女の、彼らの役に立つことをしたい。



 戦争後、会社を作るらしい彼らに協力することにした。


 彼らは少なからず世間知らずで、松田にもやれることは多かった。


 ●


 ある日の隅田川のほとりである。


「どうやったら明に振り向いてもらえるんだろう。」


「正直に申しまして、私には聞いて欲しくない質問です。」


「そっか。」


 白と二人で松田はため息をついた。


 どちらも片思いを抜け出せていない者同士である。


 どうにかしてほしい。特に松田はもうそろそろ初老だろうに。


「私は無理ですが、白様なら思いを告げれば簡単だと思いますがね。」


「それができないから困ってるんだよ。」


「まあ、私は思いを伝えても振り向いてもらえないわけですが⋯⋯。」


「それは知らない。」


「そんな薄情な。」


「どうせ松田のことだから輝夜さんにありがとうとか言われたら満足するんでしょ。」


「いやいやいや。」


「まあ、傍目から見たらわかりやすいよ。」


「そんなことはないですよ。」



 夕日が二人の影を伸ばしている。


「そろそろ帰ろっか。」


「そうですね。」


 二人の愚痴会はおひらきになった。



 その帰り。


 松田は輝夜の姿を目にする。いつものように可憐で美しい。


 一息入れて自分の姿を確認。 決まっていることを確認し、声をかけた。


「あら、奇遇ですね。いつもありがとう。」


 輝夜はそう言って花の咲いたような微笑みを浮かべる。


「あ、はい。いえいえ。」


 松田の胸は一杯になった。


「それでは。」


 輝夜は離れていった。



 松田は動けない。


 後ろで白はやっぱりとでも言いたげな表情を作っていた。









別荘のあの人ですね。どうしてあそこにいたんだろうと考えてたら童貞を拗らせてました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あの時のボクサーの執事さんだったのね
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