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目指せ樹高634m! 〜杉に転生した俺は歴史を眺めて育つ〜  作者: 石化
現代

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SS 世界遺産の話

なろう規約により、戦後からは実在の人名を用いることができなくなっているため、実際の歴史と乖離が生じても、そういうものだとご了承ください。パラレル的な何かです。(今更)

 



 世界遺産条約は1975年に正式に発効された。

 元々は武力紛争地帯における文化的な遺産を保護するために作られた枠組みだ。

 それが、自然保護の考えと組み合わさって生まれたものである。


 様々な遺産が登録されていったが、日本の参加は遅く、1992年にようやく批准した。

 様々なハードルがあったからだ。



 基本的に、世界遺産は、石造りの文化圏における歴史的建造物を対象としたものである。

 最初に守るべきものとされたのも、エジプトのヌビア遺跡という場所であった。

 砂岩を掘り抜いてできた岩窟神殿だ。


 これに対し、日本の主な遺産は東大寺や金閣寺などの木でできた建造物だ。

 何度も解体や修理を繰り返している。

 元々制定されていた基準は、作られて何年経ったかが重要だった。

 日本の木造建築のように、作られてからも改修が続けられるものへの配慮はなされていない。


 かなりの乖離があったのだ。


 世界遺産への登録基準の大幅改定が必要だった。


 ほかにも縦割り行政やら、世界遺産の価値の軽視などのため、日本の批准は遅れに遅れたのである。


 だが、これは別の世界線での話。大和杉の存在がなかった場合の話だ。



 この世にもたぐいまれなる植物を世界遺産としないわけにはいくまい。


 これはそんな世界遺産にまつわる出来事である。



 ユネスコの世界遺産センターは基本的に、各国の提出したリストをもとに、世界遺産を決定する。

 世界遺産のネームバリューはすさまじく、認定されるだけで観光収入が激増するとあって、世界遺産候補は枚挙にいとまがない。


 だが、世界遺産の知名度が低い年代においては、自ら売り込みにいくこともあった。

 ユネスコの方が世界遺産にしてはどうかと提案しにいくのである。


 フランス、パリ。フォントノワ広場七番地。

 この場所に国際連合教育科学文化機関、ユネスコの本部はある。


 ゆるいU字型の建物で、日本庭園を隣接し、文化の世界的権威としてふさわしい魅力にあふれている。


 第三回世界遺産委員会を目前にして、この建物は活気に満ちていた。

 すでにアウシュビッツ=ビルケナウ収容所やグランドキャニオンなどが世界遺産として内定し、12件しかなかった世界遺産は倍増する手はずである。


 だが、これでもまだ物足りないと考えた職員がいた。


 彼は幼少期にシーボルトの残した「日本」という大作を読み込み、はまっていた。


 彼は、日本に世界遺産を根付かせたいと考えていた。

 あの国の政府は腰が重い。だが、日本の風物は世界遺産とするにふさわしいはずだ。


 とくに、世界最大の植物という評判で名高い大和杉ははずしてはならないだろう。


「江戸に大和杉という巨木がある。巨木という概念を超越した大きさだ。」


 シーボルトも「日本」において言及していた。

 彼の江戸での滞在時間は短く、満足に調べられなかったらしい。

 それでも、大和杉に関する膨大な文量は彼の興奮を物語っていた。


 日本開国前に人気となった浮世絵に描かれたその杉は想像上のものだという意見が一般的であった。

 だが、日本が開国し、その情報が明らかになるにつれ、世界中の植物学者は騒然とした。


 植物の限界を明らかに越えた植物が、現実に存在する。

 多数の専門家が危険を省みず日本へ渡った。

 日本の植物学が世界的にみても高水準となったのはこの影響が大きい。



 あの大都会の真ん中にどんと鎮座する600m超の巨木だ。

 自然遺産としても、文化遺産としても扱うことができる。


 初めての複合遺産だ。これは大きな仕事になる。


 すでに結構な地位にいた彼は、部下に命じて行動を開始した。

 まずは日本政府に世界遺産条約を批准させるところからだ。


 アメリカの人脈を用い、圧力をかけつつ、丁寧に説明していく。

 最初は頑なだった日本政府も、地道に続けていくうちに悪くない反応が返ってくるようになった。


 彼は手応えを感じていた。


 ●


「どこぞの組織が探っているようだな。」


 高級木材が壁を彩る。吉野杉だろうか。

 そんな内装の豪華な一室で、とある政治家がつぶやいた。


「左様ですね。いかが致しましょうか。」


「わしらの過ちが世界に知られるのは外聞が悪い。どうにかせねば。」


 彼は、かの花粉症対策法案に関わっていた。

 なんとか自分の権力でもみ消したが、ほかの議員たちは党内の地位を失っている。


 自分はただ頷いていただけだとごまかしているが、きちんと調べられるとまずい。

 これ以上痛い腹を探られると、自分のことも露見するかもしれない。


 こうして、勘違いした彼は詳しく調べもせずに妨害に動くのだった。


 世界遺産登録のためには過去の歴史の洗い出しが行われるため、あながち間違いとも言い切れない。


 とはいえ、ユネスコの今の動きにそのような意図は皆無だ。


 つまりはただの勘違いであり、終わったことである。


 一時は激しかった外国の追求も、ある程度の処分が下されたことにより消滅した。



 彼の他にも、天然記念物の価値が下がると考えた文化庁や、アメリカに遠慮する必要があるという人など、抵抗する勢力は多かった。


 ある程度まで進んだ交渉は暗礁に乗り上げることとなる。

 対応していた外務省は関連省庁との折衝に忙殺されていた。

 縦割り行政の弊害だ。


 どうにもならなくなった現場職員は、上司を呼んだ。


 あの、日本に世界遺産を導入しようとしていた人物である。


 部下の頼みを聞いた彼はすぐに日本にやってきた。


 しかし、結構な地位にある彼の力を持ってしても交渉は遅々として進まない。


 時間は刻一刻とすぎていった。


 気分転換でもしようと、彼は浅草に向かった。



 雷門のある浅草寺は有名な観光スポットである。

 大和杉の大きな姿が隅田川越しに見えるとあって、フォトスポット的な意味でも人気であった。


「東京は人が多いな。」


 彼の実感だった。狭い国土の中に膨大な人口を抱え、さらにそれが東京に一局集中している。

 知識として知ってはいても、なかなか本当のところはわからないものだ。

 満員電車に渋谷や新宿。ある程度のところは行ってみたが、どこも同じようなものだった。


「対応策は練られているのだろうか。」


 ついつい余計な心配をしてしまう。テロでもあればひとたまりもあるまい。


 まあ、この平和な国でテロなどそうそう起こらないとは思うが。


 さて、浅草寺から少し東へ行くともう隅田川だ。対岸には大きな大きな大木がそびえている。

 見あげなければ、一番上まで見えない。


 改めて震えがくる。これほどの体を作り上げた自然の力を実感する。

 人類にこれを超える建物は作れるのだろうか。


 これは間違いなく世界遺産足りうる存在だ。

 これを世界遺産にしなければユネスコの名がすたる。男は痛感した。


「とはいえ、手詰まりなのも確かだ。」


 彼はため息をつく。立ちはだかる障壁は全貌が見えず、切り崩すにはいくら時間がかかるかわからない。

 なにか、もう一手ほしかった。


「おじさん。どうしたの。ためいきなんてついて?」


 無邪気な表情で少女が尋ねた。白のワンピースを着て、どこぞのお嬢様めいた気品があった。


 彼はびくりとする。この少女は確かに視界に映ってはいたのだ。自分のため息を聞かれたのはわかる。

 だが、まだ幼い少女が、まさか流暢なフランス語でしゃべるとは思わないだろう。

 しかも、顔立ちは和風だ。


 少しだけ目鼻立ちがくっきりしているから、外国の血が入っていないわけではないだろうが。


「言えないの?」


 少女は首を傾げる。とても可憐でかわいらしい。


「いや。言えるよ。」


 気づけば彼は、今の自分の仕事と、その悩みについて話してしまっていた。

 ふつうなら職務に関する情報は濁すものだ。


 しかし、彼女の受け答えは自然で、言わなくて良いことまで話してしまう。

 彼自身でも不思議だった。


 言えば言うほどに楽になっていく。彼は、抱えていた重荷が小さくなったのを感じた。


「よし。話せてすっきりしたよ。ありがとう。」


 彼は笑顔になっていた。職務の厳しさが減じたわけではない。

 だが、それを誰かに聞いてもらうことは、彼の心を確実に救ったのだった。


「だいじょうぶだよ! きっとね!」


 少女はそういって励ましてくれた。その笑顔は彼の心の中に何年も残ることになる。


 ●


 ミトは、さっき聞いた話を再考していた。

 ただ、悩みを聞いてあげようとしただけだったのに、たくさんのお話を聞いてしまった。

 とりあえず、ひいおじいちゃんに関係のある話だ。 


 あのおじさんは心から自分の仕事がよい結果になると信じていたし、個人的にもおもしろそうだと思う。

 ひいおじいちゃんのところに行って相談してみよう。


 彼女はワンピースを翻して、大和杉の元に急いだ。はしたないから、歩いてください。



 森狐のミトはいろいろとチートだ。

 技能は両親から受け継いでいるし、「薬物生成」などという技能まで身につけている。

 しかも、そのどれもが、一段階上の性能だ。

 先ほどフランス語を用いることができたのは「諜報」の応用である。まさに異世界言語。

 うらやましい限りだ。もちろん身体能力も人の数倍である。


 その身体をフル活用して、息も切らさずに、大和杉のもとへたどり着いた。

 何人もの人が彼女の走る様を目を皿のようにして見ていたが、彼女は気づいていない。


 少々活発すぎるきらいがある。


 大和杉の元にたどり着いたミトは、彼に世界遺産登録の話を話す。


 大和杉は舞い上がった。世界遺産と言えば、彼の中では憧れの場所である。

 それに自分がなれる可能性など考慮に入れていなかった。


 だが、現実にそれが実現しそうになっている。彼は、全力で後押しすることに決めた。

 単純な人だ。とはいえ、それはミトにはわかりようもない。


 ただ、大和杉が喜んでいるのがうれしかった。


 大和杉、ひいては敷島が圧力を及ぼし始めた。


 前回の花粉騒動を思い出した有力者は多く、妨害を行っていた人物も自粛せざるを得なくなった。

 ミトもちょこちょこ動き回り、交渉を円滑にしていた。


 呪術「変化」に技能「諜報」。夢の二大技能の競演である。

 小太郎、愛、将門、銀狐の4人の結晶と言ってもいい力を持っているのだ。

 それでも心配ではあるので、輝夜も一緒に活動している。


 さて、妨害も減り、いい流れができてきた。



 ミトに励まされた男の頑張りも目立つ。


 あの手この手で政府を説得していった。


 そして、ついに、日本が世界遺産条約に批准することが正式に決定した。





 世界遺産登録基準は10個。そのうちのどれか一つでも満たしていれば登録される可能性がある。




 列挙していこう。


(1)人類の創造的才能を表現する傑作。


(2)ある期間を通じて、またはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。


(3)現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくともまれな証拠。


(4)人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。


(5)ある文化を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際だった例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境のかかわり合いの際だった例。


(6)顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの。


(7)ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。


(8) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。


(9)陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。


(10)生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。


 このうち、大和杉が満たすのは(2)、(6)、(7)である。


(2)ある期間を通じて、またはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。


 江戸を代表するものとしての価値だ。様々な作品にこの杉は登場し、存在感を発揮してきた。

 東京の都市計画の上でも無視することは出来なかった。


(6)顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの。


 これもまた、文学作品や絵画作品におけるモチーフとしての評価だ。

 大和杉信仰というのも関係している。

 流行り廃りはあったが、多くの神社がこの杉を祀ってきた。


(7)ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。


 これは杉自体だ。植物ではありえない高さに堂々と立つその姿は見るものの感動を喚び起さずにはいられない。


(10)あたりを含めてもよかったかもしれない。


 この杉上で特異に発達した生態系というやつだ。

 発展性がないので、諦めるべきだろうが。


 なかなか多い。とはいえ、世界は広い。今までの最高は泰山とタスマニアの七個だ。負けである。

 大和杉の樹上で生活していた人類の建造物でもあればよかったのだろうが。


 こうして第三回世界遺産委員会において、大和杉〜世界一の巨木〜が世界遺産として登録された。


 世界遺産となったことで、大和杉を見に来る観光客は増えた。代わりに、保全策もきちんと考えられ、根付近に近づかないように柵ができた。


 周りの公園も整備された。もともと、この辺り一帯の権利は敷島が保有している。大企業なので不自然ではない。

 だが、世界遺産となるからには、さすがに一企業に任せるのはだめだということになった。

 敷島は最後まで売ることを渋っていたが、国の保全方針を信じることとした。

 莫大な土地代を受け取ってなお笑顔はなかったということは、完全に納得していたわけでもなかったようだが。


 日本を批准させた功績で、ユネスコのあの男はさらなる出世を遂げた。後少しで長官になれるほどらしい。めでたしめでたしである。


 さて、話はかわるが、世界遺産には緩衝地域というものが設定される。

 それは自然遺産でも文化遺産でも変わらない。

 例えば、ロンドン塔の周りの区域は景観を乱さないように緩衝地域に指定されている。

 そこでは高層建築が規制されているのだ。


 大和杉の緩衝地域も設定された。



 さて、スカイツリーの建設される余地は残っているのだろうか。


 イワスヒメの力が必要のようだ。忙しくなりそうである。

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