第65話 政治の話
法案を提出した与党はすでに衆議院で3分の2の議席を持っているらしい。
ちょっと待て。3分の2以上の賛成で可決という話だったよな。
そして、与党はそれをすでに持っていると。
党全体の意向に背ける党員はいないだろうし、これ詰んでるのでは。
俺は今更ながらやばいほどの危機感を覚えた。これ阻止できるの? 本当に?
「というわけで、危機感に関しては共有できたと思います。」
明は全員を見渡した。
「⋯⋯わかるか?」
将門は銀孤をつついていた。俺はお前がいてくれて本当に嬉しいよ。
やはり自分より低いレベルの奴がいると安心できる。
「ギリギリならわかるさかい、うちが説明したるわ。」
あん? 何いちゃついてんだこら。
やべえ。うちの神様の口調が移ってる。だめだ。上品にいこう。
「父さんも母さんもそういうのなら向こうでやってよ。」
白に叱られている。いい気味だ。
心が狭くなってるな。平常心平常心。
「いいですか。これをどうにかするには、与党から離反者を出すしかありません。」
「脅せばいいの?」
「それは最終手段にしましょうね、お母さま。」
愛もたしなめられている。
常識人兼有能枠な明すごい。俺たちに一番必要だった人材じゃないか?
俺が指示を出すのはおかしいと思うんだ。事後承認だけしてればいい職業に就きたい。
「幸い、政界は混乱しています。一部の議員が強権を発揮して提出したようですから。」
「なら、そこをまとめて行けばいいのか。」
「お父さまは一応社長という立場なんですから、企業的な圧力をお願いします。」
「わかった。」
「私とお母さまで話は通していきます。輝夜お姉様もいきましょう。」
「わかったわ。」
「白はミトとルナのことお願いね。将門お義父さまと銀孤お母様も。」
「他に何かすることはないか。」
俺は少し不安になった。それだけで済めばいいが、他にも戦略は必要な気がする。
そう、例えば、今何もしていないでいいことになっていたミトとか。
そうだ。ミトは技能「薬物生成」を持っている。
花粉症の特効薬を作ってもらえれば全て解決じゃないか?
「ミト。薬物生成で花粉症に効く薬は作れないか?」
「うーん。うん。時間はかかるかもしれないけど、多分いけると思う!」
「ミト、すごーい!」
「よし。ミト、それは任せるぞ。」
「任せて!」
「そっか、そういう視点も必要だったんだ。さすがおじいさまね。」
明が感心している。いや、今まで思いつかなかった時点でダメだと思うぞ。
「後はそうだな。署名運動とかどうだ。俺を祀って信仰してくれる人は多い。国会でも無視できない力になるんじゃないか?」
「なるほど。おじいさまは本当にすごいですね。わかりました。編成を変えましょう。」
明は一人で頷いている。思いつきレベルだぞ。感心してくれる分には減るものはないからいいけどさ。
「私と輝夜お姉様は引き続き直接的な交渉。お母様は署名運動の扇動。お父さまと将門お義父様は企業としての圧力。ミトは特効薬の開発。ルナはミトを守ってね。白と銀孤お義母様は手が足らなくなったところのフォロー。こんな感じでいい?」
みんな口々に賛成する。俺のやれることはないけど仕方ない。俺はみんなを信じてどっしりとしとこう。
今度こそ本当に最後の最後の試練だと思う。みんな、頼んだぞ。
●
「とりあえず、まずは参議院で否決させなきゃ話にならない。」
「方向性を探ればいいのね。私たちには技能「諜報」があるんだから楽勝よ。」
明と輝夜は永田町へ向かいながらそんな会話を交わしていた。
魔が潜むと言われる政界に乗り込む気負いは見られない。
そこにあったのは静かな決意だけだ。
ある意味一番重要な役割を二人は担っている。
それを自覚しつつ、緊張しないのは困難だ。
それを成し得ているのは、持って生まれた才能か、それともここまでくぐり抜けてきた戦火の数だろうか。
とは言え、二人を持ってしても厳しい戦いになるのは間違いない。
すでに、ある神の操作が入った与党中枢部。
その糸をほぐすのは容易なことではなかった。
●
小太郎と将門は、与党幹部に面会することになった。大企業敷島の影響力はそれほどまでに大きい。
小洒落た料亭で行われる会談。それは見ようによっては悪巧みと取られても仕方はないだろう。
だが、そこで展開されている話は別物だった。
「なぜあなた方はあのような法案を通されたのです。」
小太郎の追求は苛烈を極めた。
なぜ関係のない敷島がこれに絡んでくるのかと訝しんでいた与党幹部も、その勢いに押されて疑問を挟むことができない。
「私たちが聞きたいのは一つです。これを進めた勢力と反対する勢力を教えなさい。」
「そのような言葉遣いをされるとは、この私も落ちたものだ。」
「余裕を見せられるのは今の内だぜ。」
将門の迫力が増す。もはや殺気レベルまで膨れあがった。
「将門、やめなさい。」
「へいへい。大将がそういうのなら従いますよっと。」
将門の圧力が弱まり、思わず政治家は息を吐く。英雄の覇気は今尚健在だった。
「あの法案を通すのなら、今後一切の献金は行わない。それは覚悟していただきましょう。」
「私たちとの繋がりを切ってこの国で企業として生き残れると思っているのか?」
政治家は脅しを試みた。だが、それは逆効果。小太郎達の優先順位は明確だ。
「逆に問いましょう。我々との縁を切って、あなた方は国を運営できるのですか?」
「⋯⋯それは。」
「我らにとっては敷島の存続など些事にすぎません。もっと大事なものは別にありますから。その覚悟があなた方におありですか?」
「⋯⋯そこまで言わしめるとは。この法案に何があるというのだ。」
政治家は呆然としていた。
「心配しなくても、じきに花粉症の特効薬は我らが作り上げます。」
「だから、審議を引き延ばすことだな。俺たちの堪忍袋が切れないようにな。」
将門と小太郎はそう言い放って、退室した。
残った政治家の視線は先ほどまで二人がいたあたりに釘付けだった。
「特効薬を作る⋯⋯か。あの二人が確信を持って言うのなら信じてもいいかもしれん。」
彼はその影響力を駆使し、法案審議の引き延ばしに動くのだった。




