SS バレンタイン特別編
クソザコ錬金術師ちゃんが可愛かったので、
急遽キャラの掘り下げ的な何かをしようと思い立ちました。しかし、イラストと声で殴れるのはずるい。
ちょっとパソコンが壊れているので苦戦しましたがなんとか書き上げました。二日遅れなのはそのせい。
バレンタインデー。それは女性が意中の男性にチョコを贈る日である。少なくとも日本ではそうだ。
俺がいても食品業界の陰謀は成功したようで、町中に甘い雰囲気が漂っている。
羨ましい。ねたみとそねみが一緒になって俺を襲う。
チョコをもらっても食べられない点が致命的すぎる。杉だからな。
輝夜は毎年なにかくれるけれど、チョコそのものじゃない。
いや、仕方がないのはわかってるんだ。でも、夢を見てしまう。
チョコ、欲しいなあ。人間に戻るまでは諦めた方が無難なんだろうけどさ。
なんだか知らないけれど、有名な告白スポットとなっているらしい俺の下では、多数のバレンタインチョコの受け渡しが行われている。
ラブコメは好きだけど、過剰摂取は体の毒だ。
誰なんだろうか、ここを恋愛スポットとして広めたのは。
愛あたりが怪しいと睨んでいる。
あいつ、だいたいこの下で小太郎に渡しているからな。
その時に自分を目立たなくするためだろう。
どうも、俺に報告する義務があると思っているみたいだ。
チョコの受け渡しを監督する気なんてさらさらないのだが。
他にも狙いがあるのかもしれないがわからない。
この場所の価値を高めるとか、輝夜を焚きつけるとか考えてそうだ。
で、今、真下に小太郎と愛がいるわけだが。
うん。確実にバレンタインだね。
仕方がない。俺の眷属たちの中でも一番付き合いが長い二人だ。
夫婦になって、500年強だったな。
どういう熟年夫婦ぶりを見せてくれるか、観察してみようじゃないか。
紅毛碧眼の美丈夫と、大和撫子な美人が向かい合っている様は人目を引いているようだった。
物珍しいからだろう。目立たなくするとかいう狙いは大失敗している。
タイプは違うように見えても二人がカップルであることは誰の目にも明らかだ。
今の俺の周り、基本的にカップルしかいないしな。なんて場所だよ。非リアが爆発を企まないか心配だ。
「小太郎さま。バレンタインの贈り物です。手作りですよ。」
かなり直接的に言ったな。
「ああ。ありがとう。嬉しいよ。」
小太郎大人な感じで受け取っている。ふむふむ。たいして特筆することのないバレンタインだな。
愛がメシマズとも思えないし、平和だ。
食べて見せた小太郎が吐きそうなのを我慢している気がするけど、きっと気のせい。
いや、ひょっとしてメシマズなんだろうか。そういえば、愛が料理しているとこ見たことないな。
俺の近くにいるうちはエネルギーが補給されるから料理の必要もないし、技能を磨くのを怠ったのだろう。
しかし、1000年生きててずっとそのままなのか?
筋金入りにもほどがある。
となると、あれだな。明もやばそうだ。ああいうのって遺伝しがちだと聞く。
小太郎はちゃんと完食していた。偉い。
でも、足元が震えてるな。仕方ない。エネルギーを分けておこう。
「ありがとうございます。」
小太郎は俺に小声で礼を言った。
「なにかいいました?」
「何もないぞ。」
愛の追及には素知らぬふりである。
慣れているのだろう。
素直に感心する。
そして、俺は新たに芽生えた輝夜メシマズの可能性に震えていた。
あの子も種族は森人だし、料理してるとこ見たことないぞ。
成長固定じゃない点に賭けよう。
多分長年のバレンタインの経験が糧となるはず。いや、あの子チョコ作ってないや。
ダメそう。
眷属たちの中で一番料理が上手いのは、多分銀狐だ。
あの大妖怪、結構食べ歩いているから食にうるさいはずである。
あとで輝夜の特訓を頼もう。そうしよう。
そう考えていると、今度は銀狐と将門のカップルを見つけた。
君たち、俺の周りを利用しすぎだぞ。
まあ、いいけどね。どうせ、この木の下でチョコを渡すと結ばれる伝説とかあるんでしょ。愛謹製の。
その噂に身内が引っかかってると考えるとやるせないが、あの二人のバレンタインにも興味がある。
覗き見しよう。
俺は俺で野次馬根性に溢れてるからな。
銀狐は、銀の髪だけ黒にして、めかしこんでいた。これはデート。間違いない。
将門は、そこら辺のファッション雑誌を参考にした感じだ。多分自分では考えていない。
とはいえ、筋肉質のその身体によく似合っていて、これまたお似合いのカップルだ。
「旦那はん? 今日はなんの日か知っとるやろか。」
「知らない。だが、お前がいつも以上に可愛い。」
「もー。上手なんやから。嬉しいけどなあ。」
「正直な気持ちだ。俺の嫁は世界一可愛い。」
「にゃああ。もう。渡す前からこんだけ舞い上がらせるなんて、悪い人やわあ。」
「何か渡すものがあるのか?」
「これや。そんなに甘いもんは好かんやろうから、ビターなやつを作ったんよ。」
「ありがとう。いつも感謝してる。」
「ええんよ。わっちの方がそうやから。」
将門は終始真剣で、銀狐はとろけそうな笑顔だ。
甘すぎて砂糖を吐いてしまいたい。うらやましいぞこんちくしょう。
「はい、あーん。」
ついに食べさせ始めた。
これには集まっていたカップルたちも仰天している。
そして、二人の雰囲気につられたのか、他のカップルもスキンシップが過剰になっていった。
広範囲に甘い影響を与えている。なんだこれは。
我が眷属ながら末恐ろしい。少子化対策に一役買いそうだ。
と、これだけそろっているのならあの二人もいるはずだ。
探してみるとやっぱりいた。
明と白の二人だ。
互いに距離感を図っているようで、ちらりと見て、目をそらすのを繰り返している。
まだカップルになって10年くらいしか経ってないからな。初々しい。
⋯⋯時間感覚が壊れてきている気がするぞ。
杉なので仕方ない。
「今日はバレンタインデーね。」
明は正面突破を図る。
「うん。」
白は口数が少ない。緊張しているのだろう。
「バレンタインデーといえば、元々269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンティヌスに由来する日でね。」
あっ。迷走を始めた。これは恥ずかしくなって雑学に逃げた人だ。
ここから巻き返すのは骨だぞ。
白がなんらかのアクションを起こさない限り、明は着地できないだろう。
俺は固唾を飲んで見守ることにした。
どうなるんだ。気になるぞ。
「向こうでは、男女関係なく、親しい人に贈り物を贈る日みたい。」
なるほどなるほど。
白が感心して頷いている。俺も知らなかったので勉強になった。
いや、でもここから渡す流れに持っていけるんだろうか。
「ええと、それでね。」
「うんうん。」
絶妙な合いの手をいれてる。白も明に対する経験を積んできたということだな。
これなら、いけるかもしれない。
「わたしもね。チョコをね。用意したんだけど⋯⋯。」
「うれしいよ!」
小さくなる明の声をかき消すように白は喜びをあらわにした。
そのままだったら、そこで消滅した可能性もありえた。ファインプレイだろう。
「手作りなんだけど、受け取ってほしいな。」
明は真っ赤である。初々しい。
「手作りか⋯⋯。」
そこで言葉を濁すってことは、やっぱり明もメシマズみたいだ。
⋯⋯明と愛から義理チョコをもらうときは注意しておこう。
既製品でいいって言えばいいだろ。
まあ、それは後の話だ。
「私の手作りは、嫌?」
「そんなことはないさ。うん。」
白は大慌てで否定した。せっかくここまで積み重ねた良い流れが変わってしまう可能性がある。
なんとかなだめて受け取らなければならない。
白が難題に挑むようなきりっとした表情を作っている。
そういうところも含めてこの二人らしい。
ま、大丈夫だろ。受け取って、一件落着だ。
俺は二人から意識を離した。
ん? あそこにいるのは、ミトとルナか?
まだどちらも幼女だ。二人だけじゃ危ない気がする。
俺は声をかけようとして、二人の様子をみて、思いとどまった。
「ルナー、ちょこあげる!」
「ありがとー。わたしもどうぞ。これからもなかよくしてねー。」
二人はバレンタインを楽しんでいた。
これに口をつっこむのは野暮ってとこだろう。
ただ、ここはカップル専用の場所みたいになっているぞ。だいじょうぶか?
いや、百合と考えればなんの問題もないな。むしろよくやった。
明と白が二人の世界に入ってるから、ミトがルナのところに来たのだろう。
俺が監督してれば心配ないし。
⋯⋯俺がそれに気づかなかったのは問題だけど。
ちょっと、覗き見に集中しすぎたな。反省しよう。
何はともあれ、みんなちゃんとバレンタインデーを楽しんでいるみたいだ。ならばよし。
俺にチョコはないよな。知ってる。
輝夜がくれるのもだいたい肥料とかおいしい水とかだもん。
いや、植物的には非常に嬉しいのでそれで良いんだけどね。
とはいえ、もう少しロマンチックな雰囲気が欲しい。
チョコじゃなくてもいいから、もっとこう、それっぽいものをですね。
⋯⋯ハードルを上げすぎた気がする。なんか、嫌な予感もする。
間違った方向に、輝夜の努力が向けられてしまいそうな。
そういえば、彼女の姿はない。敷島の方の拠点にでも行っているんだと思うけど。
俺がチョコ欲しいという思考を垂れ流しにしてしまったせいか?
正直、思考と発話の区別がついているとは言い難い。
思考しているだけのつもりで、声に出していた可能性はある。
チョコ⋯⋯。
俺もまた、バレンタインの魔物に取り憑かれていたということか。
あれが流行する前までは、チョコなんて影も形もなかったのにな。
その歴史は知っているはずなんだが。それはそれとしてチョコは欲しい。
人の悲しい性である。
夜になった。
まだ俺の周りは賑わっているが、流石に落ち着いてきたようだ。
そんな木の上に、彼女はこっそりと上がってきた。
「ねえ、ちょっといい?」
輝夜だ。頬は上気し、艶かしい。
街の明かりが彼女の濡羽色の黒髪を闇と分離させていた。
「ああ。」
相槌を打つ。
何が来ても驚かないようにしないと。
「あなたがね。どうしてもチョコが欲しいみたいだったから、これを作ったわ。」
⋯⋯。つくった? みるからにチョコじゃなさそうだが。
「これでチョコを贈ったことになるわよね?」
「うん。」
勢いに負けて頷いてしまった。
「悩んで悩んで、もうダメかと思ったけれど、作ってよかった。」
輝夜はホッとしている。
その輝夜が差し出しているのは、なんだろう。ちいさな、槌?
「チョコ出の小槌よ」
チョコ出の小槌
効果
「チョコ生成」
なんだこれ⋯⋯。ちょっと理解が追いつかないぞ。
打ち出の小槌がマイナーチェンジしてる。いや、そういうレベルではない気もする。
よくよく見れば、輝夜は疲れを隠しているようだ。
さっきまで作っていたのだろう。秘道具生成には、エネルギーがいる。
「今は無理でも、あとでならきっと食べられると思って。」
彼女はやりきったとでも言いたげに笑った。
なるほど。秘道具。それなら俺が食べられる形のチョコができるかもしれない。
チョコ出の小槌に念じてみる。俺が食べられるようなチョコを生成してくれ。
非常においしそうな流体のチョコが出現した。
それは俺を流れ、地面に消えていく。
地面がパワーアップした感じがする。
惜しい。それは俺が食べられるものというより、地面が食べられるものだ。
もっと言うと肥料だ。
秘道具をもってしても、俺が食べられるチョコは作り得ないのか⋯⋯。
早く人間にならないと。
その時になったら、輝夜の言う通り、これでいっぱいチョコを食べよう。
でも、需給が混乱するから、しばらくは封印しておいたほうがいいかもな。
とりあえず輝夜にはお礼をした。樹液と混ざったチョコは絶品だったらしい。くっ、俺も食べたいぞ。
ちょっと波乱はあったけど、今年のバレンタインもいい1日だった。リア充でよかった。
俺にリアルがあるかどうかってとこにはツッコミを入れないで欲しい。
なお、このチョコ生成機能に着目した者がいた。
銀狐である。
彼女は小槌に、最高のチョコというものを作らせ、職人に模倣させることにしたらしい。
敷島に菓子部門が誕生した瞬間であった。どれだけ複合企業にすれば気がすむんだ。




