第56話 悪役令嬢と神様とヤンデレ
神様は古代では仲の良かったはずのイワスヒメに敵意を燃やしている。
なんでだ。
あの人俺にとっては一番の恩人かもしれないんだが。
あの人が土に加護を授けてくれたおかげで、栄養も足りた。
それに地震でもあんまり揺れなかった。
大恩ある人だ。
「神様、イワスヒメとは仲良しじゃありませんでした?」
聞いてみた。わからないからな。
「はあ? あいつと?」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。ほんと何があったんだ。
「何もねえよ。ただ、あいつの性質がねじ曲がっていくのが見てられなくて。」
「ああ。確か土の神様でしたよね。」
「建物の神としての性質を与えられたのさ。それからあいつは変わっちまった。」
土は建物の最も原始的な材料だ。イワスヒメは新たにその権能を与えられたのだという。
「変わったって、どんな風に?」
あのポワポワした優しい神様が変わるなんて信じられない。
「百聞は一見に如かずか。呼んでやるよ。」
あっ、まだ連絡は取れるのねなるほど。
しばらく待った。
土の中から銀糸の髪をなびかせて、イワスヒメが現れた。
豪華な紫のドレスを着込んでいる。
あの時は砂を薄衣のように纏っただけの扇情的な衣装だったんだけど。
イメチェンしたのだろうか。
優しげだった雰囲気も一変している。張り詰めた冷たい美しさ。
今の彼女を一言で表すとしたらそうなるだろう。
ほんとこの3000年で何があったんだよ。いや、そんなに経ったら神様も変わるのかもしれないけどさ。
「カヤノヒメ。どうしたのかしら。私を呼び出すなんて?」
本来なら柔らかく言われていたはずのその言葉。
だが、今の彼女は高圧的だった。
問い詰めているという風に見える。
「まあ、久しぶりにな。」
「あんまり呼び出さないで欲しいんだけど。あなたは落ち目の神なのだから。」
「ほんと、その性根は気に入らねえな。」
「私は変わらないわよ。これからも建物はどんどん発展していく。あなたの自慢の子だって、2012年には追い越せるはずなの。」
「まあ、自慢の子って部分は否定しないがな。なら、勝負しようぜ。」
「勝負?」
「2012年までに俺の子に勝てるって言っただろ。その時の高さで勝負だ。」
「面白いわね。」
「俺が勝ったら、元のお前に戻りやがれ。」
「私が勝ったら、身の程を知ることね。」
「いいだろう。神約だ。」
「絶対に履行しないとダメよ。」
「わかってるさ。それが神約だ。」
イワスヒメとカヤノヒメは互いの人差し指を重ねた。
そこから、不思議な燐光が二人の体にまとわりついて輝く。
「これにて神約はなった。」
「負けないわ。」
「俺のセリフだ。」
二人は不敵に笑った。
うん。あんたら普通に今でも友達なんじゃないの。
「じゃあね。楽しみにしてるわよ。」
イワスヒメは手を振って地面に消えていった。
確かに性格は曲がっていたけど、根底にあるものは変わっていないように思う。
俺の下の土の加護を取り去れば簡単に勝てるはずなのに、そのままにしてくれた。
それに、口では厳しいことを言ってるけど、カヤノヒメと話すのが嬉しそうだったし。
「まったくあいつは。これでわかっただろ?」
神様はわかってないっぽいけど。
「負けられねえ。俺がつきっきりで伸ばしてやらねえと。」
やる気がおかしい。
何かの拍子に悪口言って殴られそうだからやめて欲しい。
「他の場所の植物に悪影響は出ないんですか。」
「まあ、それくらいなんとかなるだろ。」
「出るんですね。」
「⋯⋯時々くるから覚悟しとけよ。」
あっ。折れた。
流石に神様としての業務はサボれないみたいだ。
「ねえ、その人誰?」
温度の凍った声がした。
「輝夜⋯⋯?」
物陰から姿を現したのは、彼女だった。
据わった目をこちらに向けている。
端的に怖い。
「おうおう。なんだ物騒だな。」
「どういう関係なの?」
「俺の生みの親というか、そんな感じの人だ。」
「敬語はどうしたんだ、ああん?」
ほんとこの人乱暴だな。
「なんて言い方。許さない。技能「単体麻痺付与」!」
「くっ。」
痺れたようだ。
「私とこの人の間を邪魔する奴は排除するわ。」
輝夜が突っ込む。
「呪術超級「変化」!」
握った拳が肥大化して、神様にヒットする。
土煙が上がった。
晴れたそこには、腕一つで完璧に受け切った神様の姿。
ニヤリと笑って、神様は拳を打ち出す。
とんでもない威力ではぜた。
輝夜は吹っ飛ばされる。
さすがは喧嘩の神様だ。
うちの輝夜は俺の仲間の中で最強だぞ。
一蹴するかよ普通。
「輝夜、一旦落ち着け。」
立ち上がって、なおも闘争心をむき出しにする彼女を俺はなだめる。
「この人が俺を転生させた神様だ。この人がいなかったら、俺はお前らと会えなかった。それで、一旦は納得してくれないか。」
「あなたがそう言うのなら。」
少しだけ唇を尖らせていたけど、引いてくれた。ありがたい。
多分神様が悪いよ。あの人、喋ってるだけで喧嘩してるようなもんだからな。
イワスヒメの性格が歪んだの、神様のせいなんじゃないだろうか。
「じゃあ、俺は帰るわ。」
「逃げるんですか。」
「だってその子怖いだろ。」
神様も怖がらせる輝夜すごい。
俺の中に扉を作って消えてった。
「そこにいたんですか⋯⋯。」
あれ、まだ輝夜が怖い。
「俺の中にいるわけじゃないからな。」
「なら良かった。」
よかった。機嫌は直ったみたいだ。
神様と輝夜が会わないように気をつけないと。




