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目指せ樹高634m! 〜杉に転生した俺は歴史を眺めて育つ〜  作者: 石化
第四章 近代

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SS 木を切りたいGHQと論破する白洲次郎

 GHQ総司令、ダグラスマッカーサー元帥。彼は接収した第一生命ビルの中でふんぞりかえっていた。


「ふむ。野蛮な日本人めらもだいぶいい建物を作っているじゃないか。」


 ご満悦である。

 長らく敵であった日本を占領し、そのトップとなったのだ。


 これくらいの振る舞いも当然だろう。


 GHQの仕事は多岐にわたる。

 日本のこれまでの体制を打破し、連合国の好きなように国を作る必要があるのだ。


 財閥解体や農地解放。さらに、一番大事な新憲法の作成。これらは全てGHQが行うこととなっていた。


 日本の軍事力を貶め、2度と戦争を起こさせない。そのためには戦争放棄を謳う新憲法が不可欠だった。


 民主主義や国民主権は二の次である。自分のところがそうしてるからお前もそうしろというだけだ。



「憲法は作らせた通りでいいだろう。あとはあの木だ。目障りに見下しおって。」


 第一生命ビルがあるのは有楽町である。世界一の巨木、大和杉はすぐそこだった。


 あの大空襲からも無事生き延びて、その杉は青々と葉を天に広げていた。


 それを見ていると自分の国が負けたようで腹立たしい。


「切るか。」


 マッカーサーはそう呟くのだった。




 その話はGHQ内で急速に広まった。マッカーサー元帥があの杉を切ろうとしているらしい。どのようにして切るのだ。無理だろ。などと喧々囂々(けんけんごうごう)とした議論が交わされていた。



 それを聞いて立ち上がった人物が二人いた。

 一人は、日本に観光に来ていたカーチス・ルメイ。大和杉を観光するため、思い立ってやってきた男である。


 もう一人は、GHQに「従順ならざる唯一の日本人」とまで呼ばれた男。白洲次郎だった。


 彼は憲法の草案を作るという大任を任され、GHQ側と折衝し、そのイギリス仕込みの英語で一目置かれた人物である。


「さて、仕込んでおいた毒を喰らわせる時がきたようだ。」


 彼は不敵に笑っていた。


 ●


 白洲次郎がその女と出会ったのは戦時下だった。

 町田の古農家に疎開し、赤紙も軍の知己の伝手で無効にしていた彼は戦争とは無縁の生活を送っていた。


 先見の明があったと言えるだろう。


 時々は近衛文麿このえふみまろの元に顔を出して、終戦工作の進み具合を知る。


 下野しながらも、時流には敏感だった。



 そんなある日、彼は近衛邸で美しい女に出会う。

 妻がいるにも関わらず、思わず手を出してしまいそうなほどに蠱惑的で魅力的な女だった。

 この戦時下において稀有な存在と言ってもいい。


 ほとんどの人々は疲れ切っていたのだから。


 となると、この女は怪しい。何か裏があるに違いない。


 白洲次郎は思わず引き込まれそうになる自分を叱咤しながら彼女を観察した。


 近衛元首相とも親しげに会話を交わしているところをみるとどこぞの華族の奥方だろうか。


 それにしては元首相が緊張しているように見える。


 彼は、警戒することに決めた。自分の嗅覚はよく当たる。


 間違ってはいないだろう。


 女は、こちらを横目に見て、婉然と笑みを送った。


 計ったようなタイミングだ。


 手強い。改めて気を引き締めた。


 結局その時は、彼女がこちらに接触してくることはなかった。


 だが、これだけで終わるわけがないと白洲次郎は予感していた。



 その予感は当たる。


 終戦後、吉田茂に請われてGHQとの折衝に当たっていた彼の元に、彼女が訪ねてきたのだ。



「久しぶりですね。」


 開口一番、そう言って微笑む彼女に、彼は頷くしかなかった。


 前口上もなしだったが、それを当然と思わせる雰囲気が彼女にはあった。


「そうですね。よければお名前をお聞かせ願えませんでしょうか。」


 彼は目上の者に接する時と同様の振る舞いをすることにした。


 おそらく彼女は大物だ。存在が伏せられた皇族であったとしても不思議はない。


 これで間違いないはずだ。


「では、愛とお呼びください。」


 彼女は微笑んでいる。その笑みが彼には恐ろしかった。

 自分には見えていない何かが見えているような目をしていた。


「私にどのような用事でしょうか。」


 先に進みたかった。生きている時間が違っている。


 そう思えるような相手と長いこと話をしていたくない。


「では、単刀直入に言いましょうか。今度作ることになる憲法草案に以下の文言を紛れこませて欲しいのです。あなたなら簡単でしょう。」


「どうしてそれを知っているのです。あれは、ほんの一部の信頼できる人物しか知らないはず。」


「私には独自の情報網がありますので。」


「なるほど。」


 納得するしかなかった。


 終始圧倒されるのを自覚する。


 だが、彼女が入れて欲しいと言った文言を見て、その理由を聞くうちに彼はすっかり乗り気になっていた。



 これならアメリカの鼻を明かすことができるかもしれない。


 彼女がこれを入れて欲しいという理由はわからないが、悪いことではないのだろう。


 自分の信条にも合致する。


 面白い。



 彼は、こっそり憲法の条文を書き換えるのであった。




 日本国憲法前文一部抜粋


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 われらは、平和と大和杉を維持し、専制と隷従れいじゅう、圧迫と偏狭へんきょうを地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。



 ●


 ルメイと白洲次郎は、マッカーサーのいる部屋の前で出くわした。


 二人とも驚いたが、白洲次郎は英語に堪能だ。


 幸い面識もあり、話はスムーズにできた。


 互いの目的を理解した二人は頷きあうと、華美な装飾のドアを開けるのだった。





 訪問者の顔を見たマッカーサーは怪訝な顔をしてしまう。

 それはそうだろう。日本人の曲者と自国の空軍閣僚が連れ立ってやってきたのだ。


 わけがわからなくても無理はない。


「どうしたのだ。」


 少しだけ、気を遣ったのだ。本来のマッカーサーならばそんなことはしない。

 だが、この妙な取り合わせにおかしくなってしまったのだ。


 その隙を見逃す白洲次郎ではない。


「閣下。大和杉を切ろうと計画していると聞きましたが。」


 彼は流暢なイギリス英語で話す。


 イギリスの方が優雅であるという言説は今もまかり通っている。


 ましてこの時代ならなおさらだ。


 だからこそ、GHQも彼に一目おかざるを得なかった。



「その通りだ。あんなもの、あってもなくても変わらんだろ。」


「切る理由はないと思いますが。」


「そんなもの、いくらでもこじつけできる。軍の間では切り倒してしまえという意見が大勢だ。なあ、ルメイ?」


「それはどうでしょう。戦争からも残ったのだから、わざわざ切り倒す必要もないと思いますが。」


「ルメイ?!」


「私の大空襲を受けて無事だったのです。全て終わった後にひっくり返すのは栄えあるアメリカのすることではありません。」



「なるほど⋯⋯。」


 対日本戦線における現場指揮官として名を高めていたルメイの意見はマッカーサーとしても聞き捨てるわけには行かなかった。


 信じられないと言いたげな表情だが、ここでは一旦引くことにする。


 ルメイが帰ってから行おうという腹だった。


 だが、それをそのままにする白洲次郎ではない。


「閣下。あの杉に関しては、すでにGHQの憲法草案で認めているではないですか。何を今更切り倒すなどと言うのです。」


「なんだと?!」


 初耳だったマッカーサーは思わず椅子から立ち上がった。


「どう言うことだ!」


「閣下もご存知でしょう。憲法前文。 われらは、平和と大和杉・・・を維持し、専制と隷従れいじゅう、圧迫と偏狭へんきょうを地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。の部分を。」



「確かに承認をした覚えはあるが⋯⋯。」


「大和杉の維持とあるでしょう。」


「⋯⋯そんな、バカな。」


 彼の手元には、認可の判を押した憲法前文。その中には確かに大和杉の維持と書かれていた。


「一旦、憲法で認めたことを、一介の占領軍でしかないあなた方が反故にしていいのですか?閣下が認めたものでしょう。」


「ぐぬぬ。」


 見逃していた。そう言って返すこともできた。

 だが、それは自分の書類仕事の杜撰さを暴露するも同じである。


 マッカーサーには唸ることしかできなかった。


「白州殿。その辺りにしていただこう。元帥。この文は削りましょう。その代わり、金輪際大和杉には手を出さないと確約するのです。私が証人になりましょう。」


 幸い、まだ憲法は草案段階である。歴史に刻まれるにはまだ早い。


「それなら私も文句はありません。今回のものは私が密かに忍ばせた毒のようなもの。冷や汗をかかせたかっただけですので、問題にする気はありません。」


「⋯⋯いいだろう。さすがは従順ならざる唯一の日本人だ。」


「褒め言葉だと、受け取っておきますよ。」



 こうして、マッカーサーは大和杉の切断を諦めた。



 カーチス・ルメイと白洲次郎は連れ立ってその部屋を離れた。


「ルメイ殿は、どうして協力してくれたのですか?」


「単純なことですよ。あの杉が倒れるのを止めたかった。ただそれだけです。好敵手のように思っていたと言ったら笑いますか?」


「いいえ。笑いませんよ。」


 あの木は、東京の、そして日本の象徴だ。


 あの愛という女性のことを鑑みるに、あれを守ることを使命としている一族もいるようである。


 彼はルメイの言いたいことがわかる気がした。


 あれには植物を超越した意思のような物を感じる。


 流石に気のせいだろうが、人格を仮託してしまう気持ちもわかる。



「この日本を守るのは私だが、手が届かないところは任せたぞ。大和杉。」


ルメイと別れた彼は、こっそりそう呟くのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] マッカーサー元帥は古典的な日本文化の熱狂的な信者だったから、むしろ本来なら大和杉を率先して守りそうですね。
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