第54話 原子爆弾 終
文句にどこか見覚えがあるのは気のせいです。(予防線)
「日本の対空戦力は全滅したという話ではなかったのか!」
機長は信じられないという感情を隠せない。
「噂は本当だったのか。」
レーダー士は思わずといった様子で声をあげる。
「なんだと。」
「悪魔の杉の話だ。」
幾たびの火事を越えて不倒
ただ一度の空襲も受けず
ただ一度の肉薄も許されない
杉は日本にただ一本
天をついてそびえている
その有様は日本人の心の拠り所
その杉は神によって守られている
「あれを攻撃目標にしたら最後、不思議と作戦は失敗に終わる。そんなジンクスだ。」
そう語るレーダー士の目には確かな恐怖があった。
「それを払拭し、日本人の心を折るために、新型爆弾を用いるのだ。失敗は絶対に許されない。」
機長は機内を鼓舞する。
「そんな非科学的なこと。あり得るはずがない。あれもただの日本軍の秘蔵兵器にすぎん。」
機長の言葉は自分自身に言い聞かせるようだった。
ともかく、全員の心は一つになった。
「前方、微小反応あり!」
「よし。機銃、放て!」
胴の下に設置された機銃が火を吹く。
爆撃機とはいえ、飛行機相手でも当てれば爆散させることのできる威力だ。
もし、輝夜たちに当たれば無事ではすまないだろう。
●
「「技能「軍勢召喚」!」」
小太郎と将門の声が被った。
現れたるは一騎当千の軍団。それをB-29の銃弾が貫いていく。これが近代戦だ。
空の上での長篠の戦いとでもいうべき光景。だが、それでいい。ただの肉壁でしかない。
「弾幕!」
「五色の弾丸 白っ!」
軍勢召喚によって空いた時間。
そこをついて、蓬莱の玉の枝と龍の首の珠。二大秘道具の弾が放たれる。
輝夜と白。二人の技能「射撃」持ちの技は神がかっていた。
とんでもない速度で飛んでくる飛行機へ、まっすぐに飛んでいく。
着弾。爆発。
蓬莱の玉の枝の弾幕は機銃を黙らせ、龍の首の珠の一撃は閃光を撒き散らして爆ぜた。
だが、揺らぐだけだ。飛行機本体は無事である。
スーパーフォートレスの異名を持つ、空飛ぶ要塞。それがB-29である。さらには原爆を運ぶための特別製だ。
チート秘道具の二つを持ってしても容易には落とせなかった。
大和杉から距離が離れていたため、威力が弱まっていたのも原因だろう。
「呪術「落雷」!」
指向性を持った雷が速度の落ちたB-29を襲う。銀孤の仕業だ。
速度の落ちたB-29ならば、呪術でも十分に当たる。
穴の開いた部分にさらなるダメージが入る。
ふらふらと翼が揺れる。後一押し。
空を明が駆ける。肉薄し、選ぶ技能は。
「技能「全体麻痺付与」!」
ギリギリまで近づいての麻痺付与。機内の全搭乗員は体が痺れて動けなくなる。
風防からその姿を見たレーダー士は目をこすろうとするが、動かせない。
だが、その少し前、全てが手遅れになる前に、爆撃手のフィアビー陸軍少佐は原爆を投下することを決定していた。
麻痺する一秒前、原爆が投下される。
目標を潰すことはもはや不可能だ。それでも敵の手に渡るよりはいい。
3mほどの円筒形の爆弾。
それは、東京湾に落下していく。
海面上600m。核反応が臨界点に達した。爆発。キノコ雲が上がる。
全力で空域を離脱していた輝夜たちはその魔の手からギリギリ逃れた。
投下したB-29はふらふらと落下し、その雲の中に巻き込まれてしまった。
猛烈な上昇気流により錐揉みしながらB-29は消失した。
●
原子爆弾が東京湾で爆発したのを、別のB-29が観測していた。
マリアナに戻り、カーチス・ルメイ少将に報告する。
「失敗か⋯⋯。」
彼はしばらく放心していた。
「少将。悪魔の杉はこの際、無視しましょう。あそこだけ神の加護が働いていると言われても納得できます。」
「いたずらに被害を拡大させるのはバカのすることということか。」
「そこまでは言っておりませんが。」
「良い。ならば予定通り、広島だ。工業都市としての価値が高いのだろう。やってしまえ。」
「はっ。」
部下は敬礼して出て行った。
「悪魔の杉、大和杉か。」
彼は幼い頃好きだった浮世絵を思い出していた。
日本が降伏したら一度行ってみよう。
少将は密かにそう考えるのだった。
●
みんなが無事に戻ってきた。ほっとした。よかった。名実ともに一番の危機だったことは間違いない。もう一度俺を狙ってこないかが気がかりだが、それ以前に降伏させるように動こう。
「次の目標は広島のようです。」
愛の無線傍受もうまく行った。
ようやく普通の歴史をなぞるようだ。長崎にまで波及するまでに降伏してもらえればいいんだが。
3日後、広島が消えた。
そんなニュースが入ってくる。
未だ皇居では降伏するか否かで議論が定まらないようだ。
強硬派を脅して大人しくさせているが、間に合わないかもしれない。
ソ連参戦の情報が来た。もう、日本の味方をする国はいない。
ようやく、首脳部も敗北のふた文字がちらつき始めた。
八月十五日。
正午。
愛の持つラジオから天皇の玉音放送が流れてきた。
日本の無条件降伏の宣言だった。
俺がいる意味はほとんどなかった。歴史は変えられない。
転生者であっても、無理なものは無理だ。もう少しうまくやれば違ったかもしれない。
だけど、俺にはこれが精一杯だった。
せめて、無事な俺の近くの街並みを誇ろう。これは、これだけは俺たちの成果だ。歴史を変えた証だ。
俺の下以外一面の焼け野原になった東京にあって、俺はただ未来を睨んでいた。
●
東京湾。原爆が落ちた海中。
深海。光も届かぬ海。
青い燐光が揺らめく。
それに近づいた魚が、後ろの怪魚に食われる。
それを丸ごと飲み込んだのは1mのアンコウだ。
生態系は変容していた。
そしてその中に絶対王者として君臨する存在があった。
背中に不気味なヒレを背負った爬虫類とも魚類ともつかない10mほどの生き物。それは、身をくねらせ、原子爆弾の残骸のそばを泳いでいた。
この展開をやりたかったので、多少無理矢理にでもこちらに原爆を持って来させました。書き直す機会があればちゃんと戦記物にしたい。(破壊の御子を読みながら)
どう考えてもビキニで生まれたあいつが東京に来るのはおかしいと思うんですよね。やはり東京湾。これしかない。
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