第53話 原子爆弾 初
あの空襲があった後も、散発的に空襲は続いた。
近くは危ないと理解したのか、俺の下を爆撃する飛行機はいなかったが、東京は散々に破壊し尽くされた。
未だ元気な蝉の声を聞きながら、俺は季節を知った。
そろそろ、広島に原爆が落とされる頃合いだ。
蝉は樹液を吸ってくるし、穴を開けてくるから嫌だ。
下は通さないけど上の柔らかい樹皮は格好の獲物になってしまう。そこまでたくさん吸わないのが救いといえば救いだ。
少しだけ歴史を変えてしまった。原爆が俺を狙ってくるのも十分にありえる。
俺は対原爆を想定した訓練をさせていた。
原爆に対する理想は、海の上で撃ち落とすこと。
地面に落ちたら、そこが放射能で汚染されてしまう。被害は深刻だ。
俺の方まで放射線が飛んで来るかもしれないし。それはだめだ。許容できない。
海だったら拡散されて大丈夫だろう。
一番いいのは、やはり白に迎撃してもらうことだろう。
将門もだいぶ練習して上手くなったが、やっぱり白にはかなわない。技能「射撃」の力は素晴らしい。
輝夜も技能「射撃上級」があるし、やっぱり将門よりも輝夜を優先するべきな気がしてきた。
龍の首の珠は輝夜に預けよう。
将門はそんなに拗ねないでくれ。
一番の課題は、原爆搭載機を見分けることだ。おそらく、焼夷弾とは機構が違うはずだから見ればわかるとは思うが。
それと、情報だ。まだ、愛の無線傍受はうまくいっている。
とはいえ、小太郎達に迎撃に出てもらうのはやめることにした。守りは白の弾幕だけだ。
あくまで、攻撃が見えたから対処しているという形を作りたい。
昼日中の襲撃に迎撃するんだったら正体がバレそうだしな。
この情報アドバンテージはとても重要だ。
新型爆弾を試すみたいな情報を手に入れることができれば勝ったも同然。
全ては愛にかかっている。頼りにしてるぞ。
8月5日。
「リトルボーイという兵器が明日、こちらへ向けて運用されるようです。侵入経路は南!」
愛の情報が入った。間違えるわけもない。広島に落とされた原子爆弾の名前だ。
やはり、歴史は変わったか。
一介の植物に原子爆弾の相手なんて荷が重いけど、俺の仲間なら絶対に行ける。
輝夜、小太郎、将門、銀孤、明、白。
愛だけを残した。前回みたいな軍部のいざこざがあったら頼りになるのは愛だからな。
空で愛がやれることと、こちらでやれることを天秤にかけた結果だ。
むしろ6人を迎撃に向けることが過剰戦力という話もある。
いや、見つける眼は多いほうがいいはずだし。これでいいだろう。
みんな、頼んだぞ。
失敗したら俺がワンチャンかけてリーフインジェクションするけど、確実に望み薄だからな。
みんなが出撃していくのを見送る。自分が植物だという無力さを噛みしめるしかなかった。
動ければいいんだが。
とはいえ、そういうわけにもいかないだろう。
頑張ればいけないこともない気もする。細胞操作で根っこを動かしてだな。
「ご主人様。何をやろうとしていらっしゃるので?」
笑顔の愛が脅してきたので諦めました。逆らえない。
信じて待とう。
●
原子爆弾を運ぶB-29。エノラ・ゲイ。その船室。
東京の目標に向かう途中、レーダー士のジェイコブ・ビーザーはレーダー上に妙な光点を見つけた。向かう先、房総半島の上空に小さな反応が6つある。
飛行機にしては反応が弱々しい。あるかないかの小さな輝きが瞬いている。
今回の任務に失敗は許されない。どんな些細な点でも見逃さないようにする。
彼は機長に連絡した。
機長は、この報告を重く見た。上空へ進路をとる。
危険は回避された。そのはずだった。
●
「見えた!」
白が叫んだ。技能「射撃」を持つ彼の目は特別製だ。何キロも先の空を飛ぶ飛行機のきらめきを容易に見分ける。
「急上昇してる! 気づかれた!」
「私も確認した。みんな、上に上がるわ!」
輝夜も技能「射撃上級」を持っている。続けて視認した。
彼女の目には、相手の飛行機が頭をもたげて上昇していく様がよく見えた。
「くっ。早い。」
唸る。技能「雲乗り」では追いつけない速さだ。
やはり生身では限界がある。
「私が牽制する。みんなは上で動きを止めて!」
輝夜は動きを止め、手に持った龍の首の珠を構えた。その間に他の5人は上に飛ぶ。
「五色の弾丸。黒っ!」
技能「射撃上級」で補正された黒の弾丸は、少しそれてB-29の正面で爆発した。
闇が広がる。
敵の操縦が乱れた。空に突然出現した闇を恐れたようだ。
「五色の弾丸。黄っ!」
続いてもう1発。やはり外れて横で爆発。雷撃が空間に広がった。B-29の翼が取られて揺れる。墜落する気配がないのは操縦士の腕だろう。
足止めは十分。輝夜はそう判断した。彼女は仲間たちの後に続いて上昇する。
技能「雲乗り超級」は技能「雲乗り」より性能がいい。将門と白、それに銀孤というお荷物もいるため、今からでも十分合流可能だ。
さあ、正念場である。輝夜は気合を入れ直した。
空へと駆け上がるその姿は古の戦乙女のようだった。




