第51話 東京大空襲 初
どうも、米軍の空襲方針が変わったようだ。夜中に3000mくらいの低空を飛んでやってくるようになった。
小太郎たち迎撃部隊が張り切っている。この前までの高度10000mは流石に厳しかったようで、撃墜報告はなかったけど、今回は結構撃墜しているみたいだ。よくやってる。
もう、こちらに対空戦力はほとんど残っていないと見ての低空夜間爆撃なんだろうが、俺は対空戦力持ってるからな。舐めるなよ。
取り逃がしたとしても、樹上には百発百中の弾幕主こと白が陣取っている。
直接爆弾をぶつける事などできないと知れ。
俺もこっそりリーフインジェクションしてみた。
普通に燃えた。悲しかった。
戦国の頃は文字通りの必殺技だったのにな。
技術の進歩で陳腐化してしまった。
もう、俺自身の戦闘力はほとんどないのかも知れない。
まあ、木だからしょうがないか。むしろ今までの俺が攻撃的すぎたんだ。
葉っぱを飛ばしてくる杉なんてどこにいるんだよ。ここにいたね。
これからの俺はただの杉。謎の植物だと勘違いされるような動きは慎まなければ。手遅れって言うな。
まだギリギリ植物だ。だよな。
愛に聞いてみたら笑顔で目をそらされてしまった。ダメみたいだ。悲しい。
●
3月9日昼。うららかな春の陽気を裏切って大声が響いた。
「解読できました!300機以上のB-29が下町を攻撃目標としてマリアナから飛来する模様。方角は、東です。房総半島から来ます。到着は0時過ぎ!」
どこからか入手したのか、愛は無線傍受に必要な機械を樹上に持ち込んでいた。
このくらいなら全然余裕。もっと乗せてもいいぞ。
というか、それ以上に愛の言ってる情報の方が重要だ。
300機以上の大編隊か。東京大空襲の本戦だな。
流石にまだ原爆は生産されていないはず。焼夷弾だけが俺の敵だ。
俺はみんなに改めて、頼んだ。俺を守ってくれ。ずいぶん身勝手だとはわかっている。
それでも、俺は生きて、人に戻りたいんだ。
「私の望みはあなたが戻る事だもの。」
輝夜は安心させるように笑った。
「私はあるじさまにお仕えするだけですから。」
小太郎も微笑んだ。
「ご主人様の頼みじゃ断れませんね。」
愛はやれやれと首を振って、でも最後には笑ってくれた。
「俺にこの場をくれて感謝しているんだ。守ってやるよ。」
将門はぶっきらぼうで、でもそれが彼らしい。
「わっちも、ここに匿われんかったら滅ぼされとったろうね。ほんまおおきにな。」
銀孤の尻尾が揺れている。はっ。こっちじゃない。顔を見た。俺が何を見ていたかわかっているらしい。苦笑いしている。すまん。
「おじいさまは私が守りますから!」
明は頼り甲斐がある。最年少に近いとは到底思えない。それでもずっと可愛い。
「おじいちゃんに恩返しがしたいんだ。」
白はまっすぐに俺を見つめた。白は反抗期もなくて、男の子なのに手のかからない子だった。
でも、今回のキーパーソンは君だ。最終防衛ラインは任せる。
「絶対に生き残るぞ!!!」
みんな腕を天に突き上げて気勢をあげる。
それはまるで、昔俺の前で出陣の儀式をしていた武士たちがやっていた儀式のようだった。
あれからいろんな危機を乗り越えて、ここまで来たんだ。今度のも絶対に乗り越える。
●
輝夜は空に浮かんで息を整えていた。東京を背に、愛の予告した方角を見ている。
技能「雲乗り超級」は、全ての空に乗ることが可能だ。
空を自在に駆け巡る。人間には不可能な機動ができる。
3000m程度なら、息も続く。ただ、冷えるだけだ。吐く息が白い。
輝夜の役目は全体の把握だ。小太郎と明と将門の4人で戦うとはいえ、空の上は自由度が高い。
連携も必要だし、別の戦闘機が突っ込んでこないか注意する必要がある。一番大事な役割だ。
気負いはあるが緊張はない。ただ、目的意識によって研ぎ澄まされた心。理想的な戦闘前の状態だった。
風が強い。衣服がなびく。愛が持ってきた軍の防寒服だ。
入手経路は聞いてはいけないらしい。怖かったので、輝夜は聞けなかった。
小太郎と明は自前の雲乗りで空に立っている。
将門は小太郎の雲乗りでなんとか浮かんでいるが、竜の首の珠を持っている。
自力で浮かべないのは仕方がない。
とはいえ、龍の首の珠を持つ将門がこの中で一番攻撃力があるのは間違いのない事実だ。彼がキーとなる。
時刻は間も無く0時。愛の予告した時間だ。
灯火管制によって闇に沈んだ東京の街は人気もなく、静かだった。
空襲警報は鳴らない。軍は感知できていないらしい。
「きた! 」
輝夜は見つけた。空の向こう、闇の中にわずかな明かりが煌めいている。
金属の翼にわずかに反射した光だ。
目を背けたくなるほどの大編隊だ。どんどん近づいてくる。
金属の物体を宙に飛ばす飛行機は人間の性能を遥かに凌駕するエンジンが積んである。
輝夜も理解していた。空中機動では到底叶わない。
こちらの有利は、常識の外にある雲乗りと、それによる油断だけだ。
目撃されたら、一人も逃せない。その覚悟で今、ここにいるのだ。
「将門! 赤!」
「やるか!」
「風に注意してね!」
「言われなくてもわかってる!」
将門の掲げる五色に輝く珠が赤く染まっていく。
「龍の首の珠「五色の弾丸」赤。発射っ!」
少しそれた方向へ放たれた赤色の輝く弾は、尾を引いて、爆撃隊に吸い込まれていく。
重力風向。全てを読み切らないと空の弾丸は当たらない。
それでも、彼には経験があった。
第二次世界大戦が始まる前から訓練しているのだ。
年季が違う。その前の小競り合いで実戦経験も積んだ。空の弾丸を扱う準備はできている。
赤の弾は一機に当たった。炎が咲く。
赤の弾に含まれている炎の力と機体に積まれた爆弾が反応したのだろう。
爆発。それは、周囲の爆撃機にも連鎖していった。
爆発物を満載している爆撃機は、空飛ぶ棺桶も同じである。
攻撃されたら終わりだ。
制空権を取らないと出撃しない方が良い。
今の日本は、戦闘機を飛ばす燃料にも事欠いていた。アメリカ軍はこれまでの爆撃でそのことを十分に理解していた。
護衛の戦闘機すらつけない舐めっぷりである。
だが、この日本には大和杉がいた。それだけが、アメリカ軍の誤算だった。
赤の弾の炎はどんどん爆撃機を沈めていく。
慌てて逃げ出すB-29の群。何が起こったのか理解しているものはいなかった。
日本の新型兵器だとしても、どこから撃ってきたのかわからない。
飛行機から撃ってきたとするには威力が高すぎるし、下から撃ってきたにしては狙いが正確すぎる。
二射目がこないため、1発限りだったのだろうと判断して、アメリカ軍は作戦行動を続行した。
だが、その時、輝夜たちはすでに接近していた。
赤く咲いた炎は、赤々とアメリカの機体を照らしている。
位置が筒抜けだ。
地上からもそれは見えたのだろう。
空襲警報が鳴り始めた。
うーうーと耳障りな音が響いてくる。
B−29の群れは気にせず進もうとした。
がくり。操縦士がうなだれる。操縦桿が倒されて、爆撃機は人を乗せたまま野原に突っ込んでいく。
そこかしこで、そんな理外の光景が広がった。
輝夜、小太郎、明の全体麻痺付与が発動したのだ。
空の闇に紛れたまま、3人は操縦士を無効化していく。
「What’s happening?!」
(何が起こっている?!)
編隊長の言葉に答えるものはいない。
その時、空の上を、非常に美しい女が走っているのを彼は見た。
「Alien?! 」
(宇宙人か?!)
そうとしか思えなかった。人間が空を飛べるはずはない。誰よりも空に親しんだ自負のある彼は自信を持ってそう言えた。
そして、気づく。
自分の腕が、動かなくなっていることに。
操縦桿も足のフットバーも動かせない。自分の機体を制御できない。
部下たちが落ちていったのはこれが原因か。
だが、何もできない。
彼の機体はバランスを崩し、きりもみしながら落ちていくのだった。
「結構やったけど、流石に全部撃墜するのは無理みたい。」
「いや、よくやったよ。」
「頑張りました。」
「俺の風龍の活躍を見たか!」
将門は威張っている。今の彼は風の龍を纏っていた。自力で飛んでいる。
「見てないわ。」
「お前隊長だろうが!」
「ちょっと余裕なくなってた。ごめん。」
向かってくる機体は猛スピードだ。その隙間を縫って麻痺させるのは難しかった。
「まあ、いいけどよう。」
将門はむくれている。っと、風龍の効果が切れた。将門は悲鳴をあげる。
「おっと。落ちるな将門。」
素早く小太郎が回収した。
「ああ、すまねえ小太郎。」
将門もほっと息をつく。
「あとは、白がどれだけやってくれるかですね。」
明は心配そうだった。
「白は俺の子だ。心配はいらねえだろうぜ。」
将門はそう言って笑っていた。
これからアメリカ人も日本語を喋ります(異世界の言葉がわかる設定の流用




