SS 銭湯
明暦の大火の後の出来事である。
吉原には江戸各地の銭湯で湯女をしていた娘たちが集められた。
このころの銭湯は遊郭の代わりと言ってもおかしくない場所だった。
湯女たちは風呂の中で男性客の背中を流し、時にはそれ以上の行為に及ぶこともある。
風呂の料金は低く、庶民たちにとっては馴染みの場所だ。
そこで遊郭に行くよりお手軽に春をひさぐことができる。
当然大人気だ。
吉原は湯屋に客を取られて衰退していた。
そこで、幕府は湯女湯屋を禁止するよう通達する。
郊外に移転する代わりとして吉原の代表者たちが出した条件だ。
結果、行き場のなくなった湯女たちが吉原に流れ込むことになったのである。
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風魔屋には従業員専用の風呂があった。
未だ蒸気浴の形式ではあるが、大きな風呂である。
そこらへんの銭湯と比較してもなんら遜色はない。
豊富な従業員数を誇る風魔屋には必須だった。
とはいえ、男女を別にできるほどのスペースはない。
一応、男女で入浴時間は分けているが、女性の数が多すぎる。
男性の入浴時間にも女が入ることは珍しくなかった。
そこへ来ての湯女たちの流入である。
今までの習慣から奉仕しようとする湯女たち。
風魔屋の風紀は乱れに乱れた。
もともと遊郭なのだから乱れるような風紀は残っていないという話もあるが。
小太郎と将門、それに白を守るため、愛に銀狐、明は男性入浴時間に入り浸ることになった。
混浴だ。
このころは混浴も一般的で、あまり忌避感もなかったのだろう。
輝夜は女性専用時間に悠々と入っていた。
男性従業員は自分たちの時間に入っていれば自然と混浴になる。
わざわざ女性専用時間に入るような人物はいなかった。
風呂場には窓がない。
いまだ技術が追いついていないのだ。
視界だけを頼りにしている大和杉には眺められない。
せっかくのサービスシーンなのに哀れである。
特に描写もしないので、読者諸兄はご自由に想像していただきたい。
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「ねえねえ、お父さん。お湯が張ってる銭湯があるって聞いたんだけど、行ってみない?」
明は小太郎の手を引く。
「お湯? それはすごいな。」
小太郎は感心した。
自分でも作らせた彼はその技術的問題点をよくわかっていた。
もう50年くらいしないと作り上げられないと予想していたのだが、技術の進歩は思っていたより早かったようだ。
とはいえ風紀が悪いのは確かだ。
明に行っていいと言えるかというと否だろう。
家の風呂なら従業員たちもわかっているから問題ないのだが、外は危険がいっぱいだ。
「だが、行ってはダメだ。」
小太郎はやっぱり過保護だった。
「⋯⋯はーい。」
明は不満そうだったが、とりあえず頷いた。
彼女は小太郎の前から消える。
「⋯⋯まずいな。こちらにも浴場を作るしかないか。」
明の性格を熟知している小太郎は焦っていた。
彼女は好奇心を抑えられないだろう。
縛ってもおそらく無駄だ。彼女の行動力は凄まじい。
「一回なら仕方ない。それ以上がないようにしなければな。」
小太郎は風呂の改修を行うことを決めるのだった。
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「白っ!お姉ちゃんについてきて。」
「どうしたの?」
「いいから。お風呂、行くよ!」
「待ってよ。お姉ちゃん。」
よくわからないながらも明について駆け出す白だった。
明は周囲を警戒しながら吉原の外へ抜け出した。
白も続く。
遠く大和杉だけがその様子を見ていた。焦るけれどできることはない。
動けない主人公は全てを見ることができても万能にはなれないのだ。
明と白は首尾よくその銭湯にたどり着いた。
お湯に浸かれるとあって大人気で、たくさんの人が並んでいる。
二人は堂々と銭湯に入った。
銭湯の値段は幕府により非常に安く抑えられている。
かけ蕎麦いっぱいの二分の一以下と言うから相当だ。
子供達が入るのもそう珍しいことではなかった。
二人は初めてのお湯に入れるお風呂を堪能した。
美しい明は目立っていたが、小さいながらに白は優秀な守護者だった。
二階は休憩所となっており、風呂上がりの人々が親睦を深める場となっている。
明は興味津々だった。
白がとても苦労して吉原まで連れ帰ったことを記しておく。
明は大変気に入ったようで、度々白を誘って出かけるようになった。
親たちは心配しながらも見守るしかできなかった。
そして、小太郎プロデュースの内風呂が完成する。
風魔屋の有り余るお金を存分に使ったそれは銭湯と比べてなんら遜色ないどころか上回ってさえいた。
五右衛門風呂に露天風呂。浴槽にもちろんサウナも備え付けられている。
数は力だ。
電気風呂や泡風呂はないが、ありとあらゆる風呂があると言っていい。
遊女たちの美容のためにも豪華な風呂は必要だった。
明の出歩きグセも改善した。代わりにお風呂に入り浸るようになったが、気にする必要はないだろう。
だが、一番風呂に浸かっていたのは輝夜である。
「ふう、気持ちいいわね。」
彼女は見事な裸体を風呂に浸けて弛緩していた。
仕事もないのだ。
風呂は気持ちよすぎる。
温泉に逗留している客のように、暇を見つけては風呂に入る輝夜だった。
し○かちゃんもびっくりである。
遊郭だと言うのにただの温泉宿として使っている。
勿体なさすぎる。
「あの人も一緒に入ることができればいいんだけど。」
寂しそうな表情をする輝夜。
流石に600m超の巨体をお風呂に入れることはできないだろう。
わきまえてほしい。
「輝夜。またお風呂に入ってるんですか全く。」
「流石に入りすぎだと思うわあ。」
「ちょっと引きます。」
「明にだけは言われたくないわよ。」
女性陣はやっぱり仲が良かった。
花魁たちの間で輝夜のあだ名が風呂の主になっていたが、当然の帰結なので気にしなくていい。




