第41話 水戸黄門 急
見知らぬ老人に悪巧みをバラされた町奉行。彼は逆上していた。
「おのれ、黙って聞いておればどこぞのジジイの分際で。 構わん、一人残らず召し取れ!」
わらわらと奉行の部下たちが現れた。
「助さん、格さん。懲らしめてやりなさい。」
黄門の指示で、二人の達人が動き出した。助さんは刀で峰打ちをし、格さんは柔で投げ飛ばす。
二人とも一騎当千の働きぶりだ。
「ジジイを捕らえろ!」
町奉行の指示は的確だった。黄門を人質に取られれば二人は動けなくなる。
黄門の元に敵が集まってくる。
「ふっ。」
そこをこぶしが襲った。
騒ぎを聞きつけてやってきた将門である。
彼の痛みを感じぬ腕から自分へのダメージを度外視して放たれる連撃。
襲いかかる大人数を瞬く間に減らしていく。
「将門様—!」
黄色い声も飛んでいる。
自警団団長の彼の知名度は吉原ではトップクラスだ。
名前を偽らなくてもいいのだろうか。少し心配だ。
「ご老人。大丈夫ですか。」
「ほう。すまぬの。」
将門を見る黄門の目が強い光を帯びる。
ただの人ではないと見抜いたのだろう。
いつしか、町奉行の引き連れていた手勢は全て、地面に倒れていた。
「助さん。格さん。もういいでしょう。」
「はっ。」
「鎮まれ!鎮まれ!この紋所が目に入らぬか。」
彼が掲げたのは葵の御紋が刻まれた印籠。
葵は徳川家の旗印である。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る。畏れ多くも前副将軍水戸光圀公にあらせられるぞ。御老公の御前である、頭が高い、控え居ろう。」
朗々とした良い声であった。皆聞き惚れ、ついで、事態を把握し、驚愕する。
中でも、襲いかかった町奉行と、悪巧みをしていた後継ぎの男は顔面蒼白だった。
権力を当てにするものはより強い権力にねじ伏せられる。
「その方達の悪事の数々。この光圀、しかと見届けたぞ!!」
老人が声を張る。それはなるほど先の副将軍らしい威厳があった。
「おって沙汰がくだるであろう。」
「ははあ。」
町奉行たちは観念した様だった。
「ふむ。一件落着じゃな。」
黄門は一息つく。
「そういえば、先ほどの男は⋯⋯?」
彼は将門の姿を探すが、いつの間にやら彼の姿はなくなっているのであった。
「黄門様。ありがとうございました。」
頭を下げる小太郎に、鷹揚に答える。
こうして、黄門一行は吉原を去っていくのであった。
なお、将門は目立ちすぎだと言われて、銀孤にしばかれていた。
黄色い声を受けてたのがよくなかったのかもしれない。不憫である。
●
今回の顛末は輝夜から聞いた。
店の周りで大立ち回りをやっていたのは上から見えた。
何が起こっていたかわからなかったから不安だった。
でも、心配することはなかったようだ。よかった。
しかし、水戸のご老公か。本当に世直しの旅をやってたんだな。
助さん格さんとかもいたらしいし。
これ、物語と現実がごっちゃになってないか?
俺がいる時点で今更か。
そういえば、店で輝夜は何やってるんだろう。気になって聞いてみた。
「やってないわよ。」
「え?」
「なんかさせてもらえないの。時々黄金生成を求められるくらい。」
黄金生成さえすれば、働かなくても元は取れる。
遊郭だということで、俺に気を使ってくれたのかも。
遊女として働く輝夜は見たくない。
吉原に居を構えることを推奨した俺が言えることではないかもしれないけど。
小太郎は相変わらず察しが良くて助かる。
銀孤と愛は時々花魁の服装をして客寄せをしているらしい。
二人とも美人だから、客も集まるだろう。
小太郎と将門が客を取ることを許していないようだが。
その流れで輝夜にもやらせなかったのだろう。
あっ、でも、輝夜の花魁姿は見たいな。
「あなたがそう言うなら、いいけど。」
輝夜はそう言って恥ずかしがる。
「いいのか?!」
俺は降って湧いた幸運に感謝していた。
「見てみたいんでしょ。私の姿。」
「もちろん!」
俺は勢い込んだ。このころの花魁の衣装は豪勢だ。上から見るだけでもキラキラと艶やかで美しい。
「仕方ないわね。」
輝夜はそう言って戻って行った。
楽しみだ。
戻ってきた輝夜の隣には銀孤と愛と明がいた。女性陣に見つかってしまったようだ。
「ご主人様。話は聞きましたよ。」
ニヤニヤする愛。
「可愛いところもあるもんやねえ。」
どう考えてもからかってる銀孤。
「おじいさまの気持ちわかります! 絶対輝夜お姉様は綺麗になります!」
明だけが癒しだ。よしよしと撫でといた。
着付けはやっぱり協力してもらった方が早いようだ。
手際よく着替えて行く。
俺はその間、明と話をしていた。
いや、着替え姿見ちゃいけないし。俺は分別ある木だから。
白のことと、お店のことと、みんなのことと、白のこと。
うん。いいお姉ちゃんしているようだ。白は幸せ者だなあ。
準備ができたらしい。俺は、明と一緒に意識をそちらに持って行った。
もう夜になっていて、月光が照らしている。背景には江戸の夜景。
灯篭の炎は柔らかくてゆらゆら揺れているようだ。
そこに輝夜は立っていた。大きな帯を前で美しく結び、着物は着崩して胸元が見えそうだ。
振袖も着物の裾も長くてゆったりしている。柄は月夜で輝夜にぴったりだった。
髪飾りは桜の花と、かんざし。必要最低限だけど、輝夜の美しさをよく引き立てていた。
番傘を差している。優美だ。
そして、俺に向かって恥ずかしげに、でも誇らしげに笑った。
俺は打たれたように言葉も出せない。
全てが完璧だった。
「どう、なの?」
じれったくなった彼女が言う。
「信じられないくらい似合ってる。」
「これほど似合うとは思わなかった?」
「似合うとは思ってたけど、これほどとは思わなかった。」
輝夜は傘を引いて俯いた。やっぱり恥ずかしがっているらしい。
「できれば、今日一晩、その格好でいてくれないかな。」
「これ重いんだけど。」
「嫌ならいいけど。」
残念だった。
「嫌じゃないから。」
「へ?」
「あなたの望みだもの。叶えてあげるわよ。」
輝夜は、俺の隣に来て寄り添った。
江戸の町は綺麗だったけど、隣にいる彼女の方が何倍も綺麗だと思った。
●
「そこでグイッといけばええんやけど。」
「輝夜ももっと攻めればいいんです。そこはキスでしょう!」
「お母様も銀孤おばさまもなにやってるんですか⋯⋯。」
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