閑話 明の西洋見聞録 結
太平洋は広い。見渡す限りの大海原だ。
今、明が移動しているあたりは、かなり南に位置する。
太陽はギラギラと照りつけ、海もまた照り返す。
そろそろ明の肌が褐色みを帯びてきた。
褐色っ娘だ。
これはこれで良い。
そんなある日、彼女は海上に煙を見る。
明は気になって、そちらに向かった。
様子が見えてきた。
喚声が聞こえてくる。
人がいるらしい。
船がたくさん見えた。大きな船が燃えている。
大きなガレオン船をたくさんの小舟が襲っているようだ。
海賊だ。
何はともあれ、小舟がいるということは陸地が近いということだ。
どちらかに味方をすれば上陸できるかもしれない。
明は空の上で悩んだ。
何も考えなければガレオン船の味方をするところだ。
とはいえ、今の所どちらも利害関係はない。
どちらに味方しても明の目的は達成できるだろう。
明は聡くて冷静だった。
しばらく悩んでいると、大勢が決してくる。
ガレオン船の負けだ。
明が見たときにはすでに炎上していたのだ。
ひたすら抵抗したが、流石に勝てなかった。
今から味方しても、炎上した船はこれ以上航行できないだろう。
とはいえ、海賊の味方として登場するのも気に食わない。
彼女は引き上げる船団にこっそりついて行くことにした。
高く飛べば、鳥と見間違えられるはずだ。
この海賊団を率いているのは林鳳である。
40年前にマニラを襲った大海賊団の首領だった人物だ。
スペイン駐留軍も一歩間違えば負けていたほどの規模の海賊団だった。
マニラで一敗地に塗れた彼は、長いこと追われていたが、ついぞ捕まらなかった。
それどころか、こうして再び海賊団の老首領となって、略奪を繰り返している。
伝説の海賊だった。
彼らはレイテ島のとある場所に居留地を構えていた。
フィリピンの一部であり、のちにレイテ沖海戦の舞台となる島だ。
⋯⋯海戦の舞台となると言うと語弊があるかもしれない。
海戦最寄りの島だ。
つまるところ明はすでに太平洋のほとんどを踏破していたのだ。
彼女自身の才覚と強運の賜物である。
ついに陸地を目にすることができた。
明はホッと一安心する。
南の島特有のヤシの林だ。
それでも陸地には違いない。
日本まで帰ることもできるはずだ。
帰ったら、生まれているはずのあの子を思いっきり可愛がってやる。
彼女はかたく決意した。
その前に海賊たちの家から情報を盗もう。
技能「忍術」を使用して、重要そうな建物に忍び込む。
この周辺を書いた地図と金目のものを持ち出すことにした。
ついでに、地下室があるようだったので調べてみる。
南国らしく蒸し暑いそこには、綺麗な女たちが囚われていた。
ご丁寧に手枷までつけている。
この前のメキシコでやられたことを思い出して、明は腹が立ってきた。
自分の手札と、海賊の練度を比べてみる。
「まあ、それくらいならいけるはず。」
明の出した結論は戦闘だった。
どうせこの国には戻ってこない。
後腐れなく暴れられる。
今まで培ってきた技能の集大成を見せる時だ。
彼女は女たちの手枷を切り捨て、身振りで意思を疎通した。
言葉は通じなくても、これならばいける。
彼女が海外で学んだ大事なことの一つだ。
技能「軍勢召喚」を用いる。
彼女によく似た娘たちが現れた。
熟練した軍勢召喚は召喚した軍勢に大幅な補正が入る。
今の彼女の力では、海賊たちと互角だろう。
娘たちに一人一人護衛をつける。
他の軍勢は、海賊たちをかき回すことになった。
「行くよ。」
戦闘が始まる。
「なんだこの娘たちは?!」
「レベル高いぞ。」
「だけど、強え。」
「何としても捕まえるんだ!」
突然現れた娘たちに居留地は大混乱だった。
欲をかいた海賊が軍勢を捕まえようとしているが、明の軍勢は手強く、苦戦している。
その合間を縫って明が先導する女たちの集団は脱出を図った。
「止まれ!」
前方に老人が立ちふさがる。
老いを感じさせないほどに鋭い眼光と、隙のない構えだ。
片手で鉄砲、もう一方に刀。
海賊ならではの武器選びである。
混乱に惑わされずに一番大事なところを抑えた林鳳。
さすがは伝説の海賊だ。
明もさすがに警戒する。
「大事な商売道具を持ってかれるわけには行かねえな。」
「なんて言ってるかわからないけど、通してもらうよ。」
二人は無言で見つめあった。
間。
「死ね。」
銃が火を吹く。
「技能「単体麻痺付与」!」
明の技は出遅れた。
崩れ落ちる明。銃弾が当たってしまったらしい。
林鳳も痺れて動けない。
「危なかった。」
明の本物が、女たちの中から現れる。
先頭にいたのは彼女の影武者だったのだ。
そのくらいのリスクヘッジはしている。
彼女は大胆で慎重だ。
「じゃあね。」
小さく手を降ると、彼女と女たちはジャングルの中に消えていった。
しばらくして、軍勢は消え去る。
せっかく捕らえた女たちが消えてしまった。
海賊たちは自分が見ているものが信じられない。
「やられたか。まあ、あいつが本気で俺たちを潰しにきたんじゃなくて助かったな。」
「あいつって誰ですかい?」
「誰でもいいだろ。さて、引き払うぞ。ここの情報はすぐに知れ渡ると思っていい。」
林鳳の決断は迅速だった。
数週間後、スペインの軍隊がやってきたときにはすでにもぬけの殻だったという。
明は、娘たちを返したあと、マニラまで島伝いに移動した。
心酔した娘の一人が案内人を買って出たのだ。
空を飛ぶのもそろそろまずいので、大人しく好意に甘えることになった。
マニラについた。
当局に海賊の情報を流す。
これであの海賊もおとなしくなるだろう。
別れたくないと駄々をこねる娘をなんとか説得し、彼女はようやく長崎への定期船に乗った。
ようやく日本に帰りつける。
明は喜んでいた。
周りの乗客もそれを微笑ましく見ている。
彼女の旅を聞いたら、驚くこと間違いなしだ。
地球を半周して、ついに日本まで戻ってきたのだから。
彼女は長崎に上陸した。
西国から江戸までの旅路も波乱に満ちたものだったが、割愛しよう。
何はともあれ明は江戸まで戻ってきた。
挨拶もそこそこに可愛がりにかかる。
「白ー!お姉ちゃんだよー!」
とても嬉しそうだ。
ずっと心配していた大和杉たちはようやくほっと一安心するのだった。
禁教令が発令された。
キリスト教を信仰するものは処罰されるというものだった。
明に遅れて日本に帰り着いた支倉常長はキリスト教徒であることを問題視された。
政宗に蟄居を命じられる。
その直前に届いた一通の礼状を常長は見ることができた。
彼はとても晴れやかな表情になったという。
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