第19話 鎌倉室町スキップ
九尾の狐の名は銀孤と言うらしい。
俺の前に連れてこられた彼女はすぐに忠誠を誓った。
生物としての格が違ったと言っていた。
まあ植物と動物だから、違うのは当然だろう。
そんなに抵抗されなくてよかった。
彼女は一緒に暮らしても呪いが移ると言うことはなさそうだ。
樹上で暮らすことを許可した。
もう今更40kg程度が乗ったところで問題ない。
人手が増えると言う利点の方が大きいだろう。
将門は許さん。一周目の恨みは忘れない。
しかも銀孤の討伐軍に対しては足止め程度でよかったのに大勝ちしてしまったからな。
おかげでもう一度きた討伐軍をやり過ごすのがめんどうくさかった。
しばらく土の中から出て来ないように言っておいた。
しょぼんとしていた。
少し心が揺れたけど、厳しくする。あいつは仇的な何か。今は部下だけど。
さて、いつの間にか世の中が変わっていた。平清盛の天下らしい。
静観していると源頼朝討伐軍の噂が流れてきた。
しばらく前に俺の前で戦勝祈願をしていた東国武士の大軍がいたが、あれが頼朝軍だったのだろう。
祈りを捧げる分には減るものはないから何もしなかった。
離れていく頼朝軍の姿を励ましたそうに将門が見送っていた。
「将門って、平姓じゃなかったか? 頼朝の相手は平清盛だぞ。」
「俺は姓なんてものより地縁を重視している。東国が中央に反旗をひるがえすと言う時点で応援したいんだよ。」
そんなことを言って黄昏がれていた。本当なら加勢しに行きたいらしい。
そんなことしないでも勝てるからと止めておいた。
俺という存在があっても、歴史の流れは変わらなかったらしい。
富士川で行われた大きな戦に源氏が勝利したと言う話が聞こえてきた。
僧形の大男と身軽そうな美青年が目立つ集団が北の方からやってきて西へ向かっていった。
おそらく源義経と武蔵坊弁慶だろう。
俺にお参りしないのか⋯⋯。
うん。まあ、これから襲いくる不幸に俺がしてやれることはなくなったな。
もっと信心深ければ助けてやらないでもなかったのだが。
平家が壇ノ浦で滅び、九郎判官は京都で好き勝手していると言う噂が広がってきた。
この東国にはなんの戦乱もなかった。地盤固めに注力した頼朝の判断は正しい。
俺としても加護を授けてやってもいいんだが、頼朝直系は三代で途絶えるんだよなあ。
鎌倉は割と遠いので助けるのは面倒くさい。
歴史が変わってもなんだし、静観しておこう。
俺が介入するのは俺に被害が及ぶような歴史だけだ。
奥州征伐の軍勢が俺に参って、出発していった。
義経と奥州藤原氏にはすまないが、俺は鎌倉方の味方をさせてもらう。信心を露わにされると気分がいい。
それからの時代はかなり安定していた。
元寇の後は少々治安が悪くなったが、俺の周囲の盗賊行為は俺とみんなが許さなかった。
日本でも屈指の治安の良い場所だったと自負している。
だが、雲行きは徐々に怪しくなる。武士たちは鎌倉幕府、そして北条氏への不満を募らせていた。
そんな中、後醍醐天皇から倒幕の綸旨が出される。それに呼応し、武士たちは反鎌倉の兵を挙げていた。
愛の諜報で入手した綸旨の写しは、ついに東国にまで倒幕の動きが広まっていることを示していた。
今、俺の真下には百五十の騎兵が轡を並べている。その正面に堂々と立っている武士が一人。すごい覇気だ。名のある武将の一人だろう。
上から見下ろす俺たち四人(俺も入れると五人)と地下から見ている将門には気付くことなく、彼は演説によって士気を高めていく。
「我ら新田。ここに鎌倉を落とすことを誓おう。この義貞に続け!」
「「おう!!!」」
応える声は俺の枝を揺らすほどであった。
そのまま出陣していく。彼の噂を聞きつけ、その軍勢はついには20万騎に及んだ。そのまま鎌倉へ攻め入っていく。
新田義貞。鎌倉幕府を滅ぼした武将である。
⋯⋯俺の木の下、めちゃくちゃ軍勢が集まるんだけど。なんでだ。
よく見たらいつの間にか八幡大菩薩が祭神として祀られていた。戦の神様だな。
ほんといつの間に⋯⋯。
俺会ったことないんだけど。いいんだろうか。
カヤノヒメは許してくれるんだろうか。
久しぶりに俺をここに送り込んだ怒りっぽい神様を思い出す。
なんか、違和感あるんだよな。大事なことを忘れている気がする。
あの神様が俺をいないように扱っているのはおかしいと思うんだが⋯⋯。
そんなこんなで室町時代に入ったらしい。
新田義貞討ち死にという報告を受けながら、俺はそれを知った。
室町時代に入ってから東国は荒れた。なんでお前ら揃いも揃って中央に反旗を翻そうとするんだよ。
そして将門。それでこそ東国武士だ、みたいな顔をするんじゃない。
幸いほとんどが鎌倉を舞台にしていたため、隅田川のほとりのこの地にはあまり関係がなかった。
落ち延びて俺の下に陣を構えようとする勢力に関しては悪いが全力で排除させてもらった。
2度と将門の時と同じ轍は踏まないと誓っている。
基本的に将門の軍勢召喚で押しとどめ、小太郎の技能「全体麻痺付与」で動きを止め、その隙に銀孤が大規模呪術をぶちかます。
すまないが、こちらは燃えたら終わりだ。
火災兵器の威力が向上している現状、危険は犯せない。
いつしか俺の下はアンタッチャブルな領域として名を馳せるようになった。
陣を張ろうとした軍が向かう途中で何者かの手によって壊滅させられる事件が続けばそうもなるだろう。都合がいい。
戦乱の関東を俺はこうして無事に切り抜けていった。