補遺 第二十二話 巨大生物との戦い方
クロノスの足が降ってくる。それを交わして、カウンターをたたき込む。効いているように見えなくても、蓄積されたダメージはいつか効果を発揮するはずだ。
「ぜったいに大和のところには行かせない!」
輝夜の気宇は壮大だった。
なにをするのかはわからないけれど、彼がそう言うのなら確実になにか方法があるのだろう。なら、それを信じるだけだ。
「呪術超級「変化」!」
輝夜は己の手を巨大なものに変えて、クロノスの足を投げ飛ばしにかかる。変化は体の一部を変えるだけだ。全体を巨人化させることはできない。いや、やろうと思えばできるのかもしれないが、この局面でやったことのない技を使うのはためらわれた。
とはいえ、体格が違う。すなわち馬力が違う。
あえなく蹴り払われてしまう。だが、その抵抗は、確実にクロノスの注意を引きつけていた。ひとつひとつはどうでもいい攻撃でも、ちりも積もれば山となる。
向こうの方でなにやらやっている人物のことはクロノスの脳裏から消えた。
将門と銀狐もそれぞれ自分の術を用いて足止めを行っていく。対妖怪で経験値を稼いだ二人にとってその程度はたやすいことだった。
土煙と轟音があがり、戦いは激しさを増していく。
踏みつぶされたら終わりでも、避ければ問題はない。当たらなければよかろうなのだの言葉を胸に刻んでおいてほしい。
さあ、戦場は向こうへ移った。大和とイワスヒメはなにをしているのだろうか。
「本当に大丈夫なの?」
イワスヒメは不安そうにこちらを伺う。
「イワスヒメさまは、俺に力を貸してください。やらなくちゃいけないことがあります。」
「……。わたしじゃ勝てない、か。わかったわ。」
彼女は俺の肩に手をおいた。
力が流れ込んでくる。少しだけ系統は違うが、杉にとってなくてはならない力。土壌を豊かにする力。
これで、いけるはずだ。
輝夜たちの戦闘は激しさを増している。誰かが被弾するのも時間の問題だろう。
早めに終わらせよう。
「技能「木接続」」
いまのこの場所は、クロノスによって見渡すばかりの平原に変わっている。木など、どこにも見えない。
だが、もともとはカヤノヒメの領域だ。そして、彼女は草木を司る神。さらに、さっき感じた懐かしい、いつもの感覚。
あるはずだ。俺は探す。深く、広く、ただ一つの目標を目指して。
イワスヒメにもらった力と、カヤノヒメの残滓である力。それを燃やしてたどりつく。見つけた。これだ!
「こい、大和杉!」
いきなり、あたりが暗くなった。
だが、それは安心できる暗さ。すべてを見てきた、世界最大の植物の落とす影だ。
「なんでここにこれが?!」
イワスヒメは混乱している。
「は?なんだこれ?俺の何倍でかいんだ?」
クロノスは圧倒されている。いきなり現れた俺本体に理解が追いついていないらしい。
「輝夜!上にいくぞ!」
指示を出す。言葉足りずだけど、それでも意図は伝わったみたいだ。だてに1000年いっしょにいるわけじゃない。
輝夜はさっきの要領で俺とカヤノヒメを回収して上に飛ぶ。
将門も銀狐も俺の意図に気づいたようだ。
俺の上に駆け上がっていく。
……いっつも思うけど、身体能力すごいよね。おれにはできない。
「くくくくく。そうだ。よく考えたら、全長で負けたからってなんだって言うんだ。これはただの植物だ。動けやしねえ。」
クロノスはようやく正気を取り戻したようだ。どれだけ大きさに自信があったんだろう。
「っ。あいつら、どこにいきやがった?」
間抜けだな。ショックを受けすぎだ。
「これが怪しいな。」
クロノスは警戒しながらも俺の方に近寄ってきた。
だが、甘い。俺がそんな隙を見逃すと思うなよ。
樹皮に手を起き、接続。
木の視点からよく見える位置から彼を視認し、飛ばす葉っぱを見繕う。
ねらう場所は、目だ。
「リーフインジェクション!」
俺、最大の必殺技が火を噴いた。
「あっがあ。ぐう。目が、目があっ!」
クロノスは目を押さえて苦しんでいる。そりゃそんな狙いやすいところに弱点があれば狙うよ。……久しぶりにこれが使えてうれしい。
「呪術「落雷」!」
「呪術超級「炎熱」!」
そこに、輝夜と銀狐の呪術が降り注ぐ。下からでは、そんなに効果がなかった呪術。だが、上から狙えばこのとおり。
「熱い。なんだ。頭が、もえているのか?ぐっ。このしびれも。まさか。」
炎に焼かれて丸坊主になってしまうがいいさ。
だが、まだいやがらせ程度にしかならない。
「技能「軍勢召喚」 さあ、飛び降りるぜ。なに、ゾンビは死なねえ。」
将門以下、何十、何百人の軍勢が、落ちていく。
それはまるで、調○兵団の一斉降下だ。
だが、ワイヤーも、ガスもない。あるのは体に武器程度。それでも目を輝かせて、将門の軍勢はクロノスの巨躯に飛び降りる。そのまま肉を裂いて削いで暴れ回る。
「あの人も元気やねえ。」
銀狐は心底いとおしそうにそう言った。
いや、ほんとすごいと思います。はい。
地の利を生かして、さっきまでの鬱憤を晴らすように俺たちはクロノスを攻撃した。
ダメージは蓄積できている。彼の動きが鈍くなっていく。
「この、俺が。こんなところで。こんなやつらに。」
クロノスは、信じられないようで何度も首を振る。
「ありえねえ。そうだ。この杉を倒せばいいんだ。それなら上から狙われねえ。」
そうくるか。いいだろう。この3000年、鍛えに鍛えた俺の耐久力を見せてやる。金太郎相手に揺らいでいたころとはものが違うんだよ。
「うおおおお!」
クロノスは全体重をかけてくる。
「どうした。そんなものか?」
「てめえ。この木か?」
俺の声に気づいたようだ。
「弱いなあ。なにが巨人だ。」
あおっていく。
「つっ。吠え面かきやがれ。」
クロノスの肉体にさらに力が宿る。
血が吹き出す。将門の軍勢に裂かれた場所が赤く染まる。血濡れの巨人。
たぶん、逆上していなければ、怪我くらい直せるのだろう。
怪我の程度を甘く見ているようだ。
俺を倒すことに全力を傾けている。これを耐えきれば、無理を重ねたクロノスの体は限界を迎えるだろう。
そこまでいけば、俺たちの勝ちだ。
だが、圧力はさらに増す。
くっ。これが神の全力か。しゃれにならない。この俺の根が、耐えきれないだと?
「ふう。私が力を貸すわ。」
根に力が戻る。いや、これは、大地が俺を捕まえているような。
「離さないからね。」
イワスヒメは真剣な表情で、俺に手を当てていた。
よし、大地を司る神様が協力してくれるなら、負けるはずがない。
耐えろ。耐えるぞ。
「抵抗力が、増しただと。そんな、バカな。」
クロノスの顔が驚愕でゆがむ。
「おまえの、負けだ。敗因は、成長を怠っていたことだな。」
「人に、植物と同じ成長を望むなよ……。」
クロノスの巨体は崩れ落ちた。
さらさらと崩れていく。この空間の支配権が彼の元を離れたのだろう。
もう、彼がここにとどまることはできない。
「おめでとう。だが、これからいそがしくなるぜ。」
クロノスは、意味深に笑って、消えた。
それはあっけなくて、どことなく神の死を連想させた。
神様が死ぬわけないから、単なる印象の問題にすぎないのだろうけれど。
たぶん、神核が休止状態になったとかそんな感じだ。
「これで、終わりなの……?」
イワスヒメは半信半疑のようだ。確信が持てない。それはそうだ。あのクロノスという神様は、何度でもよみがえってきそうな恐ろしさがある。
「大丈夫ですよ。」
輝夜はなぜか自信満々だった。
根拠もなにもなさそうだけど、彼女がそう言うのなら多分そうなんだろう。
「歯ごたえなかったなあ?」
「妖怪どものほうがまだてごわかったぜ。」
あやかし夫婦は調子に乗らないの。俺がいなかったら無理だったでしょ。記憶をねつ造するんじゃない。




