補遺 第十八話 植物の神 鹿屋野比売神
「飛べ!」
誰が言ったのかはわからない。俺かもしれないし、他の誰かかもしれない。
ただ一つ言えるのは、それはとんでもなく速かったと言うことだ。誰か一人でも反応が遅れたら終わっていたと言える。
地中から飛び出した蔦は俺たちを絡みとろうとうねうね近づいてくる。
ちくしょう俺には滞空能力なんてないんだぞ。
と言うか戦闘力もほぼない。嘘だろ。詰んでる。早すぎる。
四方八方に蔦を生み出した偽カヤノヒメは嗤う。
「どうした。その程度か?」
くそ。バカにされてる。負けるもんかよ。
とはいえ、現実問題、対処する方策はない。杉に空中戦は早すぎた。
蔦が俺の足を絡みとる。
重力もきちんと発生しているようで、俺は頭から逆さまになってしまった。蔦に吊り下げられている格好だ。
初手から恥ずかしすぎるんだが。もっとこうヒロインがやられるべきあれだろ。
しゅと
音がした。
足首の拘束が緩んだ。
いやそれ落ちる。
近づく地面。俺は衝撃に備えた。
だが、ふわりと抱きかかえられる。
柔らかい。
ここは。
上を見ると輝夜の真剣な顔があった。
デジャヴだ。
なんでこっちのシチュエーションしかないんだよ。普通逆だろ。
そう文句を言っても始まらない。
「サンキュー、輝夜。」
「次からは気をつけなさいよ。」
おっしゃる通りです。何も言えません。
俺はうなだれた。
ようやく仲間たちの様子が目に入る。
輝夜は飛べるから大丈夫で、将門は銀狐に助けられていた。いやだから普通逆だろうがよ。うちの女性陣がヒーローすぎてやばい。
イワスヒメは捕まるようなヘマはしていない。後ろに大きく飛びすさると同時に土壁を作り出したようだった。
初戦からこれじゃ先が思いやられるな。
「なんだよ。そんなもんか? 俺が出張る必要もなかったな。」
偽カヤノヒメは、思いっきりバカにしてきた。
くそう。割とその通りなので反論できない。
「じゃあ、あとは任せた。」
彼女は木を呼び出した。例えるならば暴れ柳。もっと言うとトレントっぽい。自立して動いている。
口寄せの術か。いいなあ。
じゃなくて。
「逃げるのか?」
「ああ。まあ、こいつを倒せたら本腰を入れてやるよ。」
彼女は手をひらひらと振った。
完璧に舐められている。
くそ。なんてことだ。許さないぞ。
そしてそれは皆同じだ。
「頭にきたわあ。呪術「炎熱」! 」
この中で一番木に対抗する力を持つ銀狐が炎を飛ばした。直撃して炎上する。
いつもは封印させてるけど、ここならどれだけ使っても構わないだろう。
トレントは幹をゾワゾワ動かしながら何もできずに燃えていった。
炎耐性は持っていなかったようだ。
まあ、この草原は雨も降らなそうだし、ここで育ったなら燃えやすいのも無理はない。
一回高温多湿の日本で育って出直してくるんだな。
さて、自信ありげに出してきた手勢を秒殺されてる偽カヤノヒメに「今どんな気持ち?」と言って煽りたいところだ。
「なんだよ。呆気なかったな。」
将門が呆れたように言った。
君は何もしてないが、まあいい。俺も何もしてないので何も言えないし。
「なるほど。俺を本気にさせたい訳か。」
偽カヤノヒメはその綺麗な顔を歪めてみせた。
「仕方ない。気が変わった。今すぐそこで殺してやる。」
殺気が膨れ上がる。
空気が変わった。
これは、かの異能だ。俺がなんとか見破ったあの異能。時間停止だ。
俺はそれを認識した。
「見ることすらできない世界で、貫かれて死んでいけ。荊貫」
彼女の言葉とともに、太い荊が発射される。
俺は動ける。
「木接続!」
正面に来た荊に自分を流し込む。これは俺の一部だ。止まりやがれ。
俺を貫かんとした衝撃は無に帰し、荊は停止する。
将門と銀狐の方に行った荊はイワスヒメの土壁に止められた。
輝夜も呪術で対抗している。
「なん、だと!? 」
偽カヤノヒメは言葉もないようだった。
これが破られることなど考えたこともなかったのだろう。
植物の時間軸は普通の人間とは違うんだよ。
そして輝夜も森人族だ。イワスヒメはもともと神様だし、素養はあった。
将門と銀狐は習得できなかったようなのでやっぱり種族的な問題が大きい気がする。
「ここは俺の時間だぞ。ふざけるな! 」
偽カヤノヒメは語気を荒げる。
「お前だけの時間じゃない。」
「カヤノヒメがそんな力を持っているはずないわ。正体を表しなさい!」
イワスヒメの言葉は、静まり返ったこの時間に響いた。
「ほーお。やっぱりバレてるか。だが、俺が誰なのか、当てることはできるかい?」
それでも奴はニヤニヤ笑いをやめることはない。
多分性分なのだろう。常にニヤニヤ笑いを浮かべなきゃいけないなんて結構きついな。かわいそう。
「あなたの名前はクロノス。ギリシャ神話の時間神クロノスよ。」
「おっとお見事。だが、それだけじゃ、半分だな。」
「どういうこと?」
「この俺を打ち破ったら教えてやるよ。」
「望むところよ。」
イワスヒメがヒートアップしている。
「大地よ、私の声に従い、あいつを捉えなさい!」
クロノスの周りの土が盛り上がり、彼を押し固めようと迫る。
「鬱陶しい。」
クロノスの体から荊が生えた。それはイワスヒメの固い土を突き崩す。
だめだ。ポ○モン勝負で結果は出てる。じめんタイプはくさタイプには勝てない。
「じゃあ、炎はどう? 呪術超級「炎熱」! 」
先ほどの銀狐の炎を数倍にした大きさの炎の塊が、クロノスに向かって放たれた。
タイプ相性的には抜群のはずだ。
どうだ。