補遺 第十七話 ウズメちゃんダンス
空間を繋げるのは大変である。現実的にそんな事例があり得るのはブラックホールの中くらいなものだろう。
ブラックホールの中に吸い込まれたものが出てくるホワイトホールが存在するという話もあるが、まだ発見されていない。
ワープ航法への道は遠いのである。
何が言いたいかというと、空間を踊りだけで壊せるわけがないだろうということだ。
どう考えてもまっとうな手段では無理。
天岩戸の一件も、アマテラスが気になって開けたから解決したのだ。
彼女の踊りが超自然的な力を発揮して岩戸をこじ開けたわけではないのである。
俺は半信半疑で彼女の動きを観察していた。
彼女は五つの宝物の前で踊っている。
足は力強いステップを踏み、手は風を切るかのようにキレのある動きをしている。
うん。とても綺麗なダンスだと思う。横移動よりも前後移動の方が多くて、空気を裂くような轟音が響いてくるけどこれはダンス⋯⋯。
「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃー!!!!」
掛け声でもうダメだ。流石の俺でもこれを踊りと言い張るのは無理。
鉄拳が降り注ぐ。
空間のヒビが拡張する。いや、それただのインファイトだから。
とても突っ込みたかったけど、彼女の動きが速すぎてそれをする暇もなかった。
アイドルみたいに振る舞っていたあの子は。ただの近接格闘家でした。
アマノウズメさんイメージがまるっきり違うんだけど。
あの鋭いパンチなら、天岩戸を自分で打ち壊したと言っても間違いじゃなさそうだ。
「貫通、だよっ!」
バリン。
ひときわ大きな音を立てて空間はついに、破れた。
「さあ、急いで。長くは持ちませぬ!」
猿田彦に促された。たったいまアマノウズメが開けた穴はもう塞がりかけていた。
「行こう。」
短く言う。
カヤノヒメを乗っ取った相手と戦う覚悟は決まっていた。神様は俺の恩人だ。⋯⋯恩人かな? 割とエゴだけで助けられたし、なんなら殺されたのあの人のせいなんじゃないか疑惑あるけど。
いや、今の生活が楽しいから恩人だ。そこははっきりさせとこう。大事なとこだ。
俺に続いてみんなが足を踏み入れる。
少しだけ後ろを見ると、頭を下げる猿田彦と明るく手を振るウズメの夫婦の姿があった。
あれで夫婦なんだな。
なかなか愉快な夫婦生活を送ってそうだ。
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「いっちゃったねー。」
「もう少し露出の少ない服はなかったのか?」
「なになに? ダーリンやきもち? 器の小さい男はモテないよ!」
「そんなものではない。」
「あーもう赤くなっちゃて。私が好きなのは、ダーリンだけだからね! 安心してて。」
⋯⋯甘い空間が広がっていた。夫婦仲が良好で結構なことだと思います。
「我らにできることは信じて待つことだけだ。」
「大丈夫でしょ。イワスヒメもいるんだよ。」
「相手はカヤノヒメを乗っ取っているのだぞ。」
「⋯⋯まずくない?」
「まずいぞ。」
「ダーリンと私が祈るしかないんだね。」
「そうだ。」
「じゃあ、私がライブでもしようかな。」
「それもいいかもな。」
その日、大和杉の上から軽快な音楽が流れてきたという噂が広まった。
不思議なこともあるものである。
●
俺が足を踏み入れたのは、不思議な空間ではなかった。
もともとこの場所は、時間も空間もあやふやだった。そのはずだ。三千年前のことだけど、昨日のことのように思い出せる。
しかし、今俺の目に広がっているのは、爽やかな青空とその下に延々と広がる草原だった。
暫定クロノスのせいで、この空間にも変化が起こったのだろうか。
とりあえずなんの気配もしない。
気持ちのいい草原なのに、虫の一匹もいない。
それがどことなく不気味だった。
俺たちは油断なく周りを見渡した。
ここはやつの領域だ。何があってもおかしくない。
イワスヒメは警戒して表情を硬くしている。輝夜も割と緊張している。
でも、将門と銀狐は緊張感なさそうだ。これが百戦錬磨の二人の心構えってやつだろうか。
「旦那はん、いい気分やねえ。」
「酒でも飲みたくなるな。」
いやこれただの性格の問題だわ。
まあ、緊張してないのはいいことだろう。
ピシリと気配が張り詰めた。
わかりやすい圧力だ。
すぐさま警戒態勢に入る。
五人で背中合わせになって周りを見る。
「これは珍しいお客さんだなあ。」
その声は、俺たちの背中から聞こえた。
「っ。」
息をこらえて吐き出す。
この程度で驚いちゃダメだ。
パッと体を翻すと、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべたカヤノヒメの姿があった。
相変わらず目つきが悪い。
着物も変わらず、綺麗なまま。
だが、口元の笑みはやはり彼女が浮かべるはずがないほどに悪意に満ちていた。
やはりこれはカヤノヒメじゃない。
「どうしたよ。俺は俺だぜ?」
確かにカヤノヒメは乱暴な言葉遣いをする。
でも、これは、これを彼女と認めてはいけない。
彼女は、乱暴でもどこか人のいい神様だった。
だから、慕うことができた。伸びる意味がわからなくなっても、彼女のことを思えば、やってやるさとやる気が出た。
⋯⋯記憶を改竄している気もするけど、多分これは正しい。本当に嫌いなら、俺は伸びようとしなかったはずだ。
だから俺は。
「俺はお前をカヤノヒメと認めない。彼女を返してもらおう。」
「ほーお。神でもない分際でなかなか思い上がったことを言うもんだな。」
ニヤニヤと笑うそいつは目で語っていた。
できるわけがないと。
「まあいい。これくらいの障害がないとつまらないと思ってたところだ。お前らは処理してやるよ。」
来る。
そして、地面が隆起した。