補遺 第十六話 界渡の儀
翌朝。
俺と輝夜、それに銀狐と将門はイワスヒメの到着を待っていた。
朝日が眩しい。
朝ぼらけの町並みは静かで、まるで東京じゃないみたいだった。
これから、カヤノヒメの領域に殴り込みをかける。
あの領域にいい思い出はないけど、俺のためにやるしかない。
目の前には苦労してそろえた五つの宝物がそろっている。
宝石のような7色の実に白磁のような枝をもつ蓬莱の玉の枝。
五色に光り輝く龍の首の珠。
火のように赤い火鼠の皮衣。
白光をまとった仏のみいしの鉢。
どうみてもただの石な燕の子安貝。
⋯⋯最後のだけ間違っている気もするけど、気のせいだろう。そうに違いない。
ちゃんと鑑定したら燕の子安貝ってでるし。
燕の子安貝
効果
「安産」⋯⋯必ず安産になる
「子沢山」⋯⋯沢山子供が生まれる
「かひなし」⋯⋯所持者の怪我などを一定のレベルまで無効にする
ほら。ちゃんと五つの宝物にふさわしい効果だ。そうだろう?
不安になってきた。イワスヒメはまだ来ないけど先に猿田彦を呼んでおこうかな。
「遅れたわ。」
っと、彼女がようやく到着した。1日ぶりだが、なんだかいつもと違う気がする。
何処がと言うわけではないけど。
「あいつを助けるためなんだし、納得してくれるわよね。この姿の時ほうが権能は多いのだし。」
ああ。これ建築の神様としての権能がある姿だ。なるほど。だから雰囲気が違ったのか。いつもよりも刺々しい。
今の建築の神から一時的に権能を借り受けたらしい。少しでも勝率を上げるためよと言っていた。
明日の朝と言っていたのに少し疑問を感じていたけど、彼女は夜のうちにそれを済ませていたらしい。
えらい。俺は体調を整える為だけに朝を待ったのかと思ってたよ。早寝早起きは大事だからな。
この思考は気づかれないようにしないと。ポーカーフェイスだ。
イワスヒメはこちらを見て不思議そうな顔をした。でも、問い詰める労を省いたようだ。
「もう、この状況はありのままに受け止めるわ。なんで人数が増えているのなんて聞かない。早く準備なさいな。」
合理的な思考だ。
俺もなんで将門と銀狐がいるのかわからなくなってるし、さっさと進めよう。
頭の中に猿田彦の番号を入れる。しばらく待つと、枝の上に彼が現れた。
「ようやくといったところですな。ほほう。きちんと宝物も揃えていらっしゃる。」
猿田彦は面白そうにそう言った。
この場のテンションにノリが合っていない。空気を読んでくれ。
ひょっとしたら重い空気を吹き飛ばそうとしたのかもしれない。
それならわかる。
「始めてくれると助かる。」
「了解ですじゃ。」
⋯⋯キャラ改変でも起こったんだろうか。神様って結構性格変わるよね。
たぶんあれだ、何かの権能を手に入れたんだろう。お笑いとかそういうやつ。すべってるけど。
ちょっとだけ哀れみを覚えてしまう。猿田彦、可哀想。
キャラに合わない権能追加はやめるべきだ。
なお、ここまではすべて俺の主観なので、本当かどうかはわからない。
俺が感じた。ならばそれが正義なんだよ。
「カヤノヒメとの親和性も高い。ここなら、条件は十分ですな。では、繋げましょう。」
彼の纏う雰囲気が変わった。先程までの飄々としたものからは考えられないほどの威圧感が彼から発せられる。
「彼方と此方
彼岸と此岸
高天原と中津国
我はこの日の本で世界を繋ぐ
境界などありはせぬ
あるのはただの道ばかり
道に導き先を照らせ 」
不思議な抑揚だ。意味がわからなければ眠くなってしまったかもしれない。
だが、詠唱が進むにつれ、五つの宝物が共鳴するように振動を始めた。何もないのに震えている。枝も珠も皮衣も鉢も石も。動かす要素なんてないはずなのに、それはどんどん大きくなっていく。
そして、ピシリと音がした。空間にヒビが入ったようなそんな音だ。
いや、確かに見える。それは不規則で、てんでんばらばらだ。空間が何処かと繋がろうと身をよじっている様が見える気がする。
そして、止まった。空間はそのまま。多くのヒビを開けたまま、この世界はそのまんまだ。
「あとは、頼む、ウヅメ。」
彼は途切れ途切れにそう言った、かなり力を振り絞っているようだ。頑張って欲しい。
「はいはーい。呼ばれて飛び出て私参上!みんなのアイドル、アマノウズメちゃんだよ!」
場違いに明るい声が響いた。
⋯⋯。
なんか、猿田彦の後ろからもう一人の神様っぽい人が現れたんだけど。誰だよ。呼んでないぞ。
巫女風アイドル服と言えばいいのか。和風なのにミニスカートでヒラヒラしている。
いや、いいけどね。
容姿も、ショートの活発な美少女って感じで可愛いし。
可愛ければなんでもいいや。
俺は思考を放棄した。
イワスヒメは頭を抑えている。輝夜は警戒している。いや、敵じゃないでしょ。流れ的に。確かこの人は、あれだ。天岩戸の時に活躍した人。神話的出自もしっかりしてる。大丈夫大丈夫。俺は落ち着かせるべく手を握った。輝夜の顔が嬉しそうにほころぶ。よかった。
「ふんふん。あと一歩だね。なら私が踊れば万事解決。通れるのは一瞬みたいだから気をつけてね!」
そんな俺たちの事情は気にしていないのだろう。
彼女は堂々としていた。
そのままステップを踏み始める。流麗な動きに目を奪われてしまった。
そう彼女は踊りの、いや、裸踊りの名手である。