補遺 第十話 神等去出祭
次の日。
神議最終日。
地上では神様を送り出すといって神等去出祭が執り行われているらしい。
こちらでも大国主によって盛大な宴が催されていた。
しゅんとした様子のスサノオが隅で小さくなっている。だいぶ絞られたようだ。
アマテラスとツクヨミは相変わらず空に浮かんでいる。
建御名方神がこちらを見つけて手を振ってきた。満面の笑みだ。
仕方がないので手を振り返す。
だいぶ嬉しそうだ。
めちゃくちゃいい人だなと思う。
出会いはひどかったけど。
この数日で知り合いになった神様も結構いる。流石に全員というわけにもいかないが、かなりの神様と面識を得た。
いやでも、800万の神々って冷静に頭おかしいな。多すぎる。
この広場にも入りきらない気がする。
だが、小さな神様も多いし、これに参加しない神様もいるらしいのでなんとかこの領域内に入ることができるのだ。
と、知り合いの神様が訳知り顔で語っていた。
なるほどそういうことか。
あんまり理解していなかったけど、とりあえず頷いておく。
自分の話を聞いてくれる人はモテるって聞いたぞ。
実践するべし。
そんなこんなしながらも、俺たちはカヤノヒメ(偽)の様子を観察していた。
初めの儀式で大混乱を巻き起こした元凶だからな。いくら警戒してもしすぎるということはないだろう。
また何か企んでいる可能性は大いにある。
ということで見張っていたのだが、結局何もしなかった。
つまらない。
大国主に向かっていって、「俺が盟主だ!」とか言い始めるのかと思ってた。
いや、そうではなくて。
問題は仕掛けるタイミングだ。
今回彼女が仲良くなった神様たちが邪魔だな。
普通に襲い掛かったらこちらが悪者にされる可能性がある。
カヤノヒメが一人になるまでは仕掛けられない。
ということでいつものごとく機をうかがう。
俺たちはこれを何日やっているんだ。
そろそろこんなことしても無駄なんじゃないかと思い始めたぞ。
そして好機は訪れないまま、彼女は木の中に入っていった。
封鎖された彼女の結界。
そこに引っ込まれたら、向かうのは骨だぞ。
俺たちが何の有効打も出せないでいると、大国主が帰るように言ってきた。
確かにもう宴も終わり、残っている神様はほとんどいない。
これ以上いるのは不自然だろう。
「大和殿。界渡りの際は、私にお任せを。」
猿田彦がこっそり耳打ちしてきた。
「えっ?」
そちらを向くもすでにその姿はない。
どういうことだ。俺は彼の言葉を反芻した。
界渡り、ねえ。
なにか大事なことを思いつきそうだ。
だが、それを思いつくだけの時間はなかった。
「帰ろう。」
イワスヒメが俺たちの手を握る。
「沈むわ。」
行きと同じように、とぷりと沈む。
土の中に、潜った。
体が溶けて砂になったような感覚だ。
すでに一回体験しているから恐怖は薄いとはいえ、慣れる訳でもない。
隣で明るく輝くイワスヒメの銀糸の髪だけが頼りである。
トプン。
浮上した。
そこは、俺たちが地中に沈んだ場所だった。
日付を確認すると、1週間が経っている。
愛や小太郎達から山というほどメールが来ていた。心配かけてしまったようだ。
神界も電波を導入すればいいのに。
心配ないと送っておく。
向こうでは輝夜も同じようにしていた。
「それで、どうするの?」
イワスヒメは俺たちに問いかけた。
「カヤノヒメの領域に行きましょう。」
輝夜は確信を持って言った。
なるほど。それだ。それしかない。直接あの偽物をぶっ飛ばす。
「でも、どうやって。私が半年かけても入れなかったのに。」
そう、これだ。あの意味深な言葉はこの時を予言していたのだろう。
さっきまで一緒だった人を再び呼び出すのは気がひけるが、まあいい。
「それはもちろん、専門家の力を借りるんですよ。」
教えてもらった番号を唱える。
ぽんと音がして、猿面の男が現れた。
「早速お呼びですか。いいでしょう。どこに渡りたいので?」
「猿田彦?! いつの間に教えていたの?」
イワスヒメは驚いている。
多分自分の番号はみだりに他の人に教えたりしないのだろう。
「この人が重要人物だと予想できたからですよ。恩は売っておいて損はないですからなあ。」
猿田彦はくつくつと笑う。
全くもって抜け目のない人だ。
「猿田彦さん、カヤノヒメの領域への行き方を教えてください。」
「なるほど。あの方は確かに様子がおかしかったですからね。気にもなりましょう。しばらくお待ちください。」
彼はそう言うと、精神を集中させ始めた。
しばらくして目を開ける。
「なるほど、これは厄介ですね。」
「やっぱりね。」
イワスヒメはそれ見たことかと言わんばかりだった。
いや、入れないと話が進まないんだけど。
「ですがそうですな。5つの宝物があれば、問題なく開くことができるでしょう。」
お使いクエストのようだ。よく見るやつだ。
「その5つって?」
輝夜が尋ねた。ちょうど彼女がそう尋ねるのが必然だったように。
「それは、多分あなたの方がよく知っていると思います。蓬莱の玉の枝。火鼠の皮衣。龍の首の珠。仏のみ石の鉢。燕の子安貝。この5つの決して存在しない宝物群。これを揃えた上で私を呼んでください。その時こそ道は開けるでしょう。」
俺と輝夜は呆然とした。あの道具達が領域の鍵。できすぎているみたいだ。
「できるだけ早い呼び出しを心待ちにしておりますよ。」
猿田彦はもう一度、くつくつと笑って消えた。
「心当たりがあるみたいね。」
イワスヒメの雰囲気が柔らかくなったのを感じる。
カヤノヒメの不在がこの人の心を変な方向に揺さぶっていたのだろう。
だが、道が見えて元の柔らかな優しい神様に戻ったようだ。よかった。
「輝夜。あと足りないのは何だ?」
「えっと。燕の子安貝は作ってなくて、仏のみ石の鉢は燃えちゃって、火鼠の皮衣はあったかな⋯⋯。」
思い出していく。
火鼠の皮衣は明暦の大火で使ったんだったな。そのあとうろに押し込んでおいたが、この頃確認していない。
早急に取り掛かろう。
輝夜の秘道具( アーティファクト)生成はひどくエネルギーを使う。
その上でてくる道具は完全ランダムだ。
これまでは要所要所で用いるだけでよかったが、今回は三つ一気に必要だ。
輝夜の負担は相当なものになるだろう。
「頑張って。」
イワスヒメは優しく励ましてくれた。
うん。元気百倍だ。
「とりあえず俺たちは東京に帰ります。本拠地で生成して揃ったら呼びますね。」
「任せたわ。あと、この子に私の加護を。作り出すのは大変でしょうから。」
カヤノヒメから不思議な光が輝夜に集まっていく。力が委譲されていく。
うん。イワスヒメの加護は俺への作用も折り紙つき。3000年以上保つ、信頼できる加護だ。
「「ありがとうございます。」」
「うん。じゃあね。待ってるわ。」
イワスヒメは土の中に消えていった。
「いっちゃったね。」
「すごい体験だったな。」
俺と輝夜は嘆息する。
出雲に行って、神様達の世界に入って、人の運命を見て、神様達と仲良くなった。
こんな杉は世界広し、といえども俺だけだろう。
⋯⋯種族的に元から俺だけな気がするが気にしてはいけない。
さて、カヤノヒメの領域へ向かう用意をしよう。
ひとまず東京に帰るぞ。
今度は寝台特急を使った。サンライズ出雲だ。
良い列車だった。最後の寝台列車らしい。
行きも使えばよかった。でも、大阪にも行きたかったから仕方ない。
心配していた小太郎達に詳しい事情を説明した。
本業を放り出して解決に動こうと言ってくれたが、そっちも疎かにするわけにはいかない。敷島は俺たちの拠り所であると同時にこの国の経済を支えているんだからな。
みんな納得してくれたみたいだ。銀孤と将門は暇だしということで、俺たちの側について回るようになった。⋯⋯恥ずかしいから気づかれないようにしてほしい。
俺が輝夜といちゃつくのは難しいのに、お前らが公然といちゃついてるのはおかしいと思うんだ。性格的なものだろうけれど。
そして、予想外のことが一つ。留年しそうだ。
流石に1週間の無断欠席はまずかったらしい。
⋯⋯この件が解決したら真面目に勉強し直そう。秘道具作成にどれくらいかかるかはわからないけどな。
まあ、一年くらいの留年なら問題ないし多少はね?
おっと、いけない。変な癖がついたか。ネット巡回はほどほどにしよう。
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