補遺 第九話 縁結び
見るからに力持ちな男が、しょぼしょぼと歩いていた。
建御名方神より力持ちっぽい気配なのに、何をしたのだろう。
「あれはスサノオね。」
イワスヒメがこっそり教えてくれた。
あの人がそうなのか。言われてみればなるほどって感じだ。
「ヤマタノオロチを投げ込んだのは彼らしいわ。」
「どうしてそんなことをしたの。」
輝夜はわけがわからないと言いたげだった。
俺もそう思う。
イワスヒメの方を見て、続きを促した。
「自分でもわからないって。」
「そんな話が通るの!?」
輝夜の驚きはもっともだった。
「悪気がないと上が判定したなら何もいえないわ。」
神の世界はだいぶ緩いらしい。いや、アマテラスが姉弟のよしみで減刑したのかも。⋯⋯いや、割と仲悪かったよな。それはないか。
なら、何か罪に問えない理由があるんだろう。
一応、犠牲者も出ていない。
スサノオも反省しているようだし、問題はなさそうだ。
俺たちは、彼が通り過ぎるのを見送るのだった。
●
神議の主な議題は誰と誰が結ばれるかということだ。
日本には運命を司る神様はいない。その代わり、こうして11月にみんなで決めるのだ。
俺の眷属たちの分もあるかなと探してみたが、見つからなかった。まあ、1億あるんだろうからな。いや、適齢期じゃない人は除かれるんだろうか。
どちらにしろ1000万人は降るまい。
そこから九人を見つけるというのだ。最初から無理がある。第一、みんなほとんどカップルになってるからな。あとはミトとルナだけだ。
どこの馬の骨が俺の可愛いひ孫たちをもらうつもりなんだ。
ルナは扱いが微妙なところだが、ミトと同じ感じで行こうと思う。怪獣王なんてなかった。いいね?
まあ、そうだな。鋭意捜索を続けて行くことにしよう。
二人の相手を確認する必要があるからな。
必要な業務だ。職権乱用ではない。
横目で見ている限りでは、カヤノヒメは真面目に仕事をしているようだった。
積極的に周囲とコミュニケーションをとっている。
絶対に本人じゃない。
あの神様がコミュ力の塊であるはずがないんだ。
俺たちは白い目で見ていた。
とはいえ、日頃カヤノヒメと接する機会の少ない神たちからは好感触のようだ。
随分丸くなったじゃないかという声が聞こえてくる。
本当に人格的な成長なら俺も歓迎するんだけどな。
彼女は有能さをアピールするためにちょこちょこ時を止めて処理速度を速めていた。
チートだ。
ずるいぞ。そして小物っぽいぞ。
時間を止められるっていうのは、色々使えて便利だなあ。
幸いにして、そのおかげで十分に停止空間内で動く訓練を積むことができた。
あと、イワスヒメと輝夜も時間停止の認識と、その中で動くことができるようになった。
俺には教師の才能があったらしい。
こんなよくわからない概念、よく説明できたなと思っている。
まずは時の流れの認識を外していってだな。
ある一点を超えたら、時間が相対的なことがわかるから、伸縮する時間の流れを見分けることができるようになる。
あとは、その中で腕を動かそうと努力すればいい。
とっさにはできないけど、何度も繰り返すと流石に慣れてくる。
そん感じの理論を教えたらできるようになっていた。
もしかしたら二人が天才なのかもしれないが、俺の才能だと言っても間違ってはいないはず。問題ない。
さてさて、そろそろカヤノヒメの中に入った何者かを追い出そうじゃないか。
⋯⋯倒せばいいんだよね。カヤノヒメ、戻ってくるよね。
少しだけ不安だが、倒さない選択肢は存在しない。
神様の仇だ。覚悟しておけよ。
遠くで本物のカヤノヒメが勝手に殺すなと怒っているような気がしたが、気のせいだろう。
そうに違いない。
そんな感じで機会を伺っていたら、ひらひらと紙が目の前に落ちてきた。
我知らず手にとってみる。
敷島ミトと書かれていた。
なんだと。ミトの縁結び紙じゃないか。
これは気になる。
俺はカヤノヒメの近くから離れた。
まだいくらでも機会はあるだろう。
それよりも今はミトの運命の相手の方が重要だ。
誰だ。誰なんだ?
俺は必死に糸を手繰り寄せる。
運命は名札とそれをつなぐ糸のようなもので決まるらしい。別に赤くはない。
でもカラフルだ。
絡まったそれをほぐしたり付け変えたりするのがここに集まった神様の仕事だ。
ミトの糸は水色だった。綺麗だ。
途中で追ってきた輝夜と合流した。
彼女も興味津々だ。
二人で手繰ることにした。
カヤノヒメはイワスヒメがちゃんと見張ってるだろうから大丈夫さ。
後で怒られそうな気がするけど気にしない。
ミトの糸は長かった。だいぶ波乱万丈らしい。
でも太くて、途中で切れることはなさそうだった。
強い運命を持っているのだろう。
俺は自分のことのように嬉しかった。
途中から糸は紫に変色して行く。
なんだか、誰かを思い起こさせるような⋯⋯。
その紙はひっそりと廊下に落ちていた。
誰かが落としてしまったらしい。
拾い上げる。
そこに書かれていた名前は、彼女の、ルナのものだった。
「?」
「?」
俺と輝夜は二人して首をひねる。
ミトと、ルナが、運命の糸で結ばれている。
ウンウン。なるほど。なるほど?
いや、同性愛に優しい神界半端ないけどさ。
そうなるのか。そうなっちゃうのか。
確かに、結構大きくなったのに二人のスキンシップは過剰気味だった。
ずっと一緒に居たんだし、そういうことがあってもおかしくない。多分。きっと。
となるとひひ孫は見れないか。いや、残念ってわけじゃないぞ。うん。
「呪術「変化」ならあるいはいけるかも。」
輝夜が呟いた。
あれを生やせるってことか。確かに輝夜も技能「呪術超級」持ちだ。できることはわかっている。
呪術万能すぎないか? ノクターンでもすぐに活躍できそう。
何はともあれ、あの二人がくっつくなら余計な心配はしなくていいはずだ。
懸案の一つが消えたな。よかったよかった。