補遺 第八話 対神戦術
ヤマタノオロチは解体され、天叢雲剣が何本か回収された。
異世界のモンスターと同じ要領である。
尻尾に天下の名刀が何本もある生物は流石にヤマタノオロチくらいだろうが。
「スサノオのやつ、どこで何しておるんじゃ。」
アマテラスは嘆息する。
ヤマタノオロチが何もなく飛んでくるはずがない。
どう考えても投げ込んだ人物がいる。
そして、その最有力候補はちょうどよく姿を見せていない。
誰であっても下手人を推測することは簡単だった。
今まで散々に迷惑をかけられてきたアマテラスならなおさらである。
外を見張っていると、ようやくスサノオが姿を現した。
「おっ。姉貴。俺の贈り物はどうだった?」
彼は自慢げにそう言った。
全くもって能天気だ。
自らも神々の混乱をニヤニヤしながら見ていたはずのアマテラス。
彼女は自分を棚に上げた。
「なんであんなことをしたんじゃ?」
「そりゃ贈り物として良いって聞いたからさ。」
「そんなわけなかろうが全く。」
「あいつ退治するとみんな喜ぶだろ?」
「だからと言ってそれ本体も喜ばれるとは限らんじゃろうが。」
「そうなのか?!」
悪気はなさそうである。
とはいえ、神在祭の開催を宣言するところにヤマタノオロチを投げ込むのは流石に暴挙が過ぎる。
「誰じゃ、そんなこと言ったのは。」
「ええっと。誰だったっけな。女だったような、男だったような。」
「覚えておらぬのか?」
「知っているやつだったはず。そのはずなんだが⋯⋯。」
スサノオは頭が痛むのか、こめかみを押さえた。
アマテラスはふむと腕を組んだ。しばらく考えるようだ。
「まあ、お前の知り合いもたくさんおるからの。わからぬな。」
とはいえ、彼女は細かいことは気にしない性格だ。
問題ないだろうと顔を上げた。
「とりあえずお前は大国主に謝っておけ。いかに子孫だからと言って甘えてはならぬぞ。」
「わかったよ、姉貴。」
スサノオは素直に頷いた。
彼も大人になったということだろう。
こうして、ヤマタノオロチ事件は解決へと向かうのだった。
●
「こいつはすげえ。力が溢れてくる。」
カヤノヒメは、思わずと言った調子で声を上げた。
「おっと、いけないいけない。」
まだ、出雲の中である。不審な動きは慎まなければならない。
「影響力を増やせればと思ってやったんだが、ここまで良好な結果になるとはな。」
スサノオをけしかけてヤマタノオロチを投げ込ませたのは彼女である。
用心のために薬草で記憶を消しておいた。
時間の力を合わせればチョチョイのチョイである。品種改良にも役立つし。
とりあえず自分の強化が最優先だ。
神の力は信仰と他の神との関係で決まる。
彼がティターン神族を率いてオリュンポスの神々と戦った時は神同士の相互作用によって負けたと言っても過言ではない。
あの敗戦以降は農耕の神としての細々とした信仰しか得られなかった。
新たに大地と農耕の神に納まったデーメーテールの影響もある。
もう彼を信仰する人はほとんどいなかったのだ。
時間という概念を神格した存在であるもう一人のクロノス。
それを統合できたのは運が良かったとしか言えない。
そして、今度はこの体の力も他との関係性も全て奪ってやる。
全てを統合していけば、今度こそ負けない。時間の力は無敵だ。
彼は、一人、復讐の炎を燃やしていた。
日本神話からしてみればとばっちり以外の何者でもない。
気づき始めたのは杉一本。
●
部屋に戻って三人で情報共有をした。
輝夜もイワスヒメも今のカヤノヒメが何者かに乗っ取られていることには賛成してくれた。
二人ともやっぱり違和感があったらしい。
多分本物のカヤノヒメがあの場にいたら、嬉々として拳一つで殴りかかってると思う。
間違ってもあんな風に荊で縛るような人じゃなかった。
⋯⋯もともとのカヤノヒメの想定される行動がかなりバカっぽいことは置いとこう。
それに俺の見た時が止まったらしき時間の情報を加える。
「時間を操る神が関与していると考えるのが自然ね。」
ゆっくりと噛んで含めるようにイワスヒメは言う。
俺も輝夜も頷いた。
神様の見方でおそらく間違っていないはずだ。
「時間を操る神なんて、そんなにいないはず。」
輝夜が思いつく限りの時間の神を挙げて行く。
ギリシャ神話のクロノス
ソロモン72柱のアガレス
北欧神話の運命三姉妹
etc.
あとは、運命神が多かった。
時間自体を司る神は思っていたより少ないらしい。なんか悪魔も混じってるし。
確かに時間という概念はあやふやなものだから、神話に取り上げにくいのだろう。
おかげで絞りやすい。
おそらくクロノスかアガレスだ。
弱点になりそうな逸話とかないのだろうか。
調べてみたが、あまり見つけられなかった。
神様って、完全無欠な存在だな。
まあ、ここまで絞れただけでも良しとしよう。
何を思ってカヤノヒメに化けているのかはわからないが、どうせろくなことじゃない。
今のうちに捕まえられるならそれにこしたことはないはずだ。
「すぐにでも行ってくるわ。」
イワスヒメがやる気になっている。
「ちょっと待ってください。」
「そうよ。相手は時間を操るのよ。無策じゃ何もできないわ。」
「なら、何か策があるっていうの?」
「それは⋯⋯。」
時間停止相手に戦える策か。
まさにラスボスにふさわしい能力なんだよなあ。
正直破れる気がしない。
D○O様に対抗するためにはスター・○ラチナの覚醒を待つしかなかったわけだし。
いや、よく考えたら、さっき俺は時間停止の空間が見えていた。
あの感覚を研究していけば、俺も時間停止の中で動けるかもしれない。
植物だから時の流れがあやふやなのだろう。500年が一瞬で過ぎることもあった。それを考えれば止まった時の中で意識が保てていても不思議ではない。
あとは動ければいい。
致命的なタイミングで致命的な一撃を叩き込んでやるぜ。
「慣れればいけます。」
俺はドヤ顔で答えた。
「⋯⋯割と信用できない気がするんだけど。」
「大丈夫よ。大和は頼りになるから。」
輝夜が信頼してくれているので俺も期待に応えなくてはならない。
頑張って訓練しよう。
「というわけで、慣れるために、カヤノヒメの近くに出没しようと思います。」
「そうね。そっちの方が良さそう。なら、神議の席順を交渉しておくわ。」
イワスヒメも落ち着いたようだ。
うん。時に対抗するのは並大抵の技じゃ無理だからな。
良い判断だろう。
「ところで大和、コツを教えて。」
「私も興味があるわ。」
⋯⋯大丈夫なのかなあ。