補遺 第七話 出雲の大蛇
神在祭は本当の出雲大社では一般の参加者を排除した厳粛な祭りらしい。
こちらでは、対照的に人が多い。神さまが多いというべきだろうか。
広い屋敷の中を進むとひらけた場所に出た。
昨日、建御名方神と力比べをした場所よりもふた回りほど大きな広場だ。
イメージとしては内裏の中の清凉殿だ。天皇が執務をとったと言われる場所によく似ている。
異世界もので例えると、ギルドの修練場だろう。おかしいな。一気にチープになったぞ。
身分の高いものは屋敷の中に、そうでないものは広場に出ている。
もっとも神様たちが多すぎるのでほとんどが外だ。
眩しくて美しい女の神様は宙に浮いてる。
あれは多分、天照大御神だろう。なんかこう、イメージ通りといった感じだ。頭に鏡の装身具をつけているのが印象的である。
隣に冴え冴えとした光を放っている神様もいて、こちらはツクヨミ様だろう。鏡が半月型をしている。
空から降りてきていいのか気になるところだが、まあ、一応空にいるしいいという判断らしい。
判定がガバガバすぎる。
それでいいのだろうか。
最後に大国主が現れた。
堂々たる体躯だ。2mはないにしても190cmくらいはありそうである。
日本人らしく小柄な人が多い神様にあって異色だ。
でも、そういえば、子供である建御名方神も結構大きかったな。
そういう一族なんだろう。
俺たちがいるのは、屋敷にほど近い広場だ。
イワスヒメの身分ではここにしか入れてもらえなかった。
大国主との関係性もあっての配置だろうから仕方ない。俺たちもよく動けるしな。
そういえば、スサノオはいないのだろうか。
日本神話のトリックスターを探してみる。
それらしい人はいなかった。欠席か、乱入しようとしているのか、どちらだろうか。どちらであってもおかしくなさそうだ。
とりあえず警戒しておこう。
とにかく神様が多い。さすが八百万の神と言われるだけはある。
満員電車一歩手前だ。
イワスヒメとカヤノヒメは系列が近いからいるのなら近くにいるはず。
しかし、この人混みの中から見つけるのは骨である。
俺と輝夜は、イワスヒメの後ろでキョロキョロする従者になった。
イワスヒメもカヤノヒメを探している。
三人のキョロキョロ星人だ。
かなり不審な動きである。
さて、そんなことをしているうちにつつがなく神在祭のプログラムは進んでいった。
「それでは、ここに、神議の開催を宣言する。」
大国主の重々しい声が響いた。
歓声が上がる。年に一度のお祭りのような感覚なのだろう。
誰もかれもが嬉しそうだった。
そして、俺は見つけた。
ニヤリと笑うカヤノヒメの姿を。
それは、周りの純粋な喜びとは別物だ。だからこそ見つけられたのだろう。
計画どおりとでも言いたげな表情だった。
神様があんな表情するか?
疑問に思いながらも全力で手を振る。
だが、神様は俺の姿には全く気づかないようだった。
いや、絶対に見てはいる。だが、それを俺だと認識できていない。
何かが狂っている。そんな感じがした。
「何かが飛んでくるぞー!」
誰かが叫び声をあげた。
俺は空を見上げる。
確かに、何かとても大きいものが飛んできている。
8つの頭に8つの尻尾。
⋯⋯あれ、ヤマタノオロチじゃね?
どんどん近づいてくる。蛇の頭が見える。これはもう絶対にヤマタノオロチだ。最初にフラグ立ってたもん。
大きな音を立てて、それは着地する。大きい。この広場の半分以上がその体で塞がれた。
「逃げろー。」
神様たちは、蜘蛛の子を散らすように避難した。
彼らに戦闘力はあまりないみたいだ。もう少ししっかりしてほしい。
史実で倒したスサノオさんに頼るしかない。
って、そうだ。なぜか今回はスサノオがいなかったんだ。
「姉さん。焼き殺してくれない?」
空に浮かぶツクヨミがアマテラスに言った。
待て待て。そんなことしたらここら一帯焦土になるぞ。一旦落ち着いてくれ。
「流石に威力が大きすぎるわい。」
常識的な神様でよかった。そしてその口調なんですね。なるほど。
「全くもって、誰が投げ込んできたんじゃ。まあ、想像はついとるがの。ええい。そこの者共、逃げるでない。あやつを退治したものは神格を引き上げてやろうぞ。」
アマテラスの言葉にみんな反応した。
神様にとって、その神格というものはよっぽど大きなものみたいだ。
まあ、字面だけでなんとなく想像はつくけど。
「俺がやってやるぜ!」
建御名方神を筆頭にたくさんの神様が押し寄せた。
ほぼ満員電車なんだからそんな風にしたら転ぶぞ。
⋯⋯やっぱり。
大混乱が起こっている。
統率を取ってほしい。
例えば大国主とか。
振り返ってそちらを見ると、なんとかしようと頑張っているのが見えた。
だが、欲望に駆られた神様たちは止まらない。群集心理というやつだろう。
アマテラスがあんなことを言わなければ、こんなことにはならなかったのに。
彼女は、上空から高みの見物を決め込んでいるようだった。
口元がニヤニヤしている。あの人どこからどうみても面白がってるよ。
隣でツクヨミがはあと言いたげに頭を押さえている。
なんとなく姉妹の関係性は察することができた。
「フシュー!!!」
そろそろ落下ダメージから回復したのだろう。
ヤマタノオロチは、舌を出して周囲を威嚇した。
改めて大きい。ひと噛みで人二人くらいは咥えられそうだ。
スサノオでさえ、お酒を飲ませるという方法に頼らざる得なかった怪物である。
日本神話最大は伊達ではない。
⋯⋯俺たちが出るか?
でも、この神様たちの間に押し入っていくのってかなり難しい気がするぞ。
今の所ここは安全だし、もう少し様子を見よう。
イワスヒメとアイコンタクトを交わす。同意見のようだ。
輝夜は飛び出して行こうとしていたので押さえた。
将門のスタイルが移ったか?
それは真似しちゃダメなやつだ。
もう少し慎重に行こう。
俺は輝夜に言い聞かせる。
よし、大丈夫だな。
戦況は変化していた。
尾によるなぎ払いがかなりの広範囲であり、それが8回も襲ってくる。
あれほど団子状態だった神様たちも、散らばって隙を伺うようになっていた。
ヤマタノオロチが息を吸い込んだ。
ブレスか何かだろう。毒霧という線もあるか。
警戒すべきだ。
そのあとに起こった出来事は不可解という言葉が一番似合った。
ヤマタノオロチが、ブレスの予備動作のまま動かなくなり、そこにスタスタとカヤノヒメが歩み寄る。
危ないですよと叫ぼうとしたのに言葉が出てこない。
いや、思考に体が追いついていないというべきか。
カヤノヒメ以外の全てが静止してしまったかのようだ。
「さてさて、こうだったなあ。」
姿はカヤノヒメだ。だが、それは彼女のセリフとして違和感しかないものだった。
彼女はもっと乱暴だ。こんな不思議な力なんて使わない。
なんだ、これは。
「さてさて、俺がこの体でどれだけやれるかというテストだ。御誂え向きに神格も上げてもらえるらしいしな。荊縛。」
そんな安直な⋯⋯。いや、そうじゃなくて。
彼女の手により、ヤマタノオロチの体には荊が巻きついていく。黒く強くしなやかな荊。それが怪物を何重にも押さえつけた。
その間、ヤマタノオロチはなんの抵抗もしない。
いや、しないのではなくできないのだ。
これはおそらく。
時間停止だ。
「クロック・ゴー」
全てを済ませたカヤノヒメはそう呟いた。
ヤマタノオロチの巨体が大きな音とともに倒れた。
その上に彼女は堂々と立つ。
何も知らないひとから見れば、彼女が一瞬でヤマタノオロチを縛り上げ、踏みつけたように見えるだろう。
隔絶した戦闘能力を見せつけた形だ。
どよめきが起こる。
「で、これで俺の神格を上げてくれるんだよな?」
その言葉だけは、以前のカヤノヒメと同じだった。
「お主にこれ以上の神格を与えるのは危険なのじゃが、まあよかろ。約束は約束じゃ。」
「ありがたいね。」
彼女は唇を歪めた。その笑みにひどく邪悪なものを感じて俺は顔を背けた。
見ていられなかった。
あれは神様の顔をした何かだ。
よくないことが進行している。
「神様って、あんな人だったっけ?」
輝夜の純粋な疑問が耳に残った。