補遺 第五話 腕相撲
眩しい。まず感じたのはそれだった。
土の中からいきなり地上に出たのだから然もありなん。
イワスヒメはさすが神様で大丈夫そうだった。
すごい。
目が慣れてきた。
その場所はやっぱり不思議な空間だった。
雲が錦のようにたなびいているし、二足歩行しているウサギもいる。
雰囲気的には飛鳥時代だ。⋯⋯東国にはそんな時代はこなかったけど。
少し田舎者の僻みが出てしまう。
今はそんなことないけど、昔の東国はひどかったからな。
全てを見てきた俺だから仕方ない。
「こっちよ。」
イワスヒメに続いて道を歩く。
神様は畏敬の対象のようで、ほとんどの人がお辞儀してくる。
たまにお辞儀しない人もいるけど、あれは多分神様だろう。
人かどうかは定かではない生き物の方が多かったが、気にしたら負けだ。俺も人かどうか分からないし、輝夜もそうだから。本質的にはここの住人と変わらない。
とは言え、物珍しいのでキョロキョロしながら歩いてしまう。
なんだか異世界に来たみたいで楽しい。
●
本殿についた。今までで一番大きくて格式高い建物だ。
正面には長い階段が天に向かって続いている。
それを囲むようにして、神社風の屋敷が広がっている。
どことなく、現実世界の出雲大社と同じような雰囲気を感じた。
中に入ったら迷いそうだ。
おっかなびっくりイワスヒメの後についていく。
やっぱり中は迷路みたいになっていた。ここまでたくさん分かれ道があったらどこが出口かわからない。
神様たちを泊めるためには必要なんだろう。部屋の数も多かった。昨日泊まった旅館とは比べることも考えられないほどだ。これはすごい。
感心しているばかりではいられない。こんなに広かったらカヤノヒメを探すのは難しいだろう。何か、多くの神が集まる催し物でもあればいいのだが。
イワスヒメにこっそり聞いてみた。
まず神在祭が行われ、神議の開催が宣言される。その時、全ての神が一堂に会すらしい。
「会えるとしたらそこでしょうね。」
なるほど。神様の行事は知るすべがなかった。教えてもらえるのはありがたい。
「それまではボロが出ないようにしておいてね。あなたたちが私の眷属っていうのは無理があるんだから。」
それはそうだ。俺は種族杉って出るし、輝夜は森人だからな。土の神様であるイワスヒメとは関わりがない。
いざとなったら、杉は土に生えてるんですと強弁しよう。そうしよう。
「まあ、誤魔化し方は任せるわ。」
イワスヒメは考えないようにしたようだった。
まだ始まってもないことに頭を悩ませる必要はない。
イワスヒメの領域は随分と奥まったところにあった。
やっぱり、国生みの二神の子供だから、神様の中でも地位が高いんだろう。
土は万物の母って言うしな。
植物は俺がいなかったら軽んじられていただろうが。
カヤノヒメの冥福を祈ろう。
いや、そうではなくて。
問題は、この絡んできた男をどうするかだ。
後少しで部屋に着くと言う時になって、建御名方神と言う男が勝負を挑んできた。
いや、さすがに比喩的な意味だ。○ケモントレーナー的な意味ではない。
見慣れない付き人を連れてるなから始まり、ちょっとツラ貸せやまで、見事な流れだった。
あっけにとられた俺たちは、あれよあれよと言う間に、その神様と力比べをすることになっていた。いや、どうしてこうなった。
口を挟む隙がなかった。一流のプロの犯行だ。
騒ぎを聞きつけて、他の神様も集まってきている。
早めに騒ぎを終わらせたほうがいいだろう。
「もちろん、俺に負けたら出て行ってもらうぜ。大丈夫さ。俺は半分しか力を出さないから。」
豪快に笑ってバシバシ背中を叩いてくる。
なんだこの神様。叩かれたところがかなり痛いんだけど。結構な力自慢だ。勝てるかなあ。
「この人の恒例行事のようなものなの。仕方ないから力で黙らせてきて。」
イワスヒメのそれは俺を信頼しているってことだよね?
殺ってしまえって意味ではないよね?
目が怖かった。
勝負は腕相撲だ。シンプルイズベストだ。
そして見るからに鍛えてそうだな。腕が筋骨隆々すぎるぞ。
「武御雷神にも力じゃ負けてないからな俺は。」
よくわからないけど、日本神話最強の武神に対してそのセリフ。
自信のほどがうかがえる。
こちらも本腰を入れないとダメだ。
こっそりと技能「木接続」を発動。
俺本体の力をインストールする。
猿面を被った神様が立会人を勤めることになったらしく、おあつらえ向きの切り株を持ってきた。この上に手を置くんだろう。
建御名方神と向かい合って腕を設置する。
構えだ。相手も同じように構えている。
「では、どちらかの手の甲が地面に叩きつけられるまで。建御名方神さまは二分の一以上の力を出すと負けです。よーい。始め。」
一気に圧力がかかる。
俺は俺本体の質量を腕に込めていく。俺自身は動けなく代わり、この腕を動かすのなら大和杉を片手で押せる腕力が必要だ。
人一人の出せる力など限られている。
「この力は⋯⋯?!」
建御名方神は驚いている。
「俺は千人力だぞ。ただ一人の腕が動かせないわけがない。そんな。バカな。」
大和杉が千人ぽっちの力で揺らぐとでも?
さすがに舐めすぎだ。
「神様も大したことないですね。」
煽ってみる。なんのかんの言っても、この力は耐えるためだけの力だ。
攻撃はできない。そこに気づかれたら終わりだ。
「くそ。動け。動け。」
建御名方神はヤケになったように力を込めてくる。
そうだ。それでいい。
「建御名方神さま。失格です。」
「なぜだ、猿田彦?」
「二分の一以下の縛りを越えています。」
「あっ。」
「イワスヒメの従者の方の勝利です。お名前は?」
「大和です。」
「では、大和の勝利です!」
猿田彦に腕を上げられて勝利のポーズをさせられる。
恥ずかしいぞ。
輝夜がすごく喜んでるからよしとするか。
イワスヒメも微笑んでいる。⋯⋯あの人、感情に動きが見えないと言う点に置いて恐ろしい人なんじゃないかと言う疑惑が生まれてるけど、気にしないようにしよう。
⋯⋯多分、カヤノヒメだったらもっと喜んだよなあ。あの人、親バカだし、こういうこと大好きだろうし。
観衆の中に紛れてないか確認してみたけど、いなかった。
さみしい限りだ。




