補遺 第二話 日常回
「今、何を考えていたの?」
俺の目を覗き込みながら輝夜は言った。
「別に何も。」
「嘘ばっかり。」
彼女は唇を尖らせる。
授業終わりの昼下がり。
大学構内のカフェで俺と輝夜はお茶をしていた。
高校はいい加減に卒業し、敷島系列の大学に進学している。
ちゃんと受験はした。流石にコネ入学は申し訳ないからな。
受かるぐらいの学力はないとダメだ。
あいも変わらず男たちの視線は怖いが、俺がやられても第二第三の俺が作れるから大丈夫だ。
種族杉は伊達ではない。
別の素体はすでに生成済みだ。
まるでロボットか何かだなと思うとおかしみを覚える。
ただの植物なんだけどな。いや、ただのと言うと語弊があるので言い直そう。
大きな杉だ。⋯⋯種族がそのまますぎてあんまり変わった気がしない。
「神様のことでしょ?」
だんまりな俺に業を煮やしたのか、輝夜は核心に触れた。
「なんでわかったんだ。」
「勘よ。と言うより、見てればわかるといった方がいいかしら。」
女の勘だったら仕方がない気がしてくる。
こう言うのは、だいたい外れないと相場が決まってるからな。
「その通りだ。あの人が姿を現さなくなってもう4ヶ月。もうそろそろ11月になる。」
隠していてもしょうがない。輝夜に相談してみることにした。
「放っていても実害はないと思うけど。」
「何かまずい事態が進行している気がする。あの人がいなくなったら俺に悪い影響があるかもしれないし。」
「何かあるの?」
「大きくなれなくなっている。」
そう。この頃はあんまり成長に意識を向けてなかったから気にしなかったけど、機能ウィンドウの大部分が使用不可能になっていた。
戦略的に育てる必要がなくなったからいいものの、急な事態に対応できない。
多分、神様に何かあったからだろう。それ以外に説明がつかない。
「使ってなかったのならいいんじゃない?」
「弱ってる気もする。」
まだ蓄えたエネルギーがあるから俺は大丈夫だけど、街路樹に枯れ木が目立つようになってきた。木接続してみると、やっぱり五ヶ月前から変な状況になっているらしい。カヤノヒメの失踪が原因であることは間違いないだろう。
「大問題じゃない。」
輝夜にも事態の重大さがわかったらしい。
「何か手は打ってるの?」
「まだ、情報を集めている段階だ。」
「そんな悠長なこと言ってられなくなるわよ。」
「でも、輝夜に心配かけたくなかったから。」
「妙な気遣いはいらないわ。あなたは私の一番大事な人なんだから。」
「っ。ありがとう。」
流石に嬉しい。多分赤面している。
輝夜はそんな俺に微笑みを送る。
手玉に取られているのはきっと、人でいた期間の長さの違いのせいだ。
ドキドキしながらそう思った。
「で、何か策はあるの?」
「10月は神無月だ。出雲に神様が集まるはず。」
「そこに行ってカヤノヒメの情報を探るのね。」
「それが一番確実だと思う。」
イワスヒメから何も言ってこないことから、他の神様が情報を握っている可能性は低い気がする。
でも、さすがに手を拱いているわけにはいかない。
俺の未来がかかっている。
俺が半永久的に生きていられるのは、自分が杉だからだ。カヤノヒメのおかげだ。
なんとかしなくてはならない。
俺と輝夜は旅行の計画を立てることにした。
他のみんなはだいぶ忙しそうだ。会社運営もアイドル事業もあるからな。仕方ない。
一応何しに行くかは言っておいた。
ついでについてくる必要はないことも。
輝夜は俺たちの中で最強だ。
俺も本体ってわけでもないし何があっても対処できるだろう。
大和杉の守りを放棄するわけにもいかないしな。
頼んだぞ。
●
大阪までは新幹線で、そこからは出雲まで寝台列車で行くことにした。
東京から直接行くこともできたけど、ちょっと大阪に寄ってみたかったのだ。
観光くらいしたい。
俺も輝夜も東京からこんなに離れるのは初めてだった。
車窓を見ては興奮する俺たちは傍目から見ると子供っぽかったかもしれない。
いやだって富士山があんなに近くに見えるんだぞ。
まあ、大学生くらいだし、最後の子供時代だと思って微笑ましく思ってくれ。
実年齢が1000歳越えであることには触れないでほしい。
初めてだから。
仕方ない。
大阪のご飯は美味しかった。さすがは食い倒れの街だ。
あべのハルカスは300mあったけど、なんだかなあと言う感じだ。
むやみやたらと大きくしてどうしたいんだろうか。
なんだか超巨大ブーメランが放たれた気がする。
気のせいだろう。
そろそろ巨体を維持するだけで精一杯だとかそんなことは気にしてはいけない。
できれば、海岸の方にあると言う遊園地にも行ってみたかったけど、流石に時間がなかった。
何はともあれ、二人で回れて楽しかった。
ずっと俺が動けなかったからなあ。旅行するのも初めてだ。
やっぱり二人してはしゃいでいた。
翌日。出雲に向かう列車に揺られながら、今後の方針を話し合った。
おそらく出雲大社に神々は集まっているはずだ。
とりあえずそこに向かうのは決定だろう。
イワスヒメを呼び出して色々聞こう。
もしかしたら、カヤノヒメもひょっこり顔を出すかもしれないし。
植物になってから受動的な性質が身についたのだろうか。
俺は基本的に自分から行動を起こすことが苦手だ。
とはいえ、この時はこれが最善だったのは間違いない。あれこれ気に病むには情報が足りなかった。
不安を心の奥底に殺して、俺は輝夜との旅を楽しんだ。




