第6話 とある悲劇の生誕
これはある一人の兵器が生み出されたお話。
彼女はとある研究施設、その中でも一級品の液体の中で様々な器具に囲まれていた。
「っ!! やった……成功だ」
「やっとか。遅いくらいだぞ?」
科学的な光が室内の唯一の光源だった。
「そんなことを仰らないでください。天界の神魂武具を人間そのものを媒体に降臨させるのがどれだけ難しいことか!」
「御託はいい。使い物になるのか?」
「数値的にはとしか。成功したのは偶然とも言えなくない。量産化できる代物では無いはずです」
私は何? ここで何をされているの?
カプセルに入れられている。横は見えない、体が動かせないから。聞こえるのは声だけ。情報はそれだけ、名前も何もわからない。
「神の力の一端を宿す少女か。くっ、くっはははは! ……面白いではないか、さぁ、目覚めろ!」
カプセルが開き体の自由落下が始まった。それに対して何の対応もできずに地面にへばり落ちる。
「貴様はただの兵器、人間という種族を淘汰するために生み出されたーー物だ」
地面に倒れた私は力の限りで顔を上げた。這いつくばって必死に見上げた私に対して、高揚感を隠さずに見下す眼帯の男。そしてこの光景は酷く頭に焼き付いている。そしてこの言葉は、呪いのように心に鎖をかけていた。
◇
「ぼさっとするな!」
白人の兵士。指揮官クラスで、私はこの人の武器。
だから、この後受ける仕打ちは当たり前のものだ。
バキッ、そんな音が頭蓋骨から聞こえたような気がした。
「返事をしろ!」
バキッ、また脳が弾けたような音が聞こえた気がした。
「自己紹介をしてみろ」
「はい。私はライです。兵器であり、上官の部下であります」
「作戦内容」
「はい。これから日本の異能特区に攻撃を仕掛けます。目的は敵戦力の殲滅です」
「注意点」
「無闇な殺しをせず、作戦を第一に考えます。人当たりを良くし、敵に気づかれる前に完遂します」
「よろしい。貴様は兵器、物だ。感情は殺せ」
「はい」
やっと頭につけられていた機械が外された。電極で感情の波を感じ取り、調節する。波長が少しでも乱れればすぐさま調節が待っていた。
兵器は痛みを感じることは無い。なら私は何も感じていないはずだ。
「まず、狙うのはどこだ?」
「学校です」
「では明日、作戦を決行する」
「了解です」
仕事が始まる。ああ、また世界を赤く染めてしまう。
◇
「この街に馴染んでおけ」
「了解です」
飛行機での移動中、上官は見本を見せるように周りには愛想を振りまいていた。上官のような笑顔は兵器である私にはない。なら、兵器の私ができること。人当たりを良く出来ること………人助け。
明らかに日本の年間平均気温を上回る気温。そんな街の中を歩き回る人々の額には水滴が浮かんでいる。
その中で兵器の私は人助けを探していた。
そんな時に視界に映ったーー多くの荷物を抱えた青年。
大変そう、手伝ってあげないと。
「お礼?」
久方ぶりに抱いた疑問だった。お礼とはなんだろう、と。これまで私が出会った人々は全て私を兵器と、所有物としてしか認識していなかった。勿論、報酬などありはしなかった。
でも、目の前の青年は違った。兵器に、物にお礼をしようとしている。
思い上がりも甚だしいのかもしれないけど、私はこの時ーー人間を感じてしまった。
そして、私の仮称年齢の少女がしそうなこと。したいそうなこと。すべきこと。……私がしたいこと?
「が、学校」
なぜ学校だったのか、正直なところ全くわからない。
「迷子なのか?」
かぁーっと体温が上がったのが分かった。自分はなんてことを言ったんだろう? まるで人間のようなことを言ってしまった……。
「ライ!」
ああ、そんな夢心地の時間ももう終わりが来た。
ーーーー私は兵器、ただの物だ。
◇
「こちら05、目標を補足した。情報とは相違なし。処分を開始する」
夜の街。そんな中で繰り広げられる小さな戦争。
「ライ、殺せ」
「了解です」
兵器に意思はない。
この手の形をした武器で鮮血を撒き散らしたところで、何も感じない。顔の筋肉が硬直したのは気のせいだ。
「私は脱出経路を構築する。お前は敵を殺せ」
「了解です」
上官の男が音もなく消え去った。私の役目は敵の殲滅。学校の予定は狂ってしまったが、関係ないのだろうか?
「こちら07、05の死体を確認した。目標を確認。視認できるのは一人の少女のみ。交戦を開始する」
兵士が兵器に向かってくる。向こうは何を思って戦っているのだろうか。兵士の彼らは何を考えているのだろうか。
兵器の私はこんなにも、何を……我慢しているのだろうか。
「交戦を中断し、02と共に防音を! 01が戦闘を開始します!」
「了解です! お願いします!」
私に向かって鉄屑を打ち付けていた男達が撤退していく。ああ、殺さなければ。
「やめろぉっ!」
手に生温い肉の感覚が広がる。私だってこんなこと…………こんなこと?
「っ、07の全滅を確認……。ケースαに従い、単独で応戦。オリジンの使用を実行します」
目の前の白髪と黒髪の混ざった青年の雰囲気がガラッと変わった。目に見える殺意を放っているのは兵器の私でも感じてしまうほどだ。
とても哀しい目をしているが、そこに甘さは見えない。
「自業自得だぜ」
その言葉はまるで開始の合図だった。
未知の脅威が迫っているのは分かるが、どう対処するものなのかが分からない。
強烈なストレートが飛んでくる。しかし、それは雷と同じ速度で動く私には回避できない行動ではなかった。それでも、常人の速度を何倍も上回っていた。
目の前の標的を脅威と判定。力を行使します。
イメージするのは稲妻。形成するのは槍。後は撃ち込む感触。……完了。
ドゴォォォンッッ!!!!
「ちっ! 半端ねぇな!?」
「結界の消滅を確認! 被害ゼロです」
「りょーかい。安心できる相手じゃねぇぜ!」
間違いなく殺したはずだった。兵器の一撃を兵士が耐えられるわけがない。私は人間を淘汰する兵器、淘汰するための力があった。
「あなたも兵器?」
「ああ? 兵器じゃねぇよ! 立派な人間様だっ!!」
「っ!?」
一瞬、光速の私が減速し、停止した。
「逃げろ! そいつはお前以上の戦闘力を持つ!」
「っ、了解です」
無線で命令が下った。しかし、その時目の前の青年の拳は鼻の僅か先を通っていた。
彼は強い。それでも兵器ではないと言った。
私に何故、そう言い切る権利がないのだろう。
その思いを考えながら全速力で夜の街を駆け抜けた。追っ手の姿はもう視認できないところまで来た。
◇
「奴の名は【堕天悪鬼】。重力支配、時空支配など、底がしれない敵だ。できるだけ戦闘を避けろ」
「了解です」
「何かあるのか?」
顔に出てしまっていたらしい。
「私は何故兵器なのでしょうか?」
「つまらないことを聞くな。貴様は戦闘だけにリソースをつぎ込まれている。それを兵器と言わずしてなんと言う?」
「失礼しました。っ!」
「追っ手だな。迎撃しろ。私は引き続き脱出経路を構築する」
「了解です」
元の場所に帰って何をするのだろうか。私は何のために生き…………いや、今私は生きているのだろうか。
「やっとか。こちら00、目標を補足した。戦闘を開始する。全員で現状最大の結界を張っておけ」
「「了解です」」
「ここは友達の近くなんでな、お前には壊させねぇぞ!」
友達。私には到底関係の無い言葉だ。
「……いいなぁ。っ!?」
何かが口から零れた。自分の中のアイデンティティを根本的に吹き飛ばしてしまうような何かを呟いてしまった気がする。
「自分で言って、驚くのはやめろよ。戦う前にひとつ、お前はーーなんで戦ってんだ?」
即答したつもりだった。私は兵器だから、と。
しかし、それは言葉にする前に霧散してしまった。
その言葉で言い聞かせるのはやめにしないか? もう、お前が選択する時だぞ? そうやって、自分で問いかけた。
人間の私から兵器の私へ。
「……私は兵器だから。それだけ」
「勿体ねぇな」
激突した。
今の一撃で双方が致死レベルの傷を負っていないのがおかしいほどの力の衝突だった。
「やめちまえよこんなこと」
「やめれない」
「哀しいな」
「知らない、感情なんて」
「本当に?」
そう言った青年の雰囲気があるものを見て、瞬時に変化した。本気、それがあまりある程に感じられる。
あるものとはさっきの衝突で弾き飛ばされたカーブミラーに映されていたものだった。
そこには、一人の青年が映っていた。
「手加減はやめだ。終わらせる!」
その声は大声ではなかった。けど、しっかりと芯のあるその声はよく聞こえた。
一般人の青年、彼を見た瞬間、私は何故かこの光景を見られたくないと感じた。昼間のことが鮮明に蘇る。
血に濡れた腕。返り血を盛大に浴びた服。兵器としての顔。
気がつけば百八十度体の向きを変え全力疾走していた。
人間扱いしてくれた彼に兵器としての自分を見られたくなかったから。
「目標の撤退を確認。傷を追わせたものの逃げられました。こちらも限界のため、追撃は不可能と判断します」
派手に飛び散った血を見て苦い顔を浮かべた青年だけがその場に取り残されていた。
レジ袋の擦れる音が聞こえたのはその時だった。
◇
必死だった。上官の命令に背き、戦場から逃げ出した。でも、見られたくなかったから仕方がない。
不思議とそこに疑問は湧かなかった。
「私はーーーー人間になりたい」
右の横腹が抉り取られ、血の放流は止まらない。真っ赤に染まった水溜りの中で短く、それでいて初めて自分の意思を示した願望。
しかし、その小さな声は誰に届けられることもなく、夏の風に攫われ消えていった。
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鳴海牙王は車の中で唸っていた。
「常泉寺のお嬢様、今回ばかりはちときついぞ?」
「あら? 【堕天悪鬼】の名が泣くわよ?」
「名が泣くだけで済んでくれりゃあ上出来だ」
雇い主にこんなにも気軽に話しかけられているのは、年が同じであり、以前から交流があったからだろう。
「一体奴らは何者なんだ? どっから流れてきやがった」
「到達経路は不明、手段も不明。まぁ、そういう異能者が関わっているのは間違いないでしょう。彼女の他に仲間を見かけなかった?」
「直接は見てねぇが、昨日、第3区で大柄な白人男性が確認されている。少女を連れていたそうだぜ」
「当たりね。仲間はそいつだけとは限らないけど、単独犯の可能性は消えたわ」
「敵の狙いは?」
ため息ひとつを貰っただけで、その返答は帰ってこなかった。
敵の狙いが分からない現状、全て相手の後手に回ってしまうのは仕方の無いことだった。しかし、いつまでもそのままでいい訳がない。
こっちの被害はテクノソーラー社専属兵の5人、向こうの被害は不明だが、ゼロに近いと言っていいだろう。
昨晩、俺はオリジンの能力を解放した正真正銘本気の一撃を避けられ、逃亡されてしまった。避けられと言っても完全ではなく、あのままであれば致死量に達して死ぬ可能性も低くはない。
しかし、あれほどの実力者が回復方法を持たずに攻撃してくるようなことはないだろう。
「……兵器、か」
「どうかしたの?」
「いや、異能者が兵器なのか、兵士なのか、それともただの人間なのかって話だ」
「あら、あなたってそんなことに拘るタイプだったかしら?」
「いーや、俺じゃねぇんだけどな。あまりにもひでぇ面で兵器と断言したやつがいたもんで気になったんだ」
「ふーん、あまり感情移入しちゃダメよ? 敵には違いないんでしょ?」
敵なんて誰も言ってない、っていう反論は止めにした。言ったところでお嬢様相手に隠せる気がしないし、否定する必要もなかったからな。
「それより、今回議会からの介入はないそうよ……。幸運と思うべきか不運と思うべきか悩ましいところだけどね」
「間違いなく幸運だ。奴らに関わってもいいことは一つもない。あんな未知数の相手をするよりもオリジン相手の方がよっぽどマシだ」
「えっ? オリジンなの!?」
「予想でしかねぇよ。まぁ、時の檻を破るノーマル異能とか、そっちの方が問題だ」
「時の檻って! 何破られてんのよ! てか、何使ってんのよ! 許可だした覚えないけど?」
んっだー! 口を滑らしちまった。どうしよう、正直に理由を言って、しょうもないとか言われたら嫌だしなー。
まぁ、でもいいか。後悔してねぇし。
「仕方なかったんだよ。友達がすぐそこにいて、危険が及んだら嫌だったんだよ」
「友達? あなたの友達ってことは星城よね?」
「ああ、だが何故か一枚羽なんだよなー、そいつ。そのおかげで苦労してる奴なんだ」
「一枚羽、星城……紅焔魔?」
こっわ!? なんであいつのこと知ってんだ? 他校の一枚羽の奴まで調べあげられてんのか……恐ろしや常泉寺家。
「なんか、失礼なことを考えているみたいだけど違うからね? 紅くんとはさっきまで一緒にいたのよ」
「げっ! 俺、お前は弱いものいじめはしないやつだと信じてたのに!」
「さっきから失礼ね! 合意のう、……だし。それよりも彼はあなたが思ってるような弱っちいやつじゃないわ」
「ん? やっぱり何かあるのか!?」
おかしいと思ってたんだ! 俺のことを全く知らず、異能も弱い。それでいて、クラスでいじめに近い状況でも動じない、そんな強い精神を持っている。
だから、興味も湧いた。
「んー、秘密。彼に直接聞きなさいな」
「ケチだなー。まぁ、急ぐ必要も無いか」
そんなことを話している彼らを乗せた車は異能特区で2番目に高いビルの駐車場へと入っていった。
読んでくださったってありがとうございました!!
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