第5話 武闘仮想公園・異能耐久ver
「…………これが公園ねぇ?」
「ええ公園よ? 何か文句の付けどころがあるかな?」
「大有りだっつーの!!」
大々的に掲げられた看板には『武闘仮想公園・異能耐久型ver』と記されていた。公園と言っても大きな箱のような形態で、完全屋内式だった。
まぁ、この時点で怪しさ満点だったのだが、多くの人が談笑しながら入っていく様子によって、警戒心が好奇心に負けてしまったのだ。
中に入ると前方一面に広がった液晶画面。そこに部屋番号と簡単にマルバツが印されていた。
「案の定、テクノソーラー社製かよ……」
「ええ、何代も前の当主が作ったらしいわよ。そんなことより、B2に空きがあるわね。ほら、早く行くわよ!」
部屋の側面には地下一階から三階までの専属エレベーターが設置されている。全てが直通、珍しいタイプだ。
「来たことないの?」
「あるわけねぇだろ?」
「反応からしても無さそうだったけど、星城の中で来たことがない人がいるとは思わなかったわ」
星城、へぇー……不味くないかい? こんな休日まで罵倒を浴びるのは疲れるし、横にいる奴のせいで嫉妬も起こるだろうし……いや、それはないか。
デートなんてもんじゃねぇもんな、これ。ただの弱いものいじめだわ。
「……ちょっと待て、奴らはよくここに来てんのか?」
「そりゃ、名門に入るくらいなら異能の練習にも来てるとは思うけど、何か問題でも?」
「いーや、杞憂であることを願っておくことにするよ」
シューン、と若干未来的な音とともにエレベーターの扉が開いた。
「よく分からないけど、心配するようなことは起こらないと思うわよ。見ての通り完全個室仕様だから」
「お、おう。思ったより……シュールだな」
圧巻!! みたいな雰囲気ではなかった。
あるのは道と白い箱だけ。白い箱には部屋番号が浮き上がっているが、それも地味な色。
「防音も完璧よ? 五枚羽クラスだと本気を出すと壊れちゃうと思うけど、大概の衝撃も吸収してくれるわ」
「仮想って書いてあったから感覚的なものだけかと思ってたが、違うのか?」
「ええ、仮想のような感覚に近いけれど仮想とは全く違う原理よ。高校生が理解できる範囲の技術は一つも使われていないけど、簡潔に言えばあらゆる害を肩代わりしてくれるナノサイズの粒子を全身に纏って戦うって感じかしら」
衝撃を肩代わりしてくれる粒子。
……便利すぎるな。リスクが無いなら戦争に向けて実用化されるはずだが聞いたことは無い。
むしろ、戦争自体が成り立たなくなってしまう。
「弾き飛んだりしないのか?」
「ええ、衣服や皮膚と融合してしまうからね。けれど、どうしても切断系の異能には効力が下がってしまうわ」
「……条件とかがあるのか?」
「鋭いわね! この部屋の中でしか活動できないわ。条件が厳しい上に死滅速度がとても速いのよ。軍事利用の道は途絶えた半端テクノロジーよ」
話によると、その粒子はこの部屋から出ると同時に分離、死滅するそうだ。
しかし、この残留物が箱に吸収され、リサイクルを図ることで資金を抑えることが出来ているらしい。
全く、この施設を作った当主はどんな資金を持っていたんだか……。
「じゃあ、戦闘モードでいいわね」
「ん? まぁいいや」
中に入っても、一面真っ白な空間だった。あるのはたった一つの機械。
その機械には電子パネルが取り付けられており、その画面には戦闘モードや疑似訓練モードなど、様々な設定の選択があった。
常泉寺は迷いなく戦闘モードをタップしてから俺に聞いたのを見逃してはいない。
こいつ、すっごーく自己中心的なんじゃねぇか?
「今回は私のおごりにしておくわ。感謝しなさいよ」
「はいはい。で、俺は何をすればいいんだ?」
部屋は三十メートル程の立方体だ。
入室した時は真っ白だったはずなのだが、今では廃墟のような風景が貼り付けられていた。
「ん? 思いっきり攻撃してくれればいいわよ? 星城って戦闘系の異能者以外いないんでしょ?」
「ああ、俺も都市伝説だと思ってたんだけどなー……」
常泉寺の言ったことは事実だ。星城高校に現状戦闘系以外の異能者は在学していないらしい。
「何を期待しているのか知らねぇけど、勝手に落胆すんじゃねぇぞ?」
「せいぜい楽しませなさい!」
あーあ。そんなキラキラした目で見ないでくれ……。
とりあえず、やるだけやってみるか!
「行くぞ!!」
右手を前に突き出し、力を込める。
この世の理から外れた神話の様な力が溢れ出す。血が沸き立ち、その力を抑えることなく放出する。
「いつでもいいわよ!」
突き出した手のひらの少し前の空間に、まるで岩の隙間から湧き出る天然水のように、漆黒の流体が現れた。
その光景を他人事のように感じてしまう自分と、懐かしさを感じている自分の、矛盾した二つの間に生まれた葛藤を表すようにその漆黒の流体は鳴動する。
それに応えるように俺は漆黒の中に自然な流れで手を突っ込んだ。
この漆黒の流体は俺の異能だが、用途はまだ分かっていなかった。
異能診断でもなんの反応も見せず、最低ランクに位置づけられた。
しかし、それに触れたと同時に頭の鎖が解け落ちた。
政府が決めた俺の異能名は【無銘】。
測定不可能でありながら明らかにこの世の物質ではない。ただただ神秘というベールに包まれた最新の……オリジンだった。
しかしーーそれは今までの話だ。
俺はこの力の使い方を知っていた。まるでその為に脳が領域を解放したかのように頭の中に熱い何かが流れ込んできた。
それと同時に思い出せた、この異能を。
「覚悟しろよお嬢様。五枚羽なんざ知んねぇが、勝手に振り回されたんだ、恥かかせてやるぜ!」
「……ッ! オリジンッ! いいわ、来なさいよ! 返り討ちにしてやるわ!!」
スゥッと手に馴染むように漆黒の流体が右手に巻き付き、漆黒の籠手となった。
その感触を確かめるように二度、三度、グーとパーを繰り返しーー拳を握り締め地面を蹴った。
音速が出るようなチート性能はない。それなりに身体能力の高い高校生のダッシュだ。そこに異能の補助はない。
五枚羽の彼女は獰猛な笑みを浮かべて俺を観察していた。
あと十メートル、そう思った直後、常泉寺の危険な香りのする表情は見えなくなった。
突如、殴りかかろうとしている俺を阻むように金属製の壁が現れたのだ。
「舐めてんじゃねぇ!!」
バキンッ、そんな金属を殴りつけた音とは思えないような響きがした。
金属製の壁が拳と、正確には籠手と触れた瞬間に灰のように崩れ落ち、すぐさま虚空へと消える。
五メートル先には獰猛な笑みを未だに崩していないどころか、更に獰猛さを増した彼女の顔があった。
「ッ! おもしろい!!」
彼女がその場所を後ろに飛び退くと同時に、その場所に新たな壁が現れた。
黒色の光沢を放つ壁に拳を打ち付けると、灰のように崩れ落ちた。その灰も跡形もなく消え去った。
しかし、相手も伊達に五枚羽ではないらしい。
次の一歩を踏み出す前に大きな影が俺を覆った。
戦闘の感覚。ピリッとした肌を突くような空間。
その全てが懐かしい。
こんなもの……さっさと終わらせてやる!
俺の双眼は目の前の相手に釘付けだ。無造作に右腕を振り上げた。
そして、脇目も振らず常泉寺に向かって駆け出した。
明るくなった視界を再び覆い隠すようにほぼゼロ距離に壁が現れた。
コの字型の金属製の壁は上と前を塞いだ。上から落ちてくることがない壁、つまりただの時間稼ぎだ。
「効かねぇよ!」
「さぁ? それはどうかしら?」
同じ動作で金属の壁を薙ぎ払う。そこに特別な手応えはなく、視界が再び開けた。
「何もねぇじゃッッ…………」
バンッッ!! 爆発音が全方位から聞こえたと思った時には俺の体は宙に舞い上がっていた。
幕引きを表すかのように赤紫色の煙幕と共に俺の意識は爆発に巻き込まれ、儚く散った。
◇
目を開けると決して小さいとは言い難い双峰が視界に映った気がした。
なぜ気がしたかだけなのかと言うと、すぐさま視界が半回転し地面に打ち付けられたからだ。
「……お前、今ひざま」
「何のことかしら? それよりも目が覚めてよかったわ」
こいつ、照れるとかもう少し女の子らしい反応をしてくれよ。
「ああ、恥をかかされたのはこっちだったな」
「本気で五枚羽に勝つつもりだったのね」
「そりゃ、勝てると思ったからな」
体の調子は思ったより良かったのだが、戦闘のブランクが隙を生んだようだ。
「もう一回する?」
「バカ言うな。頼まれてもやらねぇよ」
「また負けるのが怖いの?」
挑発的なニヤニヤ顔を向けている常泉寺。
「はぁ、そんなんじゃねぇし、次は負けねぇよ。それは関係ない。俺は……、戦いなんて…………嫌いだ」
「ふぅん、まぁいいけど。で、結局何枚羽なのよ? それにあなたがもう一人のオリジンなんでしょう?」
バトルジャンキーモードは終わったようだ。
廃墟の背景も元の白紙に戻っている。
「オリジンってのは否定しねぇけど公表してねぇぞ?」
「そうなの? 普通にインターネットで調べたら出てきたからあなたじゃないのかもしれないわ。で、何枚羽なの? 私の予想では異能無効化の異能だったのだけど」
ん? ということは俺と鳴海牙王以外にもオリジンがいるってことか。
それはさておき、異能無効化の異能。俺の【無銘】の能力そのものだ。異能者が初めて自身の異能を使った時点で色々な情報を得られるというのは真実だったが、異能名が分からなかったな。
俺の場合は初めて使った時は何もわからなかったが今ならある程度理解できる。それでも何故か一番はじめに分かるはずの異能名がわからなかった。
「ああ、大方間違いじゃない。俺の異能はあの黒色の部分で触れた部分の異能を終わらせる能力だ。色々と制限はあるけどな」
「終わらせる、ね。随分と物騒な異能じゃないの。それで何枚羽なのよ」
「一枚羽。嘘はついてねぇからな。星城の生徒バンクで紅焔魔を調べたらちゃんと出てくるぞ」
一枚羽と言った瞬間に何か言いたそうな顔をしていたので先に言っておいた。嘘じゃない、と。
「そう……政府も適当なものね」
「あ、ああ、そうだな」
政府はこの異能の詳細は知らない。
異能診断の時は何もわからず、ただ黒い水を生み出せるだけだったのだ。しかも生み出せる範囲は周囲1メートルだった。誰が見ても無能だとしか言いようがなかった。
「この異能の内容は他言しないでくれるとありがたい」
「なんで? 別に公表するつもりもないけど」
「めんどくさいのは嫌いなんだ」
半分真実、半分は嘘だ。めんどくさい? そんなんじゃない。
異能に触れた時、熱い異能そのものが脳に流れてくるような感覚があった。実際、それで異能を使えるようになったし使い方も思い出した。
しかし、それは途中で拒絶された。
拒絶したのは俺の脳かどうかは分からない。それでも俺が拒否したのは確実だった。本能的にその先を知るのが怖かったのだ。
この異能はこれが限界じゃない……先がある。
そう言えば希望のようにも聞こえるが、勿論それ相応のリスクがあるはずだ。これは完全な推測でしかないが、俺はそのリスクを知っていた。そして本能的にその原因を拒絶した。
理由はわからないが、そう感じられたのだった。
「常泉寺の異能も教えてくれないか? 異能名だけでもいい」
「そう? 思ったよりも遠慮がちなのね。戦闘の時は口調とか人格が変わるタイプ?」
「っ、そんなことはいい。最後の爆発もよく分からなかった」
「私の異能は【万象工場】よ。内容はあなたが私に勝った時に教えてあげるわ。あっ、インターネットで調べてもいいけど、大したことは出てこないから無駄だと思うわ」
「まぁ、今はいいや。本音を言うともしかして家具1式作れるかな〜なんて思っただけだし」
金属の壁も種類が異なっていたし、最後の爆発も何かの物質によるものだろう。
テクノソーラー社のお嬢様ということもあって単なる興味で聞いてみただけだったのだ。
「それはお易い御用よ……いえ、勿論無償とはいかないけどね?」
「オーダーメイドも頼めるか!?」
「え、ええ。けど条件があるわ!」
「なんだ?」
オーダーメイドの家具を安価で手に入れられるかもしれない! そう思えば、条件くらいいくらでものんでやろう。
「め、め、メー
プルプル、プルプルプル、プルプルプル。
「すまん、電話だ」
なんてタイミングで電話が入るんだよ!
電話の相手なんて限られているので予想はつく。
エアコンを購入した電気屋か……鳴海牙王だけだ。
「もしもし」
「すまん、忙しいので手短に話す。多分人違いだとは思うんだが、お前今日、常泉寺桃華って名前のいかなもなツンデレ属性のお嬢様と会ったりしたか?」
「ん? 常泉寺なら今隣にいるぞ」
案の定、唯一の知り合い鳴海牙王さんでした。一瞬でも遊びの期待をした俺が馬鹿でした。
「マジかよっ! でかした、今すぐ代わってくれ」
「りょーかい」
直接電話すりゃいい話な気がするが事情でもあるんだろうか?
「鳴海牙王からだ。代わってくれだそうだぞ」
「やっぱりその声は牙王君か。はい、代わりました……」
牙王君って、思わず笑いそうになったわ。あの髪型で君付けはないだろう。
「ごめんなさい、急用ができたわ。申し訳ないのだけど先に出るわ。まだ時間はあるから適当に遊んでおいていいわよ」
液晶には制限時間が書かれており、残り15分を示していた。
「いや、俺もやりたいことがある。一緒に出るよ」
やりたいこと。それは胸の中にわだかまりを作っているひとつの疑惑だ。
昨日出会った不思議な少女。彼女に対しての疑惑を自分の中で晴らしておきたかったのだ。
「それじゃ。また会いましょう」
「ああ、もう戦わねぇーけどな」
こうして俺と常泉寺は別れた。会うにしてもどうやって? という疑問はすぐさま消え去った。
「な、鳴海牙王?」
昨晩の兵士達の服装と同じ。
黒の軍事服を身にまとった鳴海牙王が常泉寺桃華を迎えに来た車の中から姿を現したからだ。
そのつぶやきが聞こえるわけもなく、僅かな手がかりは静かな稼働音と共に立ち去っていった。
読んでくださったってありがとうございました!!
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