第4話 チーズバーガーとお嬢様
「ん、? 朝か……」
昨晩はあれから騒音が鳴り響くようなこともなく、停電もあの一回きりだった。
平穏な日々が崩されるようなことはなく、今日の空は晴天だった。
時刻は六時前、心地よい朝日に当たり朝食の準備を始める。
冷房の効いていないこの部屋はとてもではないが寝心地がいいとは言えない。今日は冷房設備を買いに行く予定だ。
他にも贅沢をいえば買いたいものは沢山あるのだが、軍資金も限られている。必要なものを必要なだけ手に入れられる額しかないのだ。
「……いただきます」
こんがりと黄金色に焼けた食パンの香りは腹の虫を叩き起すには十分だった。香りにつられ、腹が上の叫び声をあげた。
「ごちそうさまでした」
朝食をとり、食器を洗い、洗濯を回した。後は洗濯物が洗い終わるのを待って干せば家事全般は終わりだ。昼食は外で何か食べるとして、正午になる前には近くの家電ショップでエアコンを買おう。
今日の予定を考えながら何といったものがない居間でゴロゴロと寝転んでいたら、洗濯が終わったことを告げる軽快なメロディーが流れてきたので、鼻歌交じりにその腰を上げた。
エアコンを設置することでこの部屋は完成するのである。そりゃ上機嫌になるのは仕方がないことだ。
白銀の髪の少女の事が頭の隅に追いやられてしまうのも仕方がな……くはないだろうが、見事なまでに失念していた。
◇◇
「おおっ! あった!値段も想定内だ!」
家事を終えた俺は迷い無く隣の第三区の大きなショッピングモールの家電コーナーに来ていた。
その中でも予め(スマートフォンという名の便利グッズで)情報を仕入れていた俺の目的は一つ、テクノソーラー社の旧型だ。
テクノソーラーとは『異能特区』内で大勢力を誇る研究機関の一つである。もちろん本島には存在しないオーバーテクノロジーを取り入れ、その性能は他を圧倒している。
一学生を満足させるのには旧型で十分なのだ。
「すいませんがお客様。この商品は現在品切れ状態でして、在庫にあるテクノソーラー社製品は二世代前の物しか残っておりません」
「……えっ…………」
唖然。
結局、様々な葛藤を乗り越えた末二世代前の機種を購入した。取り付けは今日の四時頃らしい。
冷房の効いたショッピングモールから出て、帰り道にあるハンバンガー屋で昼食を取ろうと炎天下の中に身を晒した。
◇
「「チーズバーガーセット一つ」」
「「ドリンクはどうなさいますか?」」
「「オレンジジュースのMサイズ」」
この街のファストフードの真骨頂はここにある。自動音声システムを利用し、予めセットされた材料から機械が全自動で注文を受け、その品を出すことが出来るのだ。
これによって人件費を削ることができるようになったが、これも『異能特区』だけでしか運用されていない。
まさに今の状況のように声がハモることは稀にあるのだが、一語一句違わずと言うのは珍しい。
そう思って俺はほぼ反射的に隣を見た。
「ちょっと! 真似しないでよね!」
「はっ? 何言ってんだ、メニューがたまたま一緒だっただけだろ?」
おうおう、見たと同時に謎の罵倒ときた。見るからにお嬢様感が染み出ているが同年代だろう。
「……気持ち悪い」
「はぁ? 見ず知らずの人にいきなり罵倒とはどんな教育受けてきたんだか」
「っ、!? お嬢様に向かってなんて失礼なことを言うの! 今すぐ謝りなさい!!」
なんだ、なんなんだこいつらは!? この失礼な女の後ろに並んでたんじゃなくて親衛隊的なやつなのか?
だとしたら……笑けてくるな……。
「何に対して謝ればいいんだよ……アホらし」
「なっ! そもそも」
「少しお黙りなさい」
「っ、……失礼しました」
相手の顔も見ずに叱りつけるお嬢様。ここまで盲信的な親衛隊に付きまとわれていたらストレスも貯まるのは仕方がないとは思うが、それはそれ、これはこれだ。
所詮俺には関係の無い向こうの事情だ、俺が遠慮しなければならない義理はない。
「全く、盲信的な親衛隊もここまで性格が悪かったら大変だろうな」
「何も知らないくせに偉そうに言わないで!」
「ああ、お前の顔を見たのも初めてだし、名前も知らない。そんな奴にいきなり暴言ふっかけてくるお前はどうなんだ?」
「っ、いい加減に」
「「チーズバーガーセットです、長らくお待たせしました。ごゆっくりお食事をお楽しみください」」
ふー、目覚めてからは初めての言い合いだった気がするな。商品の出来上がり用の音声がお嬢様の言葉を切ってくれたおかげで場は落ち着きそうだ。
「……もういいわ。親衛隊の皆さんもほかの場所で食事をとってきてください。今日は1人で食べたい気分ですので」
「了解しました。お気を付けて」
親衛隊が一礼しその場を去っていく。
俺は残されたお嬢様が何か言ってきそうな雰囲気を醸し出していたので、そそくさとその場を逃げるように離れた。
「はぁ、結局誰だったんだよ……」
お嬢様のくせにこんな庶民の通うファストフード店で昼食を取るのか。何でもかんでも贅沢してるって訳じゃないんだな。
「呆れたわ。本当に私のこと知らないのね」
「げっ、お嬢様じゃねぇか。まだ根に持ってんのか?」
せっかく離れた席で食べていたと言うのに、カウンターの横の席が空いた途端に移動してきやがった。
そんなに気に触ったのか?
「別に気にしてないわよ。それより本当に私のこと知らないの?」
「ああ、知らねぇよ。なんで一個人のことを赤の他人が知ってると思ってんだよ」
「……世間ってのは広いものなのね。まぁいいわ。私は常泉寺桃華よ、何も知らない貴方とお話したいのよ」
常泉寺、どこかで聞いたような気がする……一体どこで聞いたんだったか、思い出せないな。
「俺は紅焔魔だ、好きに呼んでくれ」
「そう、紅くんって呼ばせてもらうわ。私もなんて呼んでもらっても構わないわ」
「じゃあ常泉寺で。で、何がしたいんだ?」
目の前にいる黒髪ロングの美少女の正体を思い出した。
それは入居してすぐのころ、俺は家具一式を揃えるためにとある会社のパンフレットを見ていた。このパンフレット自体には商品のことはほとんど書かれておらず、会社の成り立ちから社長の人柄や家族構成までが紹介されていた。
その会社名こそテクノソーラー社であり、常泉寺桃華はそこの長女であり後継ぎとして期待されていたはずだ。
本院が何も偏見を持っていない俺と話したがっている以上、家の事情に関わるような質問は避けるべきだが一つ気になることがある。
横暴な態度で生活しまくるのは後継ぎの評判として問題ないのか? 大した興味もないし、性格というのは変わらないっていうからな。
「紅くんって今何歳?」
「十六だ。高校一年な」
「あら奇遇ね。私も高校一年の十六歳よ。流石に同じ学校ではないわね」
「ああ、今日は買い物で第三区に来ただけで、第二区の星城学園に在学中だ」
「へぇ? 第二の星城って言ったら名門じゃないの。一年にオリジンが二人もいるって本当なの? 一人は知ってるんだけどもう一人は全く知らないのよねー」
オリジン、そう判定されただけで四枚羽はほぼ確定とささやかれている上位異能。いまだ世界中でも百人といないと言われている。判定は科学的にこの世には存在しない概念が働いているかどうからしい。
噂でしかないがオリジンの異能者は様々な研究機関からのオファーが殺到するらしい。なかでは異能の遺伝という不確かな情報をもとに、一種の政略結婚や、養子養女として迎え入れようとする動きもあるそうだ。
一人はとても身近な存在だ。
「俺も一人しか知らないんだよな。堕天悪鬼はオリジンだったよな?」
「ええ、彼の事は知っているわ。でもそうね……あなたでも知らないとなると、もっと予想外のところに居るのかしら……」
「予想外って?」
「たとえばの話だけど……四枚羽以上にはいない、それ以下の異能とかかしら。そうよ……! よく考えればオリジンが四枚羽以上と決まったわけじゃない、異能の効力が意味不明なやつを探せばいいのよ!」
「徹底してんだな。なんでそこまでオリジンを判明させたいんだ?」
「決まってるじゃない! うらやましいからよ! 人間の理解を超えた次元の力、それに私は……挑戦したいのよ!」
「へぇ……。ん?」
前半部分で常泉寺のオリジンに対する熱意は十分過ぎる程に伝わってきた。そこまでは何も問題はなかったのだがその続きは……俺にとって問題発言だった。
「力試しって、ケンカですか? お嬢様?」
「そうね、喧嘩とも殴り合いとも言うわ」
「……今までも?」
「ええ、基本的にはね。だって自身の才能のぶつけ合いよ? 興奮するじゃない!」
こっ、これはいわゆるバトルジャンキーだ!
こんなやつに付き合ってられるのは同じく頭のネジが外れたやつだけ……オリジンって戦闘狂の集まりかなんかなのか?
「……まぁ、俺には理解出来んから、俺には求めんなよ?」
「ふんっ、あなたは弱そうだから相手になんかしないわよ。……別に弱いものいじめが好きな訳じゃないんだからね?」
弱そう……だとっ!? まぁ、俺もそう思う。
「弱いものいじめってお前がいじめられる側なんじゃないのか?」
「失礼ね! 私も五枚羽よ? そこら辺の道の小石みたいなやつらには負けないわよ!」
小石みたいなやつらって、口悪ぃなぁー。
五枚羽なのにも関わらずオリジンじゃねぇのか。そもそもあんまり異能の判定の仕方を理解してないんだよなー。
「昨日の停電起こした異能も中々の高威力だったから、海外のヤツらとも力試ししてみたいわね! 神話の異能とか……ああ、至福だわ…!」
異能特区の学校ではポピュラーな神話からマイナーな神話まで広く浅く教えられる。
それは海外の異能に対する理解を含めるためだと言っているが、単なる兵士になった時に対抗策を知っておくためだけだろう。
「昨日の停電を起こしたやつは海外製なのか?」
「ええ、雷のようなものだったそうよ。私のところからも戦闘機関は手配したのだけど、流石に雷の速度で動き回る標的を捉えきれなかったみたいね。傷は負わせたが仕留められていないと言っていたわ」
雷って言ったらまず思いつくのは欧州の様々な神話に出てくるゼウスか。けど、神々の王であるゼウスの能力の異能だったとしたら傷など負わないだろう。
てか……なんで俺は推理なんてしてんだよ。
「そもそも『異能特区』の規制って結構厳しいんじゃなかったか?」
「ええ、本島からも時々ひとが来るけどほとんど入れないわよ。まず兵器みたいな子供ばかりが住んでいる街に行きたいなんて、多分その人は相当の変わり者よ」
「そう、だよな……。外国人なんてなおさら……」
今の俺の頭の中にはよくない考えが浮かんでいる。
あの少女は確実に日本人じゃなかった。それに付き添う軍人のように鍛え抜かれたフィジカルを持っていた大男。
彼は少女に何と言っていた?
この町の電磁波、それがどうしたというのだ。通常の人にとって電磁波と方向音痴を結びつけるのは難しいだろう。
だが、この町の人間ならばある程度は予想がつくはずだ……強力な電気系の異能なのではないかと……。
現在、五枚羽に到達した電気系の異能者はいない。
しかし、少なからずこの街の電磁波が彼らの脳に影響をもたらすという俗説は有名だ。
つまるところあれだ。
あの少女がとてつもなく怪しい、それだけだ。
「何か知っていそうな顔してるわね」
「気のせいだと思うぞ? それより、親衛隊を待たせてもいいのか?」
店の壁にかけられた時計の針は一時を指していた。既に店内に入ってから四十分ほど経っている。
「親衛隊って、そんなんじゃないわよ。ただの同級生よ、いいとこのお嬢様ばかりのね」
「子供の頃から大変なんだな。まぁ、俺には想像もつかねぇし、縁のない話なんだろうけどな……」
「でも、そんなに悪いものじゃないのよ? 純粋に慕ってくれている子もいるもの」
あの子とは仲良くしておきなさい、なーんてことを親に言われることが幸福だとは思えない。
その言葉に従って友達のフリをする方もされる方もだ。
でも、これは俺がとやかく言う話ではないな。
普通の高校生にはお門違いの話題だ。
「そろそろ行きたいところがあるから行きましょうか」
「ん? なんで俺も行くことになってんだ?」
「えっ? あなたがいないと意味が無いじゃない?」
まさか、
「……どこに連れていく気だ?」
「勿論、ただの公園よ? まぁ、異能の衝撃に耐えられるように設計された……バトルフィールドだけどね」
そう言ってお上品に畳まれたハンバンガーの包み紙をゴミ箱に突っ込んで振り返った。
「ほら、早く行くわよ!」
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