第2話 半ボッチ街道&とある少女
「おい! アチュート!」
アチュート、別称アウトカースト。インド当たりのカースト制度の最下層に位置付けられる人々を指し示す名称だ。
卑下されているというのは理解できるが、こんなしょうもないことを、気にしている暇はない。
異能溢れるこの、星城学園の災難はこんなものでは無いのだから。
机にいたずら、靴箱にいたずら、そんな事をされることは無い。ただ、逆らえないだけだ。
そんな屈辱的な時間も授業の終わりと同時に終了する。そこで、俺は何故か仲良くしてくる白髪と黒髪の混ざった男子生徒に声をかけられる。
これが日課となっていた。
「今日も散々なやられようだったな! ダメだぜ、やる時はガツンとやらねぇと!」
「なんであんたみたいな兵器が普通に学校に登校して来るんだか、全く理解できないね!」
今日も、帰宅の準備を着々と進めていた俺の背中を叩く者がいた。
すでに教室内にはほとんど生徒が残っておらず、俺への嫌がらせばかりに時間を費やしている暇人共はいない。
そこに馴れ馴れしく背中を叩き、声をかけてくるこの男子生徒。
こんなよく分からないやつだが、それでもこいつは日本で五人しかいない五枚羽の一人だ。
鳴海牙王という名前を授かり、その名に相応しい力を有している。
『堕天悪鬼』、鳴海牙王の二つ名であり異能名である。
能力は詳しくは知られていないが、どこぞの機関がその情報を隠蔽しているという都市伝説は有名だ。
「兵器って、ひどいな〜。フェアレーターでいいって言ってんのに」
「異能の内容が示されていないやつの方がおかしいんだよ! それに異能名で呼ばれて嬉しくもないだろ?」
「確かにな……慣れちまったけどな……。じゃあお前は? まさか一枚羽で、ここの理事のお目にかかったわけじゃないだろ?」
「うぐっ! 人が突かれると痛いと分かっている核心を遠慮なく攻撃してきやがって!」
俺は異能のほとんどを告げていない。一枚羽、一般人と同程度の戦力でしかないという位置付けは、才能溢れる異能者たちの興味を失わせるには十分だったようだ。
しかし、ここに厄介なことに興味を持ち続けている奴がいた。
「まぁいいや。明日から一週間くらい俺はいねぇから一人で頑張れよ」
「どっか行くのか?」
「……私用。ってか、ぶっちゃけると戦争みたいなもんだな」
「血みどろになる系の?」
「ならねぇよ! 五枚羽舐めんな!」
一通り憤慨した鳴海牙王と俺は夕焼けに染まった校庭を横切り、別々の道を進んだ。
外にはビルが立ち並んでいるものの、歩いている人のほとんど、いや全てが学生だ。
その光景は異能というものの特性がなせる技だった。
異能が発症するのは人口の五割もいかないほどだ。その中でも最も異能を発症したのは中高生だった。
異能の強さは脳の容量によって左右されると言われている。
その点において、最も異能を獲得し、成長させることに適している年代が中高生だったのだ。
日本に限ったことらしいが、異能者は二十歳以下の未成年しか発症しなかったらしい。
その為、日本政府は他国との戦力差を埋めるため、異能開発と称した人体実験を許可した。
『異能特区』。異能者が集められ、その異能の力を最大限有効活用するために作られた地区。
その舞台になっているのがこの島、荒神島だった。
かつての大自然が跋扈するような風景はなく、完全なる近代都市となっている。
しかし、この島の住民の六割以上が未成年であり、国の重要な戦力としてカウントされる兵士だ。
高層ビルのほとんどは大人達の住処となっているマンションや、異能開発の研究施設、食料庫となっていたり、軍事施設となっている。
そんな少し奇妙に感じる街並みを眺めながら、夕陽に背中を押されながらアパートへと向かった。
そして、なんやかんやで学園生活始まって以来初めての週末がやってきた。
◇
ーー翌朝、せっかくの休日だというのにも関わらず、曇天が街を頭上から見下ろしていた。
そんな、休日に似合わない空に向かって一つのため息をつくと共に数日前の、両親と名乗る男性と女性のことを思い出した。
数日前、退院出来る前日にその両親と名乗る二人組は俺の病室を訪れた。
ここに入院する前の俺はよっぽど交友関係が無かったのか見舞いの客など一人も来なかった。
つまり、実質初めての訪問客であった。
はじめに驚いたのは外見と年齢だ。
四十をすぎていると言ったその二人の外見はどう見ても30歳前後のものだった。若作りでどうにか誤魔化せるとかいうレベルではなかったのはよく覚えている。
父親は少し……かなり軽い感じだった。発言しようとすれば、よく横に座った母親に足を踏まれ、ほとんど発言できていなかった。
こんな感じ父親を尻に敷かれた夫というのだなと、妙に他人事のように納得できた。
いや、……できてしまった。
ナーサティヤと看護師が名乗った時、少しは心に何かを感じた。あれは記憶喪失になる前に知り合いだったからだと本能的に理解出来ていたのだ。
それは恐らく、間違っていない。
しかし、両親と名乗る者達はどうだっただろうか。
確かに何かを感じた。しかし、それは看護師と同じようなもので、勝らぬとも劣らない、その程度のものだった。
どうやら俺は一人っ子だったようで、直接的な血の繋がりがあるのは両親だけだと、看護師から聞かされていた。
しかし、彼らに何か特別なものを感じたわけではなかった。だから……彼らを自分の両親だとは思えなかったのだ。
「何すっかな〜」
ベランダに出てみるが、シスターが食い倒れているといったイベントもなく、ただ顔に生温い風がまとわりついてきただけだった。
今日の予定は特にない。休日に遊ぶような友達なんて勿論いないし、バイトをしようにも、学園の成績上位者しか、許可証は貰えない。
俺の異能で上位に食い込むのはほぼ不可能なので、望み薄だ。
「買い出しでも行くか」
こんな朝早くから食材を入手するためだけに外に出る学生も少ないとは思うが、やることが他にないのだから仕方が無い。
無論、料理ができるかと聞かれればできないと答える。しかし、これから一人暮らしをしていく以上はクリアしなければならない難関のひとつだろう。
そう言えば、一人暮らしを進めてきたのも両親だったな。今になって考えても意味は無いが、記憶喪失の一人息子にいきなり一人暮らしをさせるのは親として正しい判断だったのだろうか……違うよな。
記憶喪失になっているからと言って常識まで忘却の彼方に捨ててきた覚えはない。
脳の機能的に、知識を蓄える部分と記憶を司る部分は別物なのだ。
そんな感じで俺は今、近所のスーパーマーケットに来ていた。
取り敢えず、野菜と肉、調味料を買い揃えなければお話にならないのだろうが、何を買えばいいのか分からない。
結局、調味料と言えば『さしすせそ』、それと豚肉と鶏肉、キャベツetc……を購入した。
アパートの階段を考えずにだ。
で、こうなった。
「持ち上がれねぇ」
手には赤い筋がくっきりと残っており、袋の重みで充血しているのが見て取れる。
俺の手はスーパーマーケットからここまで来ることで正真正銘酷使し過ぎた。
これ以上仕事をさせるのは不可能だ。もはや感覚を感じられない。
「……仕方ねぇか……」
結論。普通に往復することにした。
俺のアパートは四階建ての三階、三○五だ。その距離を往復するのにはそれなりの覚悟と気力が必要なのだが……。
「もう……ムリだー」
手は限界、自分でも臭うなと自覚するレベルには汗臭い。特に脇がTシャツに張り付いて、気持ち悪いことこの上ない。
こうして弱音を吐いている間にも、一応は一歩、また一歩と階段を登っていく。
「ふー、……やっとかよ」
両手に持ったビニール袋を玄関の前でドサリと置き、手を重荷から解放してやる。
手は限界、腕も限界、腰も痛い。それらを軽減するためか、半ば無意識に両手を上げ、腰を反らせた時だった。
ドサリ、まるでビニール袋を地面に置いたような音が背後から聞こえたのだ。
「…………」
「……あなたのじゃないの?」
声に反応して振り向いたが、声を出せなかった。
そこにあったのは儚げな金色の瞳に、無を体現したような虚ろな表情、毛先の荒さも気にさせないほど美しい銀色の長い髪。まるで一般的な姿を模倣したように素っ気ないワンピースの中に隠した身体。
そんな彼女の全てがこの曇天の空模様にとても似合っている、そう感じた。
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