3話 忘れられた墓地
※ご指摘の箇所を修正しました
【名刀・スネカジリ】
価格:12.000G
【名刀・コバンザメ】
価格:10.000G
【名刀・コシギンチャク】
価格:15.000G
露店に並んだ刀を一本一本吟味しながら、俺は所持金を再度確認する。
所持G:4866G
この店の一番安い刀でも倍払わなければ買えない。もちろんこれは、敵を倒して得たアイテムを売ったお金も合算してある。
(そもそもなんだこのアイテム名、なまくら感プンプンなんだが……)
金がなければ買うことはできない。
買うことができなければ、後はもうケチをつけるくらいしかできない。
折角〝刀術〟スキルを取っても刀が無ければレベルは上がらない。狩りによってある程度お金が貯まったから買いにきてみたものの……平均価格帯を見誤ったか。
俺はそこの店を後にし、もっと初心者向けの安いお店を探すことにした。
一つの店にこだわる必要などない。ここには見渡す限り、生産職プレイヤーが露店を開いているのだから。
「今なら特性召喚石800G!」
「焼きたてだよー!」
「ロマン武器ならB.B商店!」
「G恵んでください」
雑貨から料理、更にはクレクレしてるプレイヤーまで幅広い。道行くプレイヤーの数も都会の交差点のようで、大変な賑わいを見せている。
(ケンヤさんにメールするのも手だけど……なし崩し的にギルド加入させられるのが一番嫌なんだよなぁ)
ケンヤさんは初心者支援ギルドのマスターだと言っていたし、もしかしたらメンバーの中で、初心者用の装備を作っている人がいるかもしれない。
話した感じ、押し付けがましい人ではなかったからお世話になっても問題ないと思ったが、その一抹の不安が拭いきれず、連絡するに至っていない。
(自力で探すか……)
「や、お兄さん。刀をご所望かな?」
横からかけられた声は、俺の欲する武器を言い当てた。思わず聞き返す。
「え、なんで分かったんですか?」
「わかるよそりゃ。向こうで刀を手に取りながら所持金と睨めっこしてるの見えたから」
俺の言葉に、女性プレイヤーはカラカラと笑ってみせた。見れば彼女の店にも刀は置いてあるようだった。
(買いそうな相手をあらかじめ観察してたのか……やり手だな、この人)
おでこにゴーグルを付けたロングヘアの女性。
汚れたオーバーオールと、黒のTシャツがとても似合っていて可愛い。
「あなたの言う通り、刀を探してました。でも高いんですね、刀」
俺の言葉に女性は「ミソラって呼んで」と、ややジト目気味にそう答え、考えるように指を顎に当てた。
「うーんと、刀はかっこいいから人気なんだよね。だから需要が高くて値段も高い」
「なるほど、供給量が追い付いてないのか」
「まあそんな感じ」
一人で納得する俺を尻目に、ミソラさんは並べられていた刀の中から一振り選び出し、俺の方へと突き出した。
「これなら買える? 値段は3900G」
「お、安い? ですね? 性能は?」
【名刀・蒲公英】
筋力+10
器用+3
価格:3900G
柄頭の部分にタンポポの花が彫られている刃渡り100センチ程の刀。
名前はとても可愛らしいが、性能としては初心者用の剣の2倍以上の性能を誇っている。
「これ買います」
「わ、やった! まいどー!」
ミソラさんはにこにこしながら、名刀タンポポと一緒にフレンド申請を送ってきた。
「武器・防具屋ミソラを今後ともご贔屓に!」
「はーい」
コミュ障には辛い時間でしたとさ。
*****
場所は変わって、ここは薄暗い森の中。
立ち込める霧のようなものは単なる霧なのか植物から出る瘴気か……それともモンスターか。
(ケンヤさんの忠告は心に留めておこう。ここはナット平原よりも強い敵が出る)
薄気味悪いこの場所は西ナット森林。
通常なら夜の時間しか現れないアンデッドタイプのモンスターが、ここでは普通に出現するらしい。
俺は周囲を広く見渡すため、早速スキルを発動する。
「《空間認識の目》」
途端に視点がぐいいんと空へと伸びていき、ちょうど自分の真上の部分で止まる。感覚的には、目玉だけがはるか上空で漂っているような、そんな感覚。
試し切りとして、腰に刺してあった名刀タンポポを一閃、二閃――
(足場が悪いともつれて転ぶ可能性があるけど、これは使えてる……のか?)
「よく分からん」と、俺が口をパクパクさせ言っている姿が見えるのは変な感覚だ。そして名刀タンポポを鞘に収める動作に手間取る。
(さて、この辺がいいかな?)
敵にエンカウントする事もなく、プレイヤーとすれ違う事もなく、俺は森林の真ん中辺り(恐らく)までたどり着いた。
空間認識の目で周囲を確認した後、視点を戻してメニュー画面を操作、スキル画面を開いて【ダンジョン生成】をタップする。
【ダンジョン生成】#active
ダンジョンを生成することができる。生成できる場所はレストエリア(町などの戦闘ができない場所)以外。
「遂に俺だけの拠点が……」
いよいよダンジョンを生成させる時間だ。これは待ちに待ったと言っていい。
はやる気持ちを抑えながら、ダンジョン生成スキルの要点をおさらいする。
①レベルが上がるごとにダンジョンポイントを得てダンジョンを拡張できたり、仲間となるモンスターを呼び寄せたりできるようになる。
②深さには制限がなく、ダンジョンを広げるための掘削作業で採れたアイテムは入手できる。地域によって採れるアイテムは変わり、深さに応じてレア度も変動する。
③生成してから累計プレイ時間で12時間は侵入する事ができないようになっているが、ダンジョンの核である〝ダンジョンコア〟を破壊されてしまうと崩壊し、破壊した相手にコアに貯められていたポイントに応じたアイテムと経験値が渡される。
④ダンジョンモンスターは外に連れ出せるが、扱いは魔獣使いや召喚士と同じ。しかし、ダンジョン外では職業による補正が少ないため、先に挙げた職業に比べモンスターのステータスは落ちる。
他にいくつかの注意点や利点があった気もするが、大まかな点はこのくらいだったと思う。
その他、ダンジョンマスター別でランキングなるものも存在すると聞いた事もあるけど……サービス開始から既に何ヶ月も経っているし、俺には無縁だろう。
「やっぱダンジョンって言ったらモンスターはアンデッドに限るよなぁ。もちろん、奥の方にドラゴンとかも良いけど」
地面に手をつきニマニマと語る。
アンデッドタイプのモンスターが蔓延るこの森の中でも特にキモい存在だったに違いない。
(よし、いざ!)
!!
言い表せない悪寒に似た何かを感じ周囲を見渡すも、そこには真っ暗で霧がかかった森林が静かに佇んでいるだけ。
(気のせいか……? いや、気のせいじゃないだろ)
自分の感覚を信じ、念のため空間認識の目を使い周囲10メートルを見渡す――と、俺を囲むようにして複数体のモンスターが寄ってきている事に気が付く!
【ナットゴースト Lv.15】
【ナットゴースト Lv.13】
【ナットゴースト Lv.18】
【ナットレイス Lv.21】
【ナットレイス Lv.20】
:
:
:
その数合計、12体。
「嘘だろ!?」
特殊で少し強いとは聞いてたけど、こんな団体行動してるなんて聞いてないよケンヤさん!!
ダンジョン生成には地形の認証や諸々の手続きで数十秒は動くことができず、攻撃されてしまえば中断される――つまりダンジョンに逃げられない。
やるか? 俺のレベルとかなり差があるけど、刀も買ったし、最悪13レベルくらいのゴーストなら突破できるかもしれない。
「どけっ!!」
俺は目前まで迫っていた幽霊の群れの中で、もっともレベルの低い個体めがけて駆け、柄を力強く握る。
鞘が薄い青色に包まれていく。
主に魔法や武器の技能を取ると、レベルに応じて覚えられる奥義のようなもの……技。
人間の動きでは不可能な技も、このアーツを使えば体現できる。
使ったのは刀スキルのアーツの一つ《抜刀》。
素早い動きで敵を切りつける!
「どうだ!」
繰り出された刀はまばゆい光を放ちながらゴーストに命中――したものの、効いているのかいないのか、それは虚しくすり抜けた。
LPバーを見るが……1ミリも減ってない!
「特殊って、要するに物理無効?! 特性調べるの忘れてた!!」
群がってきた幽霊達の鎌や腕が俺の体を通り抜け、俺のHPがみるみるうちに吸われていく。
「《思考加速の心得》」
新たにスキルを発動。
思考加速の心得によって、混乱した頭が徐々に回復。時がゆっくり流れる感覚に少し酔いそうになる。
この状況を打破するには《回避術》か。
「《見切り》」
驚くほど冷静に次のスキル・及びアーツを発動させ、幽霊達の攻撃場所の予想を行いながら、すり抜けるように回避。刀を収めて走る。
【見切り】
回避行動に補正がつく。
回避成功でSP微量回復。
(思考加速の心得は強力だけどまだ慣れないな……切っておくか)
スキルをオフにすると、酔いは覚めたが軽い倦怠感に襲われ、次に何をするべきかの案が霧散していた。
(追ってきてるか? 空間認識の目で――?!)
木の根に躓き、
大きく抉れた隙間に放り込まれる。
長らく動物も使っていなかった道なのか、ゴロゴロと転がる俺にまとわりつく蜘蛛の巣や木のカス。
「のわっ?!」
ドスン!! という豪快な落下音の後、辺りは静寂に包まれていく。
(目が回って視界が……ああ、ここで使えばいいか)
自分の目がしばらく使い物にならないと判断し、空間認識の目を発動。俺が落ちてきたこの空間を上空から観察した。
大樹の根の下の土を全てくり抜いたらこんな感じになるだろうな――というような、とても暗くてじめっとした外観。
俺の本体が倒れている場所も含め、地面は全てが柔らかい土。
中心にいくにつれ地面に突き刺さった無数の木の棒、錆びた剣、壊れた盾が囲むようにして、真ん中の苔に覆われた石碑が佇んでいた。
(お墓? なのか?)
空間認識の目を解く――その直前に見えたソレが俺を一気に現実へと引き戻した。俺はすぐさま起き上がって柄に手を当てる。
〝巨大なネズミ〟
ナットラットなどとは種類が違うのは一目瞭然だった。
鋭い前歯、分厚い体毛、そして機敏な動き。
単体なのが唯一の救いではあるが、俺に気付いたやつが近づいてきた事により、そのステータスが表示されることになる。
【死喰い Lv.30】
これは勝てない。
俺の直感がそう告げていた。
俺のLPはゴースト達に襲われた&落下によるもので残り2割弱。
手持ちにはケンヤさんから貰った回復薬があるが――果たして使う隙を与えてくれるだろうか?
メニュー画面からアイテムボックスを開いた瞬間、死喰いが勢いよく飛び掛かってきた。
敏捷値は俺よりはるかに高い。
スキルフル稼働で繋ぐしかない!
「《空間認識の目》《思考加速の心得》《見切り》」
持てるスキル全てを稼働させ、右手は刀の柄、左手は具現化させた回復薬を握る――そして死喰いの動きが、思考加速によって少し鈍くなる。
見切りによって最小限の動きで避けた後、すれ違いざまに《抜刀》を叩き込み、走り抜けると同時に回復薬を飲む。
俺のLPは……8割まで回復か、いいぞ。
奴のLPは……まじかよ。
死喰いのLPは1割も減っていなかった。
パーセンテージで言うと、4%だけ減っている。
(全部避けて、全部攻撃を当てたら勝つ見込みあるのか……? いや、その前に俺のSPが尽きたら終わるぞ)
回復したLPの下にあるゲージはSPゲージ。これはスキルやアーツの使用に必要なポイントであり、現在進行系で減り続けている。
(空間認識の目は切ってもいいにしても、思考加速がなきゃ回避も難しい。見切りが無ければ確実に避けられるとは思えないし、回避成功で得られるSP回復量は見切り一回分だ。かと言って抜刀を使わなければ超長期戦になる――)
思考加速の心得が発動している今、俺の頭の中では何通りものシミュレーションが行われている……が、打開策は見つからない。
そんな俺のもがきなど、
死喰いの前では無意味だった。
およそネズミの鳴き声とは思えないような野太い声が、衝撃波と共に周囲に拡散。複数の墓が崩れていくのを見ながら、俺は迫り来る死喰いをただ呆然と眺めていた。
威嚇――主に肉食動物系モンスターが得意とする技の一つだったと記憶している。
威嚇に当てられた者が格下なほど、相手に与えるマイナス効果時間が増える。威嚇は主に、体の自由を奪う麻痺だ。
(記念すべき1乙がバケネズミかい)
覆いかぶさるように飛び掛かってきた死喰いに頭を齧られるその瞬間――刃物を切り合わせたような〝ジャキン!〟という金属音の後に、死喰いの体がズルリとずれた。
「……?」
死喰いの体は即座にポリゴンの塊となり、溶けるように消えていく。
けたたましいレベルアップの音が遠くなっていくのは、目の前に立つソレに俺が釘付けだからだろうか。
『おう、珍しいな。人族か』
目の前の骸骨剣士はそう言った。