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青い桜が散るときに

作者: 石ダ 燈

ある雲一つない晴れやかな日に、

僕のおじいちゃんは亡くなった。



僕は現在高校2年生。サッカー部に入っているが、なかなか成績が奮わず、チームでの課題になっているのだ。

勉強に関しては、あまり他人と競い合うことが好きではない性分だから良くも悪くもアベレージと、言ったところが妥当だ。

友達も決して多くはないと思っているこの僕にも、「親友」と呼べる者は何人かいる。


「ドゴッ」

背中が鈍い音をたて、僕は反射的にのけぞった。

「うーっす」

まるでおはようの合図と言ってもいい様なにこやかな顔で背中をパンチしてきたのは同じクラスの相葉だった。

相葉は手をおまわりさんみたいにおでこ辺りに手をあててもう一度挨拶した。


反射的にのけぞった後に割とダメージのある痛みを抱えながら僕はおはよう、と言った。

「それにしてもさ、前も言ったよね?いきなり、柔道部のパンチを朝っぱらから喰らう僕の身になってねって」


そう、こいつは柔道部で難癖のある奴なんだけれど。

まぁ、そういうやつだという目で僕は見ている。

しかし、パンチは青アザにもなったことがあるのでほんとにやめてもらいたい。

相葉は、はははは、と受け流すように言った。


1限が始まる前僕はトイレに行った。

そこですれちがったのはクラスメイトの明山だった。

こいつは相葉とは違って、静かでゲーム好きなやつだ。

まぁ部活に入っていない、いわゆる帰宅部って言うんだと前々から僕は自分の中で思っている。

明山は「おはようー」と、まだ寝起きの様なガラガラ声で言った。僕も軽く挨拶して用を済ませて早々と教室に戻った。


時に、「席とかどこでもいいわ~」とか、「友達と離れてんだったら休み時間に会いに行けば良くね?」とかそういったことをいう人がいる。少なくとも僕は中学校までそうだった。

しかし、高校入学後、僕は窓側の席をとても好んでいた。なぜなら、この高校の隣には大きな桜の木が咲いている。僕はこれを見た時に、声にならない感動を体験したことをよく覚えている。だから僕は窓側の席が好きなのだ。特に理由はないが、とても好きなのだ。


好きな女の子と隣がいいだとか、運命の人、だとかそんなことは一度も思ったことの無い僕はそんな人がこのクラスにもきっといるんだなと思って鼻で笑ってしまった。さすがに一人で笑っている僕をたまたま見ていた隣の女の子、咲優花は

「え。なに一人で笑ってんの」

と語尾に「ww」とでもつきそうな声で言ってきた。咲優花は小学生からの友達で、ちょうど席が隣になったのだ。

流石に今のは自分でもまずいと思って、

「いや~、口角あげる練習だよ」

と半分軽い気持ちで言った。

すると何が面白いのか、「ウケる」、「意味分かんないよ~」と、永遠に続きそうな途切れない声で周りにはおかまいなしに笑った。僕は嫌な感じはしなかったがまた始まったなと、少し呆れた気持ちでそう思った。


昼休みになると、相葉と明山とご飯を食べる。だいたいいつもはゲームとか七つの玉を集めると龍が出てくる漫画の好きなシーンとかそんな話をする。

だけど、今日は違った。

相葉が青空を見て「じいちゃん元気なの?」

と、別に興味もなさそうに聞いてきて僕は、まあ、元気だよ。いまのところはね、とそんなようなことを言った。明山もその話はスルーして再びいつもの僕等の会話に戻った。


そう、僕にはおじいちゃんがいる。それも80近いじいちゃんだ。じいちゃんは一昨年くらいからいろいろな病気をして病院に出たり入ったりの状況だった。

僕には3人の兄弟がいて僕は真ん中なんだけれど、とくに兄ちゃんと僕はよく小学生のとき、帰りにじいちゃん家によっておやつを食べたり、一緒に住んでいるおばあちゃんと遊んだりした。時にはドライブに連れて行ってもらったこともあったし、水族館とかも行ったし、野球を教えてもらったこともあった。申し訳ないと思っているのは、現在サッカー部に入っていること、それがどうも後ろめたい。

そんなこんなで僕にとって大好きな人であった。

そんなじいちゃんには怒られる時もあった。じいちゃん家にきて、おばあちゃんからは勉強を教えてもらう事があったのだ。そこで小学生だった僕はダダをこねることが度々あった。そこで登場するのがじいちゃん。うるさかったのか、「そんな喚くんだったら出ていけ!」そういつも言っていた。時にはほんとに出されたこともあった。迷惑かけたと反省することが良くある。

そんなじいちゃんに不思議な所も度々あった。

それはじいちゃんのたまに話す言葉だった。もちろん一般的なことも言うじいちゃんだが、いつかこう言ったのを覚えている。

「人のため、ってどういう意味かわかるか」

僕は首を横に振った。

「人のためって言うのは、自分のためでもあり人のためでもあることをする、そういうことなんだ。美しくもあって、儚くもある」

僕はどういう顔をしていたのかは分からない。ましてやどう思ったのかなんてのもはっきりしない。

そうしていつも僕の頭を撫でるのだった。そうしていつも決まって、

「おまんにもいつかわかるよ」

そういうのだった。


春の終わりも近づいてくる季節になり衣替え移行期間というものがきた。確かにこの時期にしてはあつく、サッカー部の僕でさえも流石に暑いなと思わすほどだった。相葉なんかは教室に入ったとたん、あちー、とかなんとかいっていきなり制服を脱ぎ始め、中に着ていた体操着になっていた。

僕は桜が散ったのを確認して少し悲しくなった。そしてじいちゃんの事を考えていた最近の記憶を思い出し先に教室に来ていた明山と相葉の輪に入った。

そこで僕は場違いと言っても過言では内容な質問をした。「ねぇねぇ、2人とも誰かの葬式とか言ったことある?」そう言った。

2人は「はっ?」とも言いたそうな顔で見てきた。

でも明山は

「あるよ。おばあちゃんが死んじゃったときにね。」

そう反応してくれた。

「亡くなったときってどう思った?」と、そんないきなり赤の他人には聞けないようなパーソナルスペースダダ踏みな質問をした。

「んー。」そういって、

「僕が小2の時だったから少し泣いていたのは覚えているけど、とくに酷く落ち込むとかは無かったかな~」

と、丁寧に答えてくれた。

そうして横で話を聞いている相葉も話しに入りたかったのか、「俺も少4の時に」と明山の話に続いて言ってきた。その後いろいろ話したけれど、相葉もそんな泣くほどの事でもなかったとか言っていた。言っていなかったが、これまで近しい親族で亡くなって葬式に行ったということが僕にはなかった。

そこで相葉が

「で、どうした?なんでそんなこときくの?」

そう言った。

「いや~実はさ、最近あまりじいちゃんの様子が良くないらしくて僕の母さんに、じいちゃんもあと数ヶ月ぐらいらしいんだよ、って言われたから・・・」

そんなことを言っていると相葉はまた暑そうな顔をしてクーラーつかねーかなー、なんて言った。まぁ、個人的な意見で非常につまらない話だから別に聞き逃してくれてもよかった。だから僕は話聞けよ、とかそんな野暮なことは言わなかった。

それから予鈴がなったので、すっと自分の席に戻った。その時、隣が空席なことに気づいた。風邪かな?

それとも季節外れのインフル?とでもなんとでも思いつつホームルームが始まり先生の連絡を聞いておどろいた。

咲優花の母さんが亡くなったのだそうだ。

前から癌を患っていて診断された時はすでに末期だったそうだ。

気の毒だな、とそう思って1限の準備をした。

そしてもう一つ、今週からテスト期間だったことに気づき落胆した。


それから木曜日に咲優花は戻った。今の気持ちはどう?とか聞こうと思ったけど、よく考えたらどんなSプレイだよと思ってやめておいた。けれど咲優花は割と元気がよかった。その日初めて声をかけられたのは1限が始まる前で、突拍子もなく

「休んだ分のノート見せてくれる?」

そう言ったので僕は快くおーけーを言った。

いつものようにまた普通の日常が始まった。

ところがやはり考えごとをしていたのか、消しゴムやシャーペンを落とすことが多かった。


テスト期間。それは部活がない週で、帰りが遅くならないので放課後、久しぶりに現在自宅で療養中のじいちゃん家に行った。僕は、母さんに言わずにじいちゃん家に行ったのが行けなかったと後悔した。じいちゃんは寝たきりの状態になっていて、声もろくに出せない状況だった。僕は単純に可哀想だと思った。また、もう元気なじいちゃんが見られないことに残念でならないとも思った。それでも僕が「こんにちは」そう言うと、呂律のまわらない口で「着たのかね。ありがとうね」そう決まって言ってくれるのだった。

そこで最近のサッカーの成績などを聞かれてあまりいい報告が出来なかったことに僕は肩を落とした。


そうしてテスト期間中はほぼ毎日じいちゃん家に行った。じいちゃんの身体はますます動かなくなっていった。けれど、僕は別に勉強に支障をきたすこともなく生活を送ることができたのが不思議であった。


ようやくテスト7日前になってやばいという焦りが見え始めていた。じいちゃんにではなく、当然テストのほう。朝そう思って焦り、勉強しても仕方ないのに、わけのわからない数学の勉強をした。すると、咲優花が相も変わらず「おはよーう」とイントネーションのおかしい挨拶をしてきた。正直僕はそんなテンションではなかったので。普通に「おはよー」と言った。

もちろん、僕は机に垂直に目を見下ろしているため、後方の出来事なんて予想だにできない。

したがって咲優花かどんな顔をしているのかなんてわかりもしなかった。人間の野生のカンというものかなんなのか知らないが、なにかを凍りつかせるような視線を感じ、思わず振り返るとやはり咲優花は怒っていた。それから咲優花は、気の毒な乙女にもっと優しくしろだとか、女の子の気持ち分かってない!とかなんとかギャーギャー言っているのを無視していると、今度は相葉と同じく背中を殴ってきた。

僕は、「いっったぁ!」という前に振り返り咲優花を見ると、目が充血していた。また、泣いていたのだ。



先日の僕に、今の僕はとても後悔している。けれど、なにか悪い事をしたのかと考えても何が悪かったのかわからなかった。無視することはあの時だけではなく、たびたびそういう時があったからそれについて起こっている様子ではなかったのだろう。まさか、そろそろ無視しないでよ!とでもいう警告だったのだろうか。でも泣かなくてもいいだろうと思ってその考えはあっという間になくなった。それ以来、隣とは会話していない。


そうこうしているうちにテスト2日前になった。ほんとにまずい。いつもはこんな感じではなかったのだがどうもテスト勉強する気になれない自分がいた。

そして僕は疲れているんだと思いこみ、息抜きが必要なんだなと勝手に解釈した。そして僕は息抜きに本屋に行くことにした。

近くの本屋だからあまり大きな店ではない。そこら辺にいそうなおじさんが開いている本屋だ。入ってすぐ、オススメ棚に僕の好きな作家さんの本が所狭しと積み上げられていた。その作家さんはあの膵臓の人だ。積まれていたのは新刊らしく、のどから手が出るほど欲しかった。しかし、テスト期間は我慢しなければと思って買うのはやめた。けれど、まさか新刊が今日発売だったとは知らず、少し自分は盲目的になっていたかなと思ってここ最近、また咲優花のことを少し反省した。それから僕はおじいちゃん家に行った。

やはりとても病状が悪く、あと1、2週間でしょうとお医者さんは言ったらしい。そうしていつものように僕がじいちゃんに話しかけた。しかし、喋ってはいるがあまり言っていることがわからなかった。しかし、次の言葉ははっきりと聞こえた。

「・・・人のために・・・・・・頑張っ・・・」

僕は、はっとした。「人のために」それは久しぶりに聞いた言葉だった。



そうしてテスト前日の朝、相葉と明山と適当に話を済ませ、席に座ろうとすると、隣で丸ばかりの数学のプリントをしていた咲優花がいきなり、

「ごめん。あんな態度とっちゃって。私、いろいろなことで頭いっぱいになって、それで・・・」

それで、のあとがでてこなかった。僕はとてもびっくりしていた。また咲優花は再び泣きそうになっていた。この光景はもちろんクラスメイトに見られている。こう見えても咲優花は結構女子の中でも人気のあるやつだからこの場面は非常にまずかった。

周りからはすごい目で見られているだろうその目の群れを、僕は怖かったのであえて見なかった。

僕はすごく困った。この状況でなんて言えばいい。逆にここで言うべきことはなんだ、と模索し続けた。

そうして出た言葉が「気にしないでいいよ」たったその一言だった。その返しを聞いて満足したのかクラスの動きはまた平常運転に戻った。一部を除いて。

そして家にやっとの思いで帰るとふと、あの時兄ちゃんだったら、弟だったら、母さんだったら、父さんだったらそして、じいちゃんだったらどうしていたのだろうと、そう思った。きっとなにかもっとよい切り抜け方があったはずだとまた、後悔した。

そしてじいちゃんは大丈夫だろうかと思った。


テスト当日、僕は体調が悪かった。いや、体調と言うより心臓が重かった。それでも一日目のテストはなんとか赤点は回避出来たように思えた。毎回恒例行事と言っても過言ではない、テスト終わりにあの2人にどうだったか聞いた。「相葉は赤あるかも・・・」と言った。それにたいして明山は、「まぁ、ギリ大丈夫だと思う」と言った。しかし、相葉の返答はわかるが、明山の返答は信じ難い。こうやっていつもぎりぎりとか言っておきながら前も、「化学赤点だった」、と相葉と口を揃えて言っている僕等に構わず明山は「あ、やっぱ70取れてたわー」とかなんとか。

僕と相葉は明山を、「ふっふっふふふ・・・」と、そう笑いながら軽く睨んだ。明山は?マークが出てきそうな顔で微笑んだ。こうしたくだらない会話が今の僕に良く効く特効薬であった。そこで僕はこんどはこっちから咲優花に謝ろうと思った。こんどは気持ちも落ち着いて自分の気持ちで謝れるとそう思った。そうして咲優花を探したがすでに帰ったのか見当たらず、焦ることはないだろうと明日にすることにした。



僕はとても心が軽かった。その日はとても集中できた。



そうして迎えた2日目今日のテスト日程は3日ある中でも難しい教科が2つ連続で入っている。僕は焦らずに回答した。その結果、怖いくらい解くことができて非常に愉快だった。そしてテスト終了後、今日はあらかじめ決めていたことをしようと思った。咲優花は帰る準備をしていた。そこで僕は

「・・・この前はごめん。僕は怒っていた訳じゃなかったんだけどびっくりしちゃってあんな態度とっちゃったんだ。」

咲優花は黙っていた。

「だから・・・これからもよろしく」

咲優花は顔を真っ赤にして「・・・うん」とだけ言って教室を颯爽と出ていった。その去る姿は、今の僕のように気持ち良さそうであった。もちろん僕は静かな声で謝ったから他のみんなには聞こえていなかったと思う。そうであってほしい。

そうして僕は帰路についた。携帯がなったので、どうせ母の何気ない会話か、明山か相葉だと思っていた。しかし違った。じいちゃんが亡くなった。



じいちゃんはすごく笑っているようだった。シワひとつない綺麗な顔だった。

そうして僕はテスト最終日に学校に行かず葬式に出た。僕は頭が真っ白で、それでいて落ち着いていた。

あと1、2週間だと言っていた医者の話を鵜呑みにしていてまだ大丈夫だろうと安心しきっていたのだろう。

しかし、違った。「死」というものは突然なんだ。そしてお経が延々と読まれ、僕はあまりピンと来なかった。その日の夜中、僕はじいちゃんと行ったいろんなところや、一緒に入ったお風呂、会話を思い出して初めて、泣いた。


通夜の日、棺にはたくさんの花花を並べた。僕はどうしても「桜」を入れてあげたかったもちろん季節外れのためあるわけがない。


じいちゃんはよく交通安全運動に協力していた。他にも自分の子どものために(僕の母さん)よく働きピアノを買ってくれたそうだ。じいちゃんはいつも自分よりも他人だった。優先順位が違っていた。僕はそんなじいちゃんをほんとうに誇りに思った。療養中も迷惑にならないようにか、苦しい、痛いと言ったことが無かったらしい。じいちゃんは強かだった。


それから快晴の日が2日間続いた。僕はよく普通の自転車で土手を走ることがあり、土曜日には外に出た。

土手の中間地点には色とりどりの薔薇の中に少し黒い薔薇が咲き乱れていた。


月曜日、僕はテストを受けなければならなかった。

とてもめんどくさかったけれどまぁ、こういうのも悪くないと思った。


テストが終わり、咲優花が「おつかれー」と、イントネーションがおかしい言葉をかけてきた。

僕は晴れやかに

「おつかれー」

と返した。

すると咲優花は、まるで雲一つない青空のよう晴れやかに笑った。



僕はそれが美しく、どこか儚く感じた。



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