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[04]回想(二)~叔父さんなのです

 その日も私は、アグネ出版さんのホームページをチェックして金属学冶金学関連の技術書籍の新刊情報が無いかチェックした後、問屋さんのホームページでそろそろ怪しくなってきた鍛接剤をポチリとやって、鍛冶仕事に入りました。

 いまだに雑誌『金属』を定期購読しているのは、まだアカデミックな世界に未練があるからでしょうか。


 そんな中、お客様が参られました。


 やってきたのは私の叔父に当たる人物です。中年真っ盛りのオジサマなのですが、人懐っこい笑顔が印象的な素敵な方です。私の数少ない話し相手とも言えましょうか。


「やあ、楓ちゃん。お久しぶり」

「こんにちは。お元気そうですね、健吾おじ様」


 楓というのは私のことです。私の名前は佐藤楓。二十九歳。独身。そう、独身。両親も親戚も、御近所のおば様達でさえ顔を合わす度に『結婚しろ結婚しろ』『いい人を見つけろいい人を見つけろ』と煩かったのだけれど、でもこの人はそんな事全然無くて、だから私はこの人のことが案外と好きだったりします。


「しっかりやっているみたいだね。兄貴――いや、お父さんのこと、引きずっていないようで安心したよ」

「まあ、何とかやっています。そうそう、聞きましたよ。また賞を取ったのでしょ? 健吾おじ様の方こそ凄いじゃないですか」

「いやあ、まぐれだよ」

「ところで今日はどうしてここへ?」

「八戸の刀剣屋まで作品を納品しに行く途中。楓ちゃんの顔を見たくてちょっと寄り道して来たんだ。そうだ。折角だから見てみる? 僕の最新作」

「いいの? 是非!」


 健吾叔父さんは刀工です。あの有名な月山派の工房でずっと修行を積んできて、数年前に独立したのです。今は天童市に自宅兼工房を構えて美術刀剣の作刀を続けています。新進気鋭の作家として、刀剣界の階段を登り詰めつつある人物なのです。親戚の私としても、鼻が高いといいますか、何というか。


 更紗に包まれたそれを受け取った私は、上品な色の包みをゆっくりと解き、白木の鞘からすぅとそれを抜き放ちました。

 丈は二尺四寸ほど。腰反り気味の優美な姿の、鎬造りの刀です。

 照明にかざして見ると、キラキラとした大小の沸がシットリとした肌の刀身の焼刃に沿って散りばめられ、まるで天の川の星々を眺めているようです。

 所々に湯走が働いて、優しい中に顔を覗かせる荒々しさは、まさに月山一派の真骨頂と言える素晴らしい作品です。私は、思った通りのことを口に出しました。


「見た感じ、どちらかと言うと涼しげで大人しい感じの姿の山城伝に、沸本位の相州伝を焼いた作風でしょうか」

「概ねそんな感じかな。依頼人のリクエストだけどね」

「重ねはどちらかと言うと薄くて、どこか古風な作品ですね。平安後期から鎌倉初期辺りの古刀を模しているのかしら」

「お、さすが楓ちゃん。鑑定眼は衰えていないね」

「いえいえ、止めてくださいそんなお世辞を。それと刃文は焼幅が少し狭い直刃ほつれに小乱れ――珍しいですね、こんな大人しい刃文。これも依頼人のリクエスト?」

「うん。むしろ最近はこういった刃文の方が人気あるんだ」

「へえ、意外。ずっと、ど派手な『互の目丁字に大乱れ』以外はあり得ないって世界だったのに」

「全然変わったよ。僕自身、隔世の感を抱いている。それとギラギラの沸も凄いでしょ」

「ええ」

「刃文は抑え目に、でも沸は荒っぽく派手に。殆どの依頼はこんな感じ。まるで示し合せたように。そう言えば滴るような『匂出来』の作品なんか作らなくなっちゃったな。僕としては、ちょっと寂しさも感じているんだけどね」


 そうかも。でも私はこの刀のような、雅な香りのする作風が大好きです。一瞬ですが、むしろこれを欲しいと思ってしまった位です。依頼人が羨ましい。


 あれ? 健吾叔父さんは何やら、何かを切り出したいような表情をしています。不意に会話が途切れました。少し間を置いて、彼はさり気ない風に、でもきっと、いつ切り出そうかと用意していた言葉を私にかけてきました。


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