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[11]ツナさんなのです

 この人の名前、ツナさんらしいのです。


 変わった名前です。いえいえ、それは私がそう思っているというだけで、この世界ではありふれた名前なのかも。ですがツナというその語感はどうしてもアレを連想……そう、ツナ缶です。はっ!? ひょっとしてツナさんの他に、サバさんとか、サケさんとか、サンマさんとか居るのでしょうか。


 この世界に来てまだ半日も経っていないのに、早くも元居た世界の食べ物が恋しくなってしまう、そんな食いしん坊な私です。あ、そういえば少しお腹がすいてきたかも。朝から何も食べていませんし。


 そんな私はツナさんと一緒にお馬さんの上で揺られています。ツナさんの手綱でお馬はパカパカと進みます。そうなのです。小一時間ほど前のことです。彼は私に『一緒に山を下るか?』と聞き、私は開口一番に『はい』と答えたのです。もう、二つ返事です。ゴブリンなんかが出没するデンジャラスな森なんて真っ平御免なのです。


 ツナさんの大きな背中にしがみつく私。何しろ初めて乗るお馬さん。最初はおっかなびっくりな私でしたが、慣れてみると中々気持ちの良いものです。もちろんそれは、お馬さんを操るツナさんが私に気を使ってくださっているお陰でしょうけれど。


 すっかり気の緩んだ私は、キョロキョロと辺りを見回しながら、一体ここはどんな世界なのだろうと想いを馳せます。


 とりあえず、中世ヨーロッパ風異世界ではなく和風異世界だということは分かりました。そう言えば魔法はまだ見ていません。これから向かう里では日常生活で当たり前のように魔法が使われていたりするのでしょうか。あと、エルフとかドワーフといった方々も里で一緒に暮らしているのでしょうか。いえいえ、和風ファンタジーなので、そこは座敷童とか雪ん娘のような妖怪さんですかね。それと、それと――。


 考え出すと止まらないのが私の悪い癖です。せっかくイケメンさんと二人っきりという美味しいシチュエーションなのに黙り込んでしまうのは勿体ないのです。


 ですが仕方が無いのです。コミュニケーション障害なのです。あ、そう言えばツナさんも声をかけてきませんね。彼も寡黙な方なのでしょうか。


 会話のキャッチボールが苦手な私としては、こっちの方がこっちの方が気分的にとても楽……一方的に会話を押し付けてくる殿方は苦手です。これなら彼とパーティーを組んでも気疲れしなさそうです。というか冒険者パーティーに入るの確定でしょうか? そもそも私にチートスキルが与えられた気配はありません。どういうことでしょう?


 ――と、まあ。こんな感じで思いっきり自分の世界に浸っていた時のことです。


「おい、カエデ」


 ぶっきら棒なツナさんの呼びかけ。私の夢想は終わり、意識は現実に引き戻されます。私は慌てて彼の背中に答えました。


「は、はい。何でしょう?」

「先程の様子から思ったのだが、そなた、〈鬼〉を見たのは初めてだな?」


 え――?


 一瞬ですが彼の言ったことが理解できず考え込んでしまいました。きっと、豆鉄砲でも喰らったハトさんのような顔になっていたと思います。でも、私に背中を見せているツナさんはそんな私の顔に気付くはずも無く。そのせいでしょうか、彼はお構いなしに言葉を続けます。


「恐ろしいものだったろう? ……獣や山に迷い込んだ人を襲い、その生き血を啜り(はらわた)を喰らうのよ。時に集団で村を襲うこともある。しかも夜目が利き、ああ見えて知恵も働く。厄介なものよ」


 やがて彼の言葉が指し示すことを理解した時、私の犯した大きな勘違いに気付いたのです。


「ああっ! そっか、あれってゴブリンじゃなくて鬼なのですね! そうですよね、和風ファンタジーですもの、鬼ですよね!」

「……は? ごぶりん? わふうふぁんたじー? なんだ、それ?」


 ツナさんの背中が少しズッコケたような気がしました。


 やがて坂道は緩やかとなります。里が近いのでしょうか……そんなことがぼんやりと頭をかすめた次の瞬間のことです。突然、視界がぱあっと広がりました。森を抜け開けた場所に出たのです。


 小高い丘、とでも表現すればよいでしょうか。それまで覆い茂っていた樹木もここには無く、どこまでも広がる草原と広い空。駆け上がって来る風が頬を撫でます。


 見回すと、その先には幾重にも連なる山の稜線。木々の緑が美しくて、思わず見とれてしまいます。と、遠くにひときわ高い山がそびえているのに私は気付きました。その堂々とした姿形は私に小さな感動を呼び寄せ――しかし、同時に強烈な違和感。いえ、むしろ既視感。その正体に気が付いた時、私は思わず口に出して叫んでおりました。


「あ、あれ! 栗駒山!?」


 それは見慣れた山容。間違いありません。我らが心のふるさと、高層湿原と湯けむりの山、標高1626メートルの名峰、栗駒山です。


 ようやく私は悟りました。ここは異世界では無かったのです。


(今は、昔――)


 そんな言葉が脳裏をよぎります。そう、私は時間を遡行してしまったようです。いわゆるタイムスリップ?


 ……ただし、過去は過去でも、鬼が住まうという、私の常識とはかなりかけ離れた過去らしいのですが……。


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