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[10]一刀両断なのです

 私は生い茂る草に埋もれたそれを拾い上げ、私を抱きしめる彼に手渡します。しかしこの刀も所詮は紛い物、本物の武士である彼ならばそれが偽物だと、一瞬のうちに看破してしまいましょう。ですが緊急事態です。彼に使ってもらう他ありません。


 戸惑いを見せつつも彼はそれを受け取りました。


 すぐ傍にまで迫りくるボスゴブリン。黒曜石の甲殻を纏った巨体が視野いっぱいに広がります。踏み込む余裕など無い状況でこの美丈夫は、私を抱えたまま上半身の力だけでゴブリンの胴体を薙ぎ払いました。手応えありです。


『……グァ!?……』


 しかし斬り付けられたボスゴブリンが断末魔の雄叫びを上げることはありませんした。下半身と生き別れた上半身。納得いかない――そんな表情を湛えた眼が宙を向き、そのままドスリと地面に落ちました。


 そうです。一刀の元、ボスゴブリンはその堅そうな甲殻もろとも両断されてしまったのです。


 目の前のスプラッタに私は思わず目を背けます。ボスゴブリンを一刀両断にした本人も、まるで信じられないといった表情でゴブリンと手にした得物を交互に見つめていました。

 ですが彼の目に現れたもう一つの変化に私は気付いたのです。死を覚悟していたであろうその目に、再び光が戻っていたことを。


 この場からゴブリンが居なくなるまでにそう時間はかかりませんでした。

 あるものは斬られ、あるものはそそくさと逃げ出し――気が付くと、ここにいるのは私と彼だけになっていました。


 目の前にいる麗しの美男子は指笛を吹き愛馬を呼び戻しました。何処に隠れていたのでしょう、そこら辺に潜んでいたはずのゴブリンに捕えられることも無かったようで、賢いお馬さんです。嬉しそうな仕草でご主人に首を擦り付けています。ご主人の方も、黒毛の愛馬を優しげな手つきで撫でています。先程までの鬼神のような姿とは別人です。


 それにしても美男子です。見れば見るほど美男子です。返り血を浴びて真っ赤っかですが美男子です。さすがは異世界です。


「あの……」

「そなたに助けられたな」


 私と彼が口を開いたのは同時でした。澄み渡った良く通る声。ルックス同様素敵です。彼は私に振り向くと、にっこりと微笑みます。呆気無く私のハートは居抜かれました。わたしはドギマギしながら答えます。


「あ、いえ……助けられたのは私の方です」

「俺もまだまだ未熟、命運尽き果てたかと観念したところだった。それにしても恐ろしく良く切れる刀よの。かようなもの、何故そなたが?」

「あ、はい! 私が作りました」

「そなたが? はて、これは面妖な――」


 不思議そうな顔をする彼。


「――かような恐ろしき刀を携えているとなると、舞草の里の娘か? ――いや、しかし里ではお主のような娘子は目にしたことが無いな。何処の出ぞ? 俘囚の娘か?」

「ふしゅう?」


 聞き慣れない言葉に、思わず呆けた声でオウム返しした私に、彼はもう一度たずねました。


「そなたの住まうこほりを聞いているのだが? なぜ、かような場所に」

「私の出身地、ですか? ええっと……一関、ですが」

「イチノセキ? 聞かぬ地だな。まさかお主……荒蝦夷……」

「あらえびす? いえ、違いますが」

「そうか……なら良かった」


 異世界ですが何故か言語は通じるようです。正確には、彼の言葉遣いは明らかに現代日本語ではありません。高校時代で習った古語? ――を彷彿とさせる言い回し。ですが、何故か脳内で現代日本語に翻訳され、ちゃんと理解できます。私の口から出る言葉も、普通に喋っているつもりですが彼と同じ言葉になっています。どうやらそんな便利仕様の様です。


 そうは言ってもお互い、さすがに固有名詞に関しては微妙な齟齬があるようです。


 ですが、今の私の言葉は彼を安心させたようです。不思議そうな目はしていますが、『荒蝦夷か?』と尋ねた時に比べ、緊張の度合いが下がってきたように感じました。


「そうそう、この刀は返さねばな」

「いえいえ! 差し上げます。私が持っていても役に立ちませんので」

「しかし……」

「助けていただいたお礼です!」

「良いのか!?」


 私は打ち捨てた鞘を見つけ出し、彼に渡します。


「命を助けられた上、かようなもの頂いてしまっては心苦しい気もするが……本当に良いのだな?」

「ええ、もちろん」


 満足して頂けたのでしょうか? でもそれ、ニセモノの刀なのですが。


「そなたがそう言うのなら……有難く頂戴する。ところでそなた、名は何と言う?」

「佐藤楓、です」

「サトウカエデ? また風変わりな名だな。そう言えば、その衣も随分と変わっておる。ひょっとしてそなた、山の神の遣い――天女ではあるまいな?」

「いえいえ! 普通の人間です。あ、あと佐藤は姓です」

「なんと、武家の娘か! それともまさか公家の娘!?」


 ああっ、ややこしい。そうでした。この世界が中世に準拠しているとすると、一般庶民が苗字を持っているのはおかしい事のはずです。これ以上怪しまれないよう、私は慌てて訂正します。


「あ、ええっと……カエデって呼んでください」

「ううむ……良く分からぬが。まあ良いか。ありがとう、カエデ」


 どうやら細かいことは気にしない人のようです。助かりました。このイケメンにさり気なく下の名を呼ばせる私は策士です。さて。今度は私が質問する番です。


「あの、貴方のお名前は?」

「ほう? 臆せず源氏のもののふに名を訊ねてくるとは、豪胆な娘よ――」


 そういうものなの?

 ですが、そう言いつつも彼は私の問いに応えてくれました。


「――俺の名か? 綱だ」


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