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[01]異世界なのです

 目を覚ました私は森の中におりました。


 苔むした木の根を枕に、生い茂る雑草をベッドに。かなり長い時間そうやって横たわっていたせいか、身体の節々が小さな悲鳴を上げています。

 ゆっくりと身を起こした私は、あの日本刀(いえ、正確には日本刀らしい形をした何か)を抱えていることに気が付きました。夜中、お巡りさんに追いかけられて用水路に落ちてしまうという、あの屈辱的な状況を作り出した張本人です。


 自分の身に起こったことを思い出した私は手を頭にやり、恐る恐る撫でてみました。


 それには訳があります。意識を失う直前のことです。落ちていった先のコンクリートでできた用水路の角に勢いよく頭をぶつけ、ゴツンというかグシャリというか、視界が真っ赤な火花で覆い尽くされると同時にそんな音がして。


 それだけではありません。襲いかかる束の間の激痛。意識が飛んでいく直前には、あらぬ方向へと曲げられた頸椎が鳴らした、ボキリという音まで聞こえてきたのです。


 要するにそんな訳ですので、死んでしまっているはずなのです。でも……私の頭蓋骨は頭蓋骨の形を留めており。それどころか頭にも体にも、傷一つ無さそうなのです。


 ――あの記憶は偽り? それとも、ただの勘違いでしょうか。


 上半身を起こした私は辺りを見回しました。時折吹く風に、木々の葉や辺り一帯に生える草がサラサラと声を上げます。辺りには誰もいません。

 梢の間から陽の光が差し込みます。すっかり夜も明けたようです。


 つまりここで一晩、夜を過ごしてしまったということでしょうか?


 季節は春です。いえ、春で良かったと私は思いました。

 木々の緑は初々しい萌木色です。もし冬だったら今頃私は凍死していたでしょうし、夏だったら虫にたかられて悲惨な思いをしていたはずです。


 というか、何故私はこんな所に寝ていたのでしょう?


 おぞましい想像が一瞬だけ頭をよぎり、私は戦慄を覚えました。

 用水路に落ち気絶した私を、たまたま通りかかったヤンキーが拾い上げ――。そこからは語るのさえ憚られるお決まりのコースです。無抵抗な私は彼等に○○され、凌辱の限りを尽くされ――やがて私を弄ぶのに飽きた彼等は私を捨てるため山奥へと――。


 慌てて私は立ち上がり、そそくさと身体中をまた探りました。身につけている昨夜ゆうべと同じ色気の欠片も無い上下トレーナーは乱れていないようです。身体の何処にも痛みとか違和感はありません。どうやら、アラサー女の有難くも無い貞潔は守られた模様です。


 そうですよね。見るからに貧相で不健康そうな私如き喪女が、かような心配をするなどと、おこがましいにも程があります。こんな私を前に、ヤンキーとは言え彼等がその……おっき……するはずもございません。ほっと息を付いた私が抱く変な想像に、私は一人で顔を赤らめました。


 しかし私は、改めて途方にくれました。どうやってお家に帰ればよいのでしょう。


「おーい」


 私はおずおずと声を上げました。ですが本気で人を呼ぶには、いささか弱々しい声です。あまり大声を出すのには慣れていません。それに、私の声を聞きつけ今度こそ本当にヤバい人が現れても困ります。なにしろ、声だけはいつまでも清楚で可憐な美少女だと言われ続けた私です。何か良からぬモノを呼び寄せないとも限りません。


 当然のことながら、何の応答もございません。草木の緑が相変わらず風に揺れているだけです。仕方が無く、私はあてども無く歩きはじめました。


 突然、辺りを覆うクマザサがガサゴソと音をたてました。歩みを止め聞き耳を立てる私。気のせい――? ですが再び歩きはじめると、またガサゴソガサゴソ。何やら近付いている模様です。


(まさか――熊!?)


 山菜を取りに山へと入った人が熊に襲われたというニュースは、この時期の風物詩のようなものです。身構えた私は二、三歩後ずさります。その時でした。


「がおー」


 クマザサの茂みから、それはいきなり立ち上がりました。熊さんではありません。というかこれと比べれば、本州に生息しているツキノワグマなど思わずモフモフしたくなるような可愛らしい小動物でしかありません。


 黒と茶とヌメッとした緑が入り混じった肌。2メートルは超えようかという筋肉隆々な体躯。人と獣を混ぜ合わせたような頭部。それが藪の中ですっくと屹立し、棍棒を手に私を威嚇するように荒ぶっています。

 要するにモンスターです。化物です。怪物です。魔物です。異界の住人です。


 ――はい、おめでとうございます。どうやら異世界転移のようでございます。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そうなのです。私は日本刀(正確に言いますとそれは居合刀や美術刀剣では断じて無く、模造刀ですら無いヤバい代物……それの在り方を正しく伝えようといたしますと、とても長い話になるのですが)を抱えたまま用水路に落ちて死んでしまったらしいのです。


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