74話 生き地獄……
前回の続きです! どうぞ!
湿気。 息が詰まりそうなほどの湿り気が喉を支配する。 薄暗く少しヒンヤリとした空気は、体の芯をジワジワと蝕む。 湿気と独特のカビ臭さ。 だが、それ以上に空間を支配している匂い。
コレは……
「……ウッッッ……。」
圧倒的な獣の匂い。
動物、特に家畜小屋を彷彿とさせるようなこの鼻に来る匂い。
マリンの嗅覚を襲う獣臭とカビの匂いに侵された空間でマリンは目を覚まさざるを得なかった。
そして、────────
「……何この匂い。 待って……痛っ……。」
強烈な臭いもそうだが、体に走る激痛が後からジワジワとくる。
空間魔法〈インベントリ〉を発動し、回復薬を取り出すとゆっくりと流し込むマリン。 回復薬が体に染み渡り、緑色のオーラがぼんやりと体を照らす。 痛みがゆっくりと引いていき、体の感覚がある程度戻っていく。 強烈な臭いで頭痛がするものの何とか体は動かせそうだ。
「とりあえず、オボロに……」
状況を確認するためにゆっくりと体を起こそうとするマリン。
だが、────────
「ッッッ。何これ……」
立て続けに起こる不快な出来事に嫌気がさす。
マリンの足はコンクリートのような硬さの泥……?の塊に塗れて、動かせなくなっていた。 体の激痛があったせいか始めは気づくことが出来なかったのだろう。
更には頭上に何かサワサワと感覚がある。
「……藁?」
振り返ると視覚を覆い尽くすほどの藁のベッドが姿を現す。 よく見ると、ずり落ちたような痕跡がありコンクリートのような泥が滴り、固まっているのが目に入る。
マリンはその状況と最後の記憶の断片からあらかた想像をする。
恐らく、これは何か鳥獣系の魔獣の巣……?だろうか。 コンクリートのような硬さの泥は身動きが取れないように付けられてしまったのか。しかし、状況をよく見てみるとずり落ちて幸い足だけが固まっている状態……と見ていいのかな……? 体全身よりはまだマシなのかもしれない……。
オボロやリサードの様に状況をすぐに判断できたら……と言う感情を振り払い、状況確認を続ける。
体にも若干の泥がついているが動かせないほどではないし、 右足以外は無事と言って問題は無さそうだ。
この湿気と、頭上を見上げると星空が広がっているところから、恐らく崖の下に持ち去られてしまったと考えるべきかな。
マリンはある程度状況を推察すると、「フゥ……」と呼吸を落ち着ける。
とりあえず、この場を動かなければ……
水系魔法────────
マリンは手を右足に伸ばし魔力を集中させる。
「……クリスタル・コリエンテ。」
ググッと手に負荷がかかると、魔力が水素を取り込み、体積を爆発させ水を作り出す。
だが、────────
「……削れない。 ぐぅっ……!」
水を掛け、手で擦るがやわらかくなる気配も、削れている気配も感じない。 それどころか、手の方が痛みを感じる。
「……水はダメだ……けど……。」
マリンはそこまで言いかけるが、頭を振り言葉を止める。
水で溶かすことが出来ないのならば、液体生み出す魔法を得意とする水魔法で、塩酸や硫酸などの'酸'を作り出せる。 溶かしてみるというような手もあるけど……
しかし……
「……これはダメよね。」とマリンはそこまで考えてから、思考を落ち着ける。
塊に足が埋め込まれてるようになっている以上、自分の足も危険に晒すことになる。溶かすというその案はもはや最後の選択だ。
「……ここでどん詰りかぁ。 でも、諦めていても始まらないんだからぁ……!」
自分で自分を鼓舞して手元にあった石で、塊を削る。 だが、思い切り叩きつけてもパラッと砂のようなものが落ちるだけ。 塊が削れているのか、石が削れているのかすらわからないほどの微量。
それでも……
「……えいっ! うぅ! りゃあ!」
石で叩き続けるマリン。
すると、────────
「……おねーさんはひとりなの?」
細く不気味な声が響く。
「うわあ!!!」
不意に後ろから話しかけられ、毛が逆立つほど驚くマリン。
後ろを振り返ると、ヨレヨレの白いタンクトップにボロボロの短パンを履いた少年がたっていた。 頭は坊主で、体格は貧相なものであった。 肋が浮き出ており、腕も棒のように細い。 欠けた歯で粒のようなものを咀嚼しながら、そこに立っていた。
少年はマリンの叫声に驚くこともなく、淡々(たんたん)と話しかける。
「おねーさんはひとりなの?」
「……え、君は誰?」
「おねーさんはひとりなの?」
驚きのあまり疑問形に対し、疑問形をぶつけるマリンだが、そんな事は気にもしていないようで、自分の質問に答えろと言わんばかりに繰り返す。
「……1、1人だよ……?」
「ふーん。 そなんだ。」
「……あの、君は……?」
「いしとってあげるおねーさん。」
「え?!」
少年はボリボリと何かを咀嚼したまま、マリンの前まで来るとマリンの足の前で立ち止まる。
すると、突然────────
「キャッっっ!!!」
ズボンをずり下ろし、下腹部を顕にする少年。
「な、な、何して、し、しまって!!!」
「このいしかたいけど、しょうべんかけるととけるんだ。 すごいべ?」
「え……?! しょうべん?! ちょっと……ま……」
必死に止めようとするマリンだったが、もう時すでに遅しだった。 水が跳ねる音をさせながら、少年は石に向かい尿を放出する。 すると、シュワシュワと泡を出し、急に溶けていく石。 だが、マリンにはもうそんな事どうでもよかった。
足の塊に尿をしているということは、当然足には垂れるし服にも飛ぶ。 少年の体臭と尿の臭いが嫌でも鼻腔を掠め、まるで生き地獄。 冷えていた足が暖かくなっていくのが、もっと最悪だ……。
「……ほら、もうだいしょうぶだ。 いしとけたからあしだせるがら。」
「……あ、ああ……。」
もう叫ぶ気力もなければ、動く気力も残っていない。
私……女として大事なものを失った気分だよ……。
「おれたすけたから、えらいんだよ。 'えさ'のおねーさん。」
フンッと鼻息を鳴らし、自慢げに腕を組む少年。
「……確かに、餌になりつつあったけども……。」
巣にまで運ばれてるぐらいだしね……。
「ほら、いくよえさのおねーさん。」
「……ど、どこに行くの……。 ちょっと……まって……」
腰が抜けかけ、力が入らないマリンがそう呼びかけるが、トコトコと歩き始める少年。
今力が入らな……
ツーーーっ。
尿が地面を伝って上半身にまで、進んできている。
「いやあああああ!!!」
抜けていた力が戻り、咄嗟のところで回避。
もう、嫌だ。 ここ嫌だ。 本当に無理!!! ああでも、1人も嫌だ!
もうどうにでもなって……
「待って君! ちょっと!」
そう言って、走り出そうとすると何かにつまづくマリン!
「キャーー!!!」
つまづいたものをよく見ると、明らかな人間の頭蓋骨。 よく周りを見渡すと、辺りにゴロゴロ転がっている。
こんなところひとりは嫌!!!
「待ってーー!!!」
彼女はそう叫ぶと、暗闇に消えていく少年の後を逃げ出すように追って行った。
✕ ✕ ✕
「……こっちこっち。」
「きみ! ちょっとはや……」
少年を追いかけ崖の一本道を南の方へ下っていく。 相変わらず不気味だ。 大きな骨も転がっているが恐らく人のものだろう。
あそこで助けられなかったら、私も若しかしたら魔獣に食べられていたかもしれない……
そう考えるだけで足のそこからすくみ上がる思いだった。
そんな不安がマリンにまとわりついていることも知らず、少年は転がっている石を気にせず裸足でかける。 人骨や石を踏みながらも痛そうな素振りすら見せず、駆け回るのを見て慣れを感じる。
ここに住んでいるに違いない……。 1人……で……?
「……おやあ? お客さんだか?」
「おっとーー! きただかー!」
「あ、……。」
マリンは思わず声を漏らす。
少年がぼろ小屋の前で呼ぶと、ヒゲを伸ばしっぱなし、髪も伸びて女性のロングくらいは軽くありそうな男性。 この人もヨレヨレのタンクトップを着ており、違うのはズボンの丈が少し少年より長いところぐらいだろうか。
ギョロッとした目でマリンを上から下まで見ると、歯の抜けた笑顔を見せる。
「おっとう、えさのおねーさんたすけた!」
「……コラコラ、そんな失礼な呼び方はしちゃダメだけ? すいません、うちの息子が……」
「い、いえ……。 お父様ですね……。 ははは……。」
明らかに引きつっているだろう。 そんな事は言われなくてもわかるし、なんなら自分ですらどんな顔をしているか容易に想像ついてしまう。
今だけは自分の素直さを恨む……
すると、少年の父親はマリンの体を見て頭を傾げると問いかけた。
「……なんで服がビショビショなんですかい?」
「ああ、これは……」
マリンは少年を追いかけながらも、拭いきれない不快感とトラウマものの経験をしてしまったため、何とかしようと体に魔法で作り出した水を掛けまくり、洗い流していた。
そのため、全身は濡れて水が滴っていた。
「私はハースハイト王国のギルドの魔法使いなんです。 それで、ちょっととある事情で体を少し洗い流そうと……」
思い出したくない光景が頭に浮かび、後半につれ声が小さくなっていくマリン。
「……魔法使い……?」
「え、ええ。 そうですけど……」
マリンが魔法使いだと応えると、父親が少し怪訝そうな顔をした気がした。 しかし、すぐに笑顔に戻すと頭を搔く。
「あえへぇ、そうでしたかぁ? 「おっとう……腹すいたぁ……」ほれほれ。 我慢しなさい、もう少ししたら食べれるからな。 」
そのやりとりを見ていて何か引っかかるが、マリンは彼らの体をを見て大体の察しがついた。
「……失礼なんですけど他に人はいないんですか? その……ご飯は食べれてますか?」
マリンがそう聞くと、父親はビックリした表情を見せるが、すぐにまた笑顔を見せた。
「ははは……。 私たち親子も怪物にここへ連れてこられてしまいましてねぇ。 食料なんかも無いもんだから……」
「そうだったんですね……。」
グゥとお腹を鳴らす子供を見て、マリンは何かをしなきゃという思いに駆られた。
少なくとも、この子のお陰で助けられたんだし……。
私が何とか出来れば!
「……私にも何か手伝わせては貰えませんか?!」
「おおお!」
彼女はそう言って頭を下げる。
すると、父親と初年の喜びの声が漏れ、この人たちも困ってるし……それに何よりいい人そうだと感じた。
しかし、────────
脚に悪寒が走る。
すぐさまあたりを見回すが特に変化はない。
気のせいじゃないよね……と何か胸騒ぎがするが、ここは私が不安がっちゃいけないよね。
「宜しくお願いします。」
そう言うと彼女の背中にまた悪寒が走った。
何故だかは知らないが少年と父親は心做しか笑っている気がした。
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頑張りましょう!




