08 リーニャの決闘とA級冒険者グラン
俺たちは再び冒険者ギルドに訪れていた。昨日剣の個人訓練をしてくれる人を募集したため、今日はその結果を聞きに来たわけだ。
「さすがに私たちに絡んでくるやつは、いないよな?」
「だといいのですが……あの手のバカはいくらでもいますから」
昨日ギルドに来たときに絡まれたのだが、リーニャが一瞬で倒してしまったので、さすがに今日は大丈夫だろうと思っていたのだが……俺の発言は見事にフラグを立ててしまったようだ。
「待ってたぜ嬢ちゃん達、昨日は油断したが、今日はそうはいかねえぞ」
そう言って昨日の冒険者が俺達に歩み寄ってくる。しかも今日は他に二人の仲間もいるようだ。
「マックスさん! ギルド内では魔力を使った戦闘行為は禁止です!」
昨日の受付嬢が止めに入ってくれたようだ。
「もちろんだ、何もここでやり合おうってんじゃねえ、正式な決闘でけりをつけようって話だ、逃げねえよな銀髪の嬢ちゃん」
どうやら正式な決闘では、魔力の行使が認められるらしい。
「下らないですね。私があなたの決闘を受ける理由がありません」
「なんだと!? ……へへへ、別にあんたじゃなくても、後の黒髪の嬢ちゃんに相手してもらってもいいんだぜ?」
リーニャが決闘を断ると、マックスという男は俺の方に敵意を向けてくる。
しかも俺を上から下までなめるように見てくる。気持ち悪い、鳥肌が立ってきた。
「リーニャこんな奴等の相手なんてすることない」
「すみませんアイリ、私のミスです。昨日きちんと、二度と歯向かう気が起きないほどに、叩き潰しておくべきでした」
俺がリーニャを止めようするが、どうやら俺が標的になり、ついにキレてしまったようだ。リーニャが鬼の形相というのに相応しい表情をしている。
「あ、あの……リーニャさん?」
「フフフ……安心してください、一瞬で終わらせますから」
再びリーニャに声をかけるが、どうやら俺に彼女を止めることは、すでに不可能のようだ。あのマックスとかいう冒険者は、竜の逆鱗に触れてしまった。残念だが彼には成仏してもらうしかないようだ。
「決まりだな!じゃあ隣の訓練場に移るぜ」
そうしてリーニャVSマックスの決闘が決まり、周りのギャラリーを引き連れて俺達は、訓練場に移動した。
訓練場は学校の運動場くらいの広さだ、そこの中心で二人は向かい合い、戦闘開始の合図を待っている。マックスはその手に両手剣を、そして、リーニャは両の手にナイフを逆手に持っている。その周囲には、二人の決闘を見ようとギャラリーが遠巻きに集まっている。
「では決闘のルール確認を致します! まず相手を死に至らしめるような攻撃を禁止します。それと相手が降参した場合や、気を失った時点で攻撃を加える事も禁止とします!お二人ともよろしいですね!」
先ほどの受付嬢が二人にルールを説明し、確認をとる。それに二人は頷き了承の合図とする。それにしても普通受付嬢ってこんなことまでするのだろうか。
「それでは、始め!!」
開始の合図と共にマックスが動く、重そうな両手剣を構え、凄いスピードでリーニャに突っ込んでいく、どうやら身体強化をしているようだ。さすがはCランク冒険者といったところか、対してリーニャは動かない、それどころか構えを取ってすらいない。
「がはは! 今さらになって怖じ気づいたか!」
「……」
そしてマックスがリーニャを射程に捉えると、スピードはそのままに両手剣を振り上げ、剣の重さと自信のスピードと力を乗せて、その一撃をリーニャに降り下ろす。
「貰った!!」
「リーニャ!!!」
思わず俺は、叫ぶ。だが俺の心配をよそに、リーニャがついに動く。
リーニャは両手にもつナイフを、逆手に持ちながら交差させ、受け止める構えを取る。そして誰もが勝敗は決まったと思った瞬間、マックスより降り下ろされた、恐ろしいまでの速さまで加速した刃は、リーニャの身に届く前に真っ二つに折れてしまう。
「なっ!俺の剣が折れただと!?」
そして信じられない目の前の現実に、動きを止めてしまう。
「言いましたよね、今度はあなが二度と歯向かう気が起きないほど、叩き潰すと」
そう言いながらリーニャは両手のナイフを放し、マックスに向けて両の手を向ける。すると高速回転させた直径一メートル程の水の塊を、一瞬で形成する。
「待て!!こうさ……」
マックスにが、その様子を見て降参しようと声を上げるが、リーニャはその言葉をいい終える前に、その水弾を放つ。
「飛びなさい」
リーニャが放った水弾はマックスに当たり、その回転によりマックスは錐揉状になりながら、水弾と共に飛んで行く。そして訓練場内の建物にぶつかり、ようやくその回転を止めた。
「あっあれ、死んだんじゃ……」
誰かがそう呟く、正直俺もそう思ってしまった。受付嬢がマックスに駆け寄り、その安否を確認する。
「だっ大丈夫です! ちゃんと息があります!と言うことで、勝者はリーニャさん!!」
その瞬間、ギャラリーから歓声が響く。
「うおおお!まじかよ!!」
「マックスの剣が真っ二つだぜ!?」
「それよりあの威力の水弾だろ!?」
そんな周りの歓声を浴びながら、リーニャが俺の方に歩いてくる。
「アイリ、お待たせしました」
「お疲れ様、というか一瞬すごく焦ったよ」
俺がそう言うと、リーニャは困ったように笑う。
「ご心配お掛けして、申し訳ございません。少し怒りで我を忘れていまし
た。」
「本当に容赦なかったの」
やはりリーニャは俺を標的にしようとしたマックスに、そうとうお怒りだったようだ。
「まあでも、リーニャに怪我が無くてよかった」
「私の為にそこまで心配を!?嬉しいです、アイリ!」
そう言いながらリーニャが俺に抱きついてくる。普段ならここで拒絶するべきだが、今日は俺の為に頑張ってくれたみたいだし、いいだろう。
そうして俺達は、ギャラリーの歓声を背にギルドに戻って行った。まああのマックスとかいう冒険者も生きてたみたいだし、一件落着という事でいいだろう。
そんな騒ぎも一段落し、俺達はギルドの受付にやって来ていた。昨日の受付嬢は、先ほどの件でまだ訓練場から戻ってきていないので、別の人だ。
「すいません、昨日剣の個人稽古を依頼したアイリという者なんですが」
「はい、アイリさんですね、伺っております。Cランク冒険者のカーリ氏が今回剣の指導に当たってくれます。依頼料は金貨10枚になりますが、よろしいですか?」
(金貨10枚か、まあ2ヶ月半個人的に鍛えてもらうんだし、妥当なところか)
「分かりました、それでお願いします」
「ちょっと待った!」
俺が了承した所で隣から声があがる。
「悪いなお嬢さん、隣から話が聞こえちまってね、俺は冒険者のグランって者だ。」
隣から姿を現したのは、ハーフプレートに両手剣を背負った山賊に見えなくもない、無精髭を生やした男だった。
「失礼ですが、何の御用でしょうか?」
すかさずリーニャが、俺とグランという男の間に入る。
「おっと、警戒させちまったか? 別に怪しい者じゃない、俺もお嬢ちゃんの剣の指導役に立候補させてもらおうと思ってな」
「グランってA級冒険者の『火剣のグラン』様ですか!?」
そこに受付嬢がこの男の素性を、教えてくれる。A級冒険者って事はリーニャよりも実力が上ってことか? なんでそんなすごい人が俺に? そんな疑問が俺の中に浮かび上がる。
「おう、そのグラン様だ、てなわけで銀髪のお嬢ちゃん、警戒を解いてくれるかい?」
「そんなAランク冒険者のあなたが、この依頼を受けるメリットが見当たりません」
たしかにリーニャの言う通りだ。そんな高ランクの冒険者なら、引く手あまただろう。無名のFランク冒険者の俺に剣を教えるメリットがない。
「いやあ、実はな、俺が組んでいるパーティメンバーがモンスターとの戦闘で怪我しちまってな、ただいま開店休業中なわけだ。そこにそこの黒髪の嬢ちゃんの話が、聞こえて来たってわけさ」
「つまり、暇なのですね?」
「まっ!その通りだ、どうだ黒髪の嬢ちゃん、A級冒険者の指導が受けられるなんて滅多にないぜ?」
リーニャが言うと、あっけらかんとグランという男が答える。たしかにA級冒険者に鍛えてもらえるなんて、願ってもない話だ。
「お話し中すみません、ですがA級冒険者の方の指導となると依頼料のほうが……」
受付嬢が依頼料が、高くなってしまうと暗に告げる。それはそうだろうA級冒険者なら2ヵ月半あればいくら稼げることか。
「ん? 金ならさっき話てた金貨10.枚でいいぜ、暇だったしこんな可愛い嬢ちゃんとの個人稽古だし、大サービスだ」
グランはそう言うと、俺に向かってウインクしてくる。リーニャは背に俺を隠しグランを睨み付け、俺は自身の身を掻き抱いて、思わず体を反らせる。
「おいおい、勘違いするなよ?この俺が教え子に手を出すわけないじゃないか」
(まったく信用できないんですけど!)
(ふむ、じゃがこの男の実力は恐らく本物じゃろう、短期間で強くなりたいお主にはちょうどよいではないか)
(たしかに……)
Cランク冒険者に教えを乞うよりは、この男の方が期待できるだろう。
「分かりましたグランさん、私に剣の訓練をつけてください」
「アイリ!? こんな怪しい奴を信用するのですか?」
俺が了承すると、リーニャが凄い勢いで反対する。
「大丈夫よリーニャ、これだけ騒いでいて、私に何かすればあっという間に噂は広まる。ですよねグランさん」
俺はリーニャを嗜め、グランに笑顔で忠告する。
「たは~信用ないなー、俺ちょっと傷付いたぜ……だがまあ訓練はしっかりつけてやるから安心しな!」
「よろしくお願いします。グランさん、リーニャもいいな?」
「はい、それならば……」
リーニャも渋々ながら納得してくれたようだ。
「おう! 任されたぜ!」
そんな経緯があり、夏期休暇の間俺はA級冒険者『火剣のグラン』に剣の訓練を受けることになったのだった。