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29 教会の暗躍

今回はアイリ達ではなく、三人称視点になるのでお願いします。


時は一日前に遡る。


ここはシンフォニア王国のキャンベル公爵領の町、シルカである。


丁度王家が治める直轄地と隣合っているため、物流や人の往き来も盛んで、交易の町としてシンフォニア公爵領の中でも、公都であるサンマルクスにつぎ栄えていた。


そしてシルカの町を代々治めてきたのが、コランダム子爵家である。


コランダム子爵家の屋敷は町の西側、最奥に位置しており、屋敷の周囲にはコランダム子爵家の家臣や騎士団、教会の建物等の町の主だった物が並んでいる。


交易の町シルカは他の町に比べ夜は長い、特に中心地のメインストリートは、王都から来た商人や逆にキャンベル領から王都へ向かう商人達で、賑わっている。


それでも夜半にもなれば、酒場や食事処も店をたたみ商人達も各自宿やへと戻っていき、シルカの町は静寂に包まれる。


そんな中コランダム子爵家の屋敷より、少し離れた場所に位置する教会の一室に、小さく明かりが灯っていた。



「ジスタル、準備は問題ないのであろうな」


「勿論でございますトルト様」



薄暗い部屋の中で小太りの中年の男が不遜な態度で問い掛け、それに騎士の様な出で立ちの、若い男が大仰に頷く。



「ですが宜しかったのですか? 弟君だけでなく、お父上やお母上まで巻き込んでしまいますが」


「ふんっ、父上も耄碌されたものだ。長兄である私を差し置いて、弟に次期コランダム家の家徳を譲るなどと! 母上もそれに賛同しているのだ。私には邪魔な老害でしかない」



ジスタルの問いは現コランダム子爵夫妻を慮ってーーではなく、作戦前の確認以外の意味合いはないのだが、それに対しコランダム子爵家長男のトルトは、憎らしげに家族への恨み言をジスタルに向かって吐き捨てる。



「それをお聞きして安心致しました。今回の作戦にはトルト様のご助力が必要不可欠ゆえ」


「安心しろ、今回の件は私とお前達教会側、双方に利がある話だ。いまさら話を白紙になんぞするわけがなかろう……、それよりも父上の護衛に付いているあの忌々しい化け物共は本当になんとかできるのであろうな?」



トルトは疑わしげな目で今までに何度も問答してきた懸念事項を再度ジスタルに問い掛ける。


それに対しジスタルは心得ています、と言わんばかりに不敵な笑みで応える。



「無論です。我ら聖騎士は言わば教会の剣、人に仇なす存在をこの世界から消し去るのが役目、ヴァンパイアごときに遅れはとりません。それよりも次期コランダム子爵殿、お約束通り捕らえた者達は我々教会が引き取る、と言う事で宜しいでしょうか?」


「ふんっ、何に使うか知らぬが好きにするがいい、あの様な化け物等、未來のコランダム家には不要な存在だ」



トルトはジスタルの次期コランダム子爵、と言う言葉に気を良くし、鼻を鳴らしながら「好きにせよ」と言わんばかりに、ぞんざいに手を振る。



「ありがとうございます」



感謝の言葉を述べつつ慇懃に騎士の礼を取るジスタルの顔には、醜悪な笑みが浮かべられていたが、トルトがそれに気が付く事はなかった。



▽ ▽ ▽ ▽



教会でのトルトとジスタルの密会より数刻、もう暫くすれば空が白み始める頃、コランダム子爵家の屋敷には数人の動く影があった。



「ジスタル隊長、この先の曲がり角を曲がれば、コランダム子爵の寝室のようです」



月明かりで辛うじて足下が照らされる屋敷の廊下を、早足で歩くジスタルに副官である男が声をかける。



「ああ、そのようだ。 それよりも見張りの者は片づけたのか?」


「はっ! 既に屋敷内の巡回中の騎士は処分致しました。 残るは……」



ジスタルの問い掛けに、副官の男は事務的に返事をし、そして丁度廊下の曲がり角に差し掛かる。



「あの者達でリストにあった騎士は全てです」


「そうか……」



曲がり角を曲がった先には、コランダム子爵の寝室の前で不寝番をする二人の騎士の姿があった。


ジスタルは部下の報告に短く返事をすると、一瞬で身体強化の魔法を発動させ、剣を抜き放つと、コランダム子爵の寝室に続く廊下を疾走する。


そして夜中に突然現れた不審者達に対し、不寝番の騎士達は慌てて剣に手を掛け誰何しようとするが、驚くべき早さで到達したジスタルの白刃により、騎士の一人が血飛沫を上げながら足下から崩れ落ちる。



「なっ! 貴様よくもっ……」



目の前で同僚が崩れていく中、なんとか剣を構えたもう一人の騎士も、ジスタルとは一度も剣を交える事なく呆気なく切り捨てられ、ドサリと崩れ落ちる。


再び静寂が訪れた廊下を、ジスタルの部下達が駆け寄ってくる。



「流石は隊長、この程度の者達では相手にもなりませんな」


「ああ、この程度ではシンフォニア王国の底が知れると言うものだ」



部下の賛辞にジスタルは皮肉げにニヤリと笑いながら、足下に転がる骸からコランダム子爵の寝室に目をやる。



「邪魔者は片づけた、直ぐにトルト様をお呼びしろ」


「はっ!」



ジスタルの命により、部下の一人が廊下を再び駆けていった。




▽ ▽ ▽ ▽



コランダム子爵の寝室に、この部屋の主である当主とその妻である子爵夫人が両の手と足を縛られ拘束されていた。



「トルト! 貴様いったいどういうつもりだ!!」


「ふう、これは致し方ない事なのですよ父上、あなたは耄碌されたのだ。 よりにもよって弟のケルトなんぞに次期当主の座を譲るなどと、 ……ご理解頂きたい父上、それに母上、これはコランダム家のより良い未來の為、ひいてはシルカの民達の為に私は次期当主にならなければならないのです」



激昂する実の父を哀れむように見たトルトは、処置なしとばかりに溜息を吐きながら、こんこんと次期当主に相応しいのは自分だと語る。



「ふざけるな!! そんな事誰も認めぬぞ、次期当主はケルトに決まっている、 それを臣下も民さえも望んでいるのだ!!」



気持ちよく語っている最中に自らを否定されたトルトは、一瞬顔を憎らしげに歪めたが、すぐにこれから起こる事を思いだし、今度はコランダム子爵の言葉に何も返さず、ニヤリと下卑た視線を送るだけに留めた。


いつもなら自分を否定されれば、烈火の如くわめき散らすトルトが怒りもせず、むしろ余裕さえ伺わせる態度にコランダム子爵は違和感を覚え、少し冷静になる。



「そこの者達も我が国の騎士ではないな…… その紋章、まさか教会が絡んでいようとはな」



さきほどまでは深夜にいきなり捕縛され、妻と共に床に座らされていたので、怒りで周りを見えていなかったコランダム子爵だが、冷静になりトルトが引き連れている騎士達を見やれば、自領の騎士どころかシンフォニア王国の騎士ですらない無い事に気がつく。



「ご明察ですコランダム子爵殿、 おっとご挨拶が遅れましたな、私は教会所属の聖騎士、ジスタルと申します。」



ジスタルの言葉にコランダム子爵は目を見開く。



「正気か貴様ら、わがシンフォニア王国では教会の神官を派遣する事は認めているが、聖騎士の派遣、しかもこのような他国の政ごとに介入する等あってはならぬ事だぞ」



そう、この世界での最大宗派、聖アレキサンドル教会は世界中に信徒を抱えている。そして教会は信徒を守るという名目で、世界中に聖騎士を派遣している。


その役目は凶悪なモンスター等から信徒を守る事にある、故に聖騎士には絶対的な強さが求められているのだ。


小さな国や周囲に凶悪なモンスターが跋扈する国では、教会無しでは国の存続すら危ぶまれる所も少なからず存在する。


なので教会はある意味で世界でもっとも強大な力を持っているともいえるのだ。


しかしシンフォニア王国等の大国は自らを自衛する戦力を保有しており、聖騎士の派遣は認めていないのだ、ある条件下以外……でだが。



「誤解ですよコランダム子爵殿、我々教会はシンフォニア王国の政ごとに口出しする気等毛頭ごさいません、我ら聖騎士の役目はあくまでも信徒を凶悪なモンスターから守る為、今回は我々が追っていたモンスターがこのシルカの町に入り込んだ為、トルト様より救援の依頼があった為にございますれば」



そうなのだ、聖騎士の派遣を認めていない国に他国からモンスターが逃げ込んだりした場合、その領や町の責任者から了解を貰えれば、やむ終えず聖騎士が活動することが、一時的に許されるのだ。


そんなジスタルの言葉に思い当たる事があるのか、コランダム子爵は驚愕の表情を浮かべ、再びトルトに視線を向ける。



「トルト……貴様まさか、自らが次期当主になるために我が騎士であるコンラート達を売ったのか!!」


「ふん、そもそも歴史ある我がコランダム子爵家に亜人を、しかもよりにもよってヴァンパイアを召し上げる等あってはならぬことなのです。」



コランダム子爵がトルトに問いただすと、トルトは鼻で笑いながら、それを肯定する。


トルトの答えに、コランダム子爵が再び噛みつこうとすると、扉をノックする音が聞こえ、扉が開く。



「隊長、ケルト様をお連れしました」



すると姿を現したのは、ケルトを捕縛しに行っていたジスタルの副官と部下数名、それと次期当主であるケルト・コランダムであった。


兄のトルトとは違い、体は引き締まっており騎士のような出で立ちをしている、勿論彼も両手を縛られているが、この様な事態でも臆した様子はなく、部屋の様子を目線だけでチラリと見回し、トルトでその視線を止めた。



「兄上これはいったいどういうおつもりか」


「おお、ケルトか、直にわかるとも」



ケルトの問に兄であるトルトはニヤニヤしながら答えを濁し、ジスタルに目配せをすると、ジスタルは恭しくトルトに一本の剣を差し出す。


トルトは剣をゆっくりと鞘から抜くと、月の明かりに照らし出された刀身を見て、ウムと満足そうに頷く。



「それは…… 父上がコンラートに授けた剣か……兄上あなたはまさか!」


「ほう、流石は優秀な弟だ、もうこの事態を理解したか…… そうだこの剣は凶悪なヴァンパイアが次期当主を殺す凶器だよ」



この部屋の聖騎士とトルト以外の人間、コランダム子爵夫妻は顔を青ざめさせ、次期当主のケルトは、トルトの言葉に息を飲む。



「お願いトルト! こんなことはもうやめてちょうだい!」



ここまで一切言葉を発しなかったコランダム夫人が、悲痛な声を上げるが、しかしトルトはそれをせせら笑うように剣を構える。



「勘違いしないでください母上、あくまでもケルトの命を奪うのはヴァンパイアであるコンラートですよ、そうであろうジスタル? 」



「まさにその通りです。 我々が到着した時にはすでに遅く、コランダム子爵夫妻と次期当主様は、遺憾にも凶悪なヴァンパイアによって討たれた後にございました。しかし唯一コランダム家のご長男であらせられる、トルト様の救出に間に合ったことは正に奇跡、神の御導きでしょう」



トルトがジスタルに向けて顎をしゃくると、ジスタルはニコリと頷くと、まるで舞台俳優もかくやという様子で、これから起こる惨劇を歌い上げる。



「では、終わりにしようか弟よ、そろそろ夜が明けてしまうのでな……」


「ふっ、貴様の様な無能が次期コランダム子爵とは笑えないな

……兄上」



トルトが剣をケルトに向け、最後の言葉を弟に掛けると、ケルトは不敵に笑いながらトルトをなじる。



「ほざけぇーー!!」



激昂したトルトは剣を力一杯ケルトの腹部に突き刺すと、ケルトは口から血を吐きながら、苦しげに膝をつき、そのまま横倒れになる。


室内にはコランダム夫人の悲鳴と、コランダム子爵の怒りの叫びがこだまする。



「トルト様、コランダム子爵夫妻はどうされます?」


「ふう、ふう、……どうせこの屋敷は無くなるのだ、そのまま放置しておけ」



弟を刺し、興奮し息を荒くするトルトにジスタルはコランダム子爵夫妻の処遇を確認する、するとトルトは未だ怨嗟の叫びと悲鳴を上げている両親を一瞥すると、興味を失ったかのように言葉を吐き捨てて出口に向かって歩いていく。


もちろん、いまさら両親に同情しての事では無い、それはジスタルも心得ているようで、「承知しました」と短く返事をし、副官に目配せをすると、それに副官が応えるようにコクりと頷く。


すると部屋の何ヵ所からか、火の手が上がる。


瞬く間に部屋が火の海に飲まれていくなか、ジスタル達聖騎士達もトルトに続き、部屋を出ていく、最後はコランダム子爵夫妻と倒れたまま動かぬケルトだけになっていた。



▽ ▽ ▽ ▽




そして同時刻、コランダム子爵の屋敷の至る所から火の手が上がり、それに気がついた使用人や臣下達が蜂の巣をつついたように、屋敷から飛び出してきていた。


そして屋敷の隣に併設されている騎士団の建物からも、異変に気がついた騎士達が飛び起き、燃え盛る屋敷を目にして絶句していた。



「隊長! 子爵様やケルト様は!?」


「コンラートか、いやまだ確認がとれんのだ。 今屋敷に侵入できる場所が残ってないか、部下達に探させているが……」



騎士団の建物からではなく、町のほうから駆けてきた数人の騎士達が屋敷の前で指揮を取っているコランダム子爵家の筆頭騎士であるボンゴに屋敷の主達の安否を尋ねるが、コンラートに振り向いたボンゴは悔しそうに現状を説明し首をふると、燃え盛る屋敷を歯を軋ませながら睨む。



「では、私達が屋敷に救出に向かいます」


「待たんか! いくらお前でもあんな炎の中に入って行けば、数分も持たずに焼け死ぬぞ!!」



屋敷に向かおうとするコンラートに、ボンゴはいくらなんでも無茶だと自らの部下を止める、ボンゴはコンラート達がヴァンパイアだという事を知る数少ない者の一人だが、それでもあの火の海に飛び込むのは無謀だと考えた。


主を助けたいのはボンゴとて同じだが、部下を預かる身として確実に命を落とすであろう場所にいかせて、大切な部下達を無駄死にさせるわけにはいかないのだ。



「隊長、ご心配には及びません、我々にこの程度炎は効きませんから」



コンラートは真剣な眼差しで隊長であるボンゴを見やる、そしてその目は自分に行かせてくれと、雄弁に語っていた。


ボンゴはコンラートの意思を組むと、ギュッと目を閉じ数瞬考え込み、目を開けるとコンラート達にだけ聞こえる声で「すまん、当主様達を頼む…… 」と呟いた。



コンラート達は頷くと、種族の特性魔法、血流操作で自身の体を強化する。


この魔法は身体強化の魔法よりも優れており、同じ力量の者同士で比べた場合、膂力と防御力が桁違いなのだ。


それに加えて、この魔法の発動中は負ったダメージを回復する能力があり、死ななければ何度でも戦えることができる。


この能力の発動中は、目が紅くなり、牙と言えるほど鋭くなる歯がヴァンパイア達がその強さ以外で畏怖される要因の一つになっている。


そして血流操作による身体強化を終えたコンラート達は、火の海と化した屋敷に一人も臆することなく飛び込んで行った。



▽ ▽ ▽ ▽




燃え盛る炎の中、ジスタル率いる聖騎士達は悠然とした様子でヴァンパイア達が主の救出に現れるのを待っていた。



「隊長、やつら本当に現れるのでしょうか」


「十中八九現れるさ、やつらにとってこの程度炎ならば命に関わる程じゃない、まあ普通の人間にはまさに地獄であろうが……」



ジスタル達がこの灼熱地獄の中平気なのは、コランダム子爵の寝室の前にある廊下に、結界を張り炎を寄せ付けないようにしているからだ。


そしてそんな話をしていると、廊下の曲がり角から予想通りの者達が現れ、ジスタルはニイっと口角をつり上げた。




コンラート達は曲がり角を曲がった瞬間、今回の騒動の犯人が目の前にいる者達だと悟った。


それは彼らの足下に転がる二人の騎士の亡骸を見たからでもなく、ましてや救出に来た自分達の主の寝室の前に彼らがいるからでもない。


因縁、そう彼等はお互いの事を知っている。何故ならばコンラート達の一族を滅ぼし、他国であったシンフォニア王国に逃げる原因となったのが、ジスタルが率いる部隊だったからだ。



「貴様は! 教会の犬どもが何故こんなところにいる!!」


「何故、とは異なことを…… お前達ヴァンパイアを捕らえる為に決まっているではないか」



コンラートが憎しみの表情を隠しもせず、ジスタルに怒りをぶつけるが、ジスタルはそれを意にも介さず飄々と告げる。



「くっ、 一族の敵、討たせてもらう!!」


コンラートはそんなジスタルの言葉に怒りのまま廊下を疾走する。


そしてジスタルは奇しくも自分達が侵入したときと、同じ場面で逆の立場にいることに気がつき、思わずクスリと笑いをこぼす。



「何を笑っている!!」


「いや、失敬なんでも無い、君には関係の無いことだ」



一瞬で間合いを詰め、コンラートが上段から振り下ろす剣をジスタルは軽々と剣で受け止める。


その瞬間、凄まじい剣と剣がぶつかり合う音が響き、あまりの衝撃に、ジスタルの足下がヒビ割れる。



「ふむ、流石はヴァンパイアと言ったところか、凄まじい力だ」


「ふざけるな!!!」



このお互いの隊長同士の打ち合いを皮切りに、荒れ狂う炎の中互いの部下である騎士達も剣を抜き放ち、戦いに身を投じた。




▽ ▽ ▽ ▽



ここはシルカの町にある小さめの屋敷であり、この屋敷の主人はコランダム子爵家の騎士団で副隊長をしているコンラートだ。


そしてまだ朝日が昇り始めたばかりにも関わらず、コンラートや彼の部下である者達も屋敷にはいない。


数人のメイドが忙しなく朝の準備をしていると、何時もはなかなか起きてこない、この屋敷の主人であるコンラートの一人娘メアリーが、肩までかかる銀の髪を機嫌良さげに揺らしながら食堂にひょっこり顔をだす。



「おはよう! ねえお父様はもう起きてる?」


「お早うございますお嬢様、すみません旦那様は夜のうちに仕事にお出掛けになりました」


「え? …… そう、わかった」


答えたメイドは申し訳なさそうにコンラートが夜のうちに仕事で出掛けた事を告げる、メアリーはそれを聞き、テンションが急降下するのを感じた。


それはそうだろう、いつもは仕事でほとんど屋敷にいない父が昨晩帰宅したさいに、翌日は久々に休みが取れたので町に出かける約束をしていたのだ。


メアリーは幼いながらも、この町の騎士団で働く父を誇りに思っている、なので普段構って貰えないのを我慢していた分、今回の父とのお出掛けをとても楽しみにしていたのである。


それも相まって、メアリーは頬を膨らませプリプリと怒りながら、食堂を出て行った。



自らの部屋に戻ると、メアリーは天幕付きのお姫様が使う様なお気に入りの大きなベッドにダイブし、「お父様の嘘つきー!」と手足を子供の様にジタバタとさせながら叫んでいた、実際子供なので年相応とも言えるのだが……


そして暫く叫んでようやく落ち着くと、部屋の扉がコンコンとノックされる。



「お早うございます、入っても宜しいですか?」


「…………」



そしてメアリーが返事を返す前に扉が開き、短く切り揃えた金髪に黒の執事服の女性が中に入ってくる。


女性が執事服を着ていれば普通は違和感を覚えるが、彼女の場合その凛とした雰囲気のせいか、とても似合っているのだ。



「ステラ!? まだ入っていいって言ってないのに!」



メアリーは勝手に入ってきたステラに対して文句を言うが、本気で怒っている訳ではない、彼女は他のメイドや父の部下達には決してこの様な態度は取らないが、物心つく前から自分の世話係兼護衛役をしているステラを実の姉の様に慕っているのだ。


つまりは甘えているだけである。



「メアリー髪を結うのでここに座って下さい」


「……わかった」



さきほどまで怒っていたが、案外素直な反応のメアリーにクスリと微笑みながら、ステラはメアリーの銀色の髪をブラシでとかしていく、そしていつもの様に少し高めの位置で髪を結び、ツインテールにすれば完成だ。



「ほら、可愛くできましたよ」


「……そ、そお?」



姿見の前でそうステラが褒めてやると、満更でもなさそうにメアリーはもじもじしている。


勿論ステラもお世辞ではなく、本心で言っているのだが、あまりにも単純すぎて少し心配になりつつも、素直で可愛い小さな主を微笑ましく見つめていた。



そして着替え終わったメアリーは、いつものように食堂でステラや他のメイド達と朝食を食べていると、食堂に慌ただしく男が駆け込んできた。


いきなりの事態に、ステラや他のメイド達はメアリーを庇うように構えていたが、駆け込んできたのが自分達の同僚だとわかり、一瞬警戒をとくがその男の所々焼けた服や傷を見て、再び場に緊張がはしる。



「何があったの?」


「はぁ、はぁ……、まずい事になった」



この場を代表してステラが問いかけると、息を整えた同僚が要点だけをかいつまんで、今の状況を素早く説明し始めた。



そして状況を理解すると各々がバタバタと動き始める。


メアリーは詳しくは理解出来なかったが、大好きな父やその部下達に良くない事が起こった事だけは分かり、目に涙を浮かべていた。


そんなメアリーにステラは優しく声をかけ、この屋敷から逃げなければならない事を説明するが、幼い彼女は父と離れたくなく首を縦に降ろうとしない、だが無情にも時は待ってくれず玄関の方から扉が破壊されたであろう音が、食堂に響きわたる。



「ステラ! お嬢様を連れて裏口から町を出なさい!!」


食堂にいたメイドの同僚に促され、ステラは一つ頷くとメアリーを抱き上げ、裏口に急いでまわる。


そして裏口を出ると、最初に食堂に飛び込んできた男の同僚が待っていた。


そしてステラに二人分のマントを投げ渡すと、逃走用であろう馬を指差す。



「俺達が時間を稼ぐから、その隙になんとか町の外に脱出してくれ」


「ええ、お嬢様は私の命を懸けて護ってみせる」



ステラと同僚の男はお互い頷き合うと、男は再び屋敷の中に、そしてステラは馬に乗り自分の前にメアリーを座らせると、手綱を握りしめその場を後にした。



「ねえステラ、お父様や屋敷のみんなは無事よね?」


「……ええ、勿論です、旦那様も屋敷の者達も強いですから」



メアリーの問いかけに、なんとか笑いながら返せたことにステラはホッとため息を吐く、正直かなり引きつった顔をしていた自覚はあるが、幸い自分の前に座るメアリーに顔を見られずに済み、内心安堵する。


正直、同僚から教会の聖騎士の話を聞いたステラは生きた心地がしなかった。当時は幼かったが奴等に一族が蹂躙された時の事は今でもハッキリ覚えている。


だが、だからこそ妹の様なメアリーを絶対に護るんだと、ステラは怯える自らの心を叱咤する。



「メアリー、もうすぐ町の門を抜けます、ここから暫く馬で走りっぱなしになりますが頑張りましょう」


「うん、私がんばる」


「……いい子です」



シルカの町の門に差し掛かり、ステラがメアリーに声を掛けると、彼女は震える声でそれに応える、幼いながらも気丈に振る舞う小さな主人に逆に元気付けられ、さらに速度を上げ、シルカの門を潜り抜けた。


すると町を出ると同時に、後ろから追従してくる者が二人、馬に股がりマントで姿を隠しているが、間違いなく教会の聖騎士だろうとステラは確信した。


予想はしていたが、追手がかかったことに思わずステラは舌打ちをし、一瞬剣の柄に手をかけたが、頭を振りメアリーを逃がす事を最優先にするため、ステラは再び視線を前に戻し、馬の限界まで速度を上げ大地を駆けていった。





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