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16 忍び寄る影

ノック男爵や教会の件が落ちついてからは平和だった。朝から冒険者ギルドの訓練場でグラン師匠に剣の稽古をつけてもらい、魔法の方もミューに相談しながら自分なりの使い方も試行錯誤している。


そして夜にはリーニャによる、貴族としてのマナーや教養を学び直すという名目で、教えてもらっている。


時間に余裕がある時は、教会にお土産を持ってルナ達に会いに行っている。

その際のお土産は、ほとんどと言っていいほど食べ物だ。そのおかげか東地区の商店街は、ほとんど顔見知りの店ばかりだ。


今日はルナ達に会いに行くので、精肉店でいつもの肉を注文する。



「お待ちどうさん! アイリちゃんとリーニャちゃんは今日も教会にいくのかい?」


「はい、そのつもりです」


「そうか! ならこの豚肉も持ってきな!」


「いつもすいません、ありがとうございます」



肉屋の店主は「いいってことよ!」と言って、注文した物とサービスでくれた肉を包んで渡してくれる。


俺が教会に大量に食べ物を持って行っている、という噂がいつの間にか広まり買い物をすると商店街の店主達は、子供達にといろいろサービスしてくれるのだ。


俺達は店主に礼を言って、いつもの道を通り教会に向かう。



「もう学園に戻るまで1週間か、気が重いなー」


「……ですが今のアイリであれば、大丈夫だと思います」


「まあ剣の腕も魔法の扱いも、結構上達したしな」


「そういう事ではないのですが……いえ、なんでもありません」



学園に戻って王子の刺客に襲われる、なんてな事が起こったとしても、今の俺なら勝てなくても、逃げることくらいはできるだろう。リーニャは心配してくれてるようだが、ミューもいるので最悪の場合は転移で逃げよう、そして冒険者として生きていけばいいのだ。


そんな学園に戻ってからのシュミレーションをしていると、もう見慣れてきたいつもの教会が見えてくる。ここに通えるのもとりあえずはあと数回だ。

後は無事に学園を卒業してからだろう。



「あれ? なんかみんな教会の外に出てきてる」


「なにかあったのでしょうか?」



なにやら慌ただしくしており、俺達に気がついた男の子がこちらに駆け寄ってくる。よく顔を見れば泣きそうな顔をしている。俺は嫌な予感を覚えながらも、こちらに向かってくる子に歩み寄る。



「姉ーちゃん!」


「落ちついて、どうした?」


「るっルナがさらわれちゃった!」



その言葉を聞いた瞬間俺は頭の中が真っ白になってしまう。男の子はついに泣き出してしまい、必死に説明してくれているが要領得ない。なんとか情況を知ろうと、教会の方に視線を向けるとシスターがこちらに走ってきていた。


いつも優しげな笑顔のシスターはそこには無く、顔を青ざめさせて余裕の無い表情だ。



「シスター! ルナがさらわれたって!」


「はい、先ほど買い物に出かけたのですが……」



シスターの話を聞くと夕食の買い出しに行っていたルナと先ほどの男の子が帰り道に男に襲われ、ルナを連れ去ったらしい。俺は必死に頭を巡らせる。

ここ最近でルナに関わった人物といえば……あのルナに絡んできたガーマンしか思い浮かばない。



「リーニャたしかガーマンって……」


「はい、ノック男爵の件で現在捕まってるハズです」



だとすると違うか……でもそれ以外にルナに関わった人間に心当たりがない。



「リーニャ衛兵を集めて東地区全体を捜索させ……」



俺がキャンベル家の名前を出し、ルナを捜索させようとリーニャに伝えようとしたとき、教会に猫の獣人の女の子が飛び込んでくる。



「シスター! ルナがいた!」



女の子の言葉にこの場にいる全員が振り向く。ルナが見つかり一瞬安堵したが、次の女の子の言葉に凍りつく。



「でも、冒険者ギルドの前で人質に取られてる!」


シスターや子供達もルナが人質に取られてるという事を聞いて、顔が真っ青になっている。何故ルナが、と……。俺は先ほどの予想が間違ってなかったと確信する。


ルナを人質に冒険者ギルドにいるという事は、おそらく自分を叩きのめした俺を探しているのだろう。俺は自分の予想が最悪の形で当たってしまい、思わず拳に力が入る。



(くそっ! あのやろう俺に用があるなら直接来いよ! ルナを巻き込みやがって……)


「リーニャ、ミュー! 冒険者ギルドに向かうぞ!」


「はい!」


「うむ、ではギルド近くに転移するぞ!」



俺はすぐさまミューの転移で冒険者ギルドに向かう事にする。今は時間が惜しいので、人目など気にしていられない。



「シスター達はここで待っていてください、ルナは私達が絶対に助けます」


「アイリさん……ルナの事をお願いします!」



俺はシスターに頷き、急ぎ転移で冒険者ギルドに飛んだ。




冒険者ギルドより少し離れたら位置転移した俺達は、すぐにルナを見つける事ができた。ギルド入り口前にやはりガーマンがおり、ルナに剣を突きつけて叫んでいて、周りには衛兵が何人か倒れている。どうやらガーマンに倒されたようだが、奴にそれだけの強さは無かった筈だが……。


そしてガーマンを取り囲むように、残った衛兵や、グラン師匠達が陣形を組んでいてそれを遠巻きにその他の冒険者や一般市民が見守っている。どうやらグラン師匠達はルナを人質に取られていて、攻めあぐねているようだ。



「くっ黒髪のぉ女冒険者を出せぇ! さもなくばぁこの亜人のガキの命はねえ!」



ガーマンの様子がおかしいが、今はそんなことどうでもいい、あいつは絶対に許すわけにはいかない。もう二度とルナに手を出せないように、今度こそ確実にあいつを潰す。



「まずいの、あのガーマンとか言う男、悪魔憑きになっておるの」


「ミュー悪魔憑きって何なんだ?」


「悪魔憑きとは、悪魔に力を与えられた者の事じゃ。本来ほとんど魔力を持たなかった者でもその力で魔法が扱えるようになる。じゃが無理やり悪魔の力で魔法を行使するのじゃ、その代償はでかいの」



どうやらガーマンは、悪魔の力を得て牢屋を脱獄して来たようだ。通りでグラン師匠達が攻めあぐねている筈だ。以前のガーマン程度の男なら余裕で対処できていただろう。


だが今の俺であれば、対処できる筈だ。速さならすでにグラン師匠を越えている自信がある。それにこれ以上あの状態のガーマンを放置するとルナが危険だ。



「リーニャとミューはここで待機していてくれ」


「ですが……ミュー様、転移の魔法でなんとかなりませんか?」


「無理じゃの、転移後は一瞬じゃが動きが止まる。本来戦闘には使えん魔法じゃ」



ミューの言葉にリーニャは悔しそうにうつむく、やはり俺が出向きどうにか隙をついてルナを助け出すしかない。



「お嬢様……お止めしても無駄なようですね」


「ああ、ごめんリーニャ、でもルナは絶対に助けるから」


「それに今のお主なら問題ない筈じゃ」



俺はリーニャを嗜めルナの元に歩き出す。そして人込みを掻き分けて冒険者ギルドの前に出ると、ガーマンも気がつきこちらに向き直る。



「私に用があるんだろう? ならその子は離せ」


「よっようやく現れたかぁ、待ってたぜぇ」


「アイリお姉ちゃん……」



ガーマンは俺の姿を見つけると口角をいやらしく上げる。奴の目は黒く染まり、本当に悪魔のようだ。ルナは恐怖のあまり震えているが、見たところケガはないようで、ひとまず安心した。



「アイリか、奴は悪魔憑きだ。風の魔法を使うし身体強化までしてやがる。半端な攻撃じゃあこっちがやられちまうし、かと言って魔法を使えばあの娘さんも巻き込んじまう」


「大丈夫です。私に任せて下さい、ルナは絶対助けます」


「アイリーン様!? 危険です何故このような場所に!」



グラン師匠と話していると近くにいた衛兵が俺に気がついてしまう。だが今は緊急時なので、考えても仕方ないだろう。それに説明している暇もない。



「あの子は私の友人です。これ以上の手出しは不要、これは命令です」


「しかしっ……」



俺が手を出すなと命令すると、それでもこの衛兵は食い下がろうとするので、視線で黙らせる。申し訳ないが、今はルナの身の安全が最優先だ。俺がさらに一歩踏み出すとガーマンが再び叫びだす。



「このぉくそガキとお前に会った日からぁ、おっ俺の人生は散々だ。この東地区の商会を取り仕切っていた俺様がぁ、いっ今やただの犯罪者に成り下がった! だからぁせめて俺を殴った偽善者冒険者に復讐してやろうとこの力を得た! 存分にぃ味わうがいい!!」



ガーマンは剣に風を纏わせると、勢いよく俺に向かって剣先を突き出す。するとそこから風の刃が飛び出し、俺を襲う。


だが俺も剣に風を纏わせ、飛んできた風の刃を切り裂く。そしてさらに全身に風を纏わせ、一瞬でガーマンとの間合いを詰めて奴の懐に入る。ガーマンが目を見開いて驚いているがもう遅い。


俺はガーマンが突き出した剣を引き戻す前に、奴のルナを抱えている方の肩を剣で貫く。ガーマンはあまりの痛みに顔を苦痛で歪ませ、ルナを手放す。



「ぐうっ!? きさまぁああああ!!」


「これがルナの分だ!」



そして俺は怒りで声を荒げ、その悪魔のような黒い瞳で俺を睨みつけるガーマンの顔面に、身体強化した拳を打ち込み奴は勢いよく地面に叩きつけられる。


起き揚がってこないので、どうやら倒せたようだ。全力で殴ったが悪魔の力のおかげで死んではいないようだ。まあどの道ここまでやってしまったら死罪は免れられないだろうが。



俺はルナの元に駆け寄り、無事を確認する。すると突然グラン師匠が叫ぶ。



「アイリ後ろだ!!」



そこには体がさらに一回り大きくなって、筋肉が膨れ上がり体のいたる所から血を噴出させたガーマンが、剣を振り上げていた。


そうこの時の俺は悪魔憑きの人間の頑丈さしぶとさを分かっていなかった。油断と言ってもいいだろう、強くなったと心のどこかで俺は慢心してしまっていた。



「死ねぇーー!!」


(しまった! 間に合わない!!)


「やめてぇー!!」



ガーマンが俺に剣を降り下ろした瞬間、ルナの悲痛な叫びと共に光が走り、ガーマンの剣が光の盾によって防がれる。


そしてその隙に俺は素早く剣に炎を纏わせ、ガーマンを切り裂く。



「はぁああああ!!」


「がぁああああ!!」



煙を上げながらガーマンは地面に肩から崩れ落ち、起き上がってこない。今度こそ本当に倒せたようだ。

そして周囲からは、歓声が巻き起こりすごい騒ぎだ。



「アイリお姉ちゃん!」



ルナの声がし再び向き直ると、ルナが勢いよく俺に抱きついてくる。ルナの顔を見ると涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。相当怖かったのだろう、それにしても先ほどの光の盾はやっぱりルナなんだろうか。



「ルナ怪我はない?」


「うん、アイリお姉ちゃんが助けてくれたから大丈夫だよ」


「そっか、本当によかった。じゃあシスター達の所に帰ろう」



俺がそう言ってルナの頭を撫でてやると、「うん」と言って俺に抱きついたまま、顔を押し付けて泣きじゃくっている。今はこのままにしておいてやろうと、顔あげるとリーニャ達やグラン師匠達がこちらに駆け寄って来ていた。



「アイリ無事ですか!?」


「ああ、なんとか大丈夫」


「あの時は流石に焦ったぞ」


「まったくじゃ、肝を冷やしたぞ」



リーニャとグラン師匠、それにミューにもかなり心配かけてしまったようだ。後で改めてちゃんと謝っておこう。


グラン師匠達には「助けてやれなくすまん」と逆に謝られてしまった。

俺が勝手にやったことだし、ルナも無事だったのて、問題無いですと言っておく。


そしてガーマンの方は、衛兵に捕らえられているようだが、まだ生きているようだ。本当にしぶといな、等と考えていると、どこからか男の笑う声がこの冒険者ギルド前の広場に響く。



「ふはははは! せっかく私が復讐の機会を与えて、力までやったと言うのに、逆に伸されてしまうとは情けないやつめ。やはり資質のない者に力を与えても、無駄だったようだ。体も負荷に耐え切れず、朽ちかけているではないか」



声のした方に注意を向けると、そこには空中に浮く紳士服姿の男がいた。

黒い尻尾のような物を機嫌よさげに振っている。耳は尖っており、眼球は黒く染まっていて、瞳の色は赤い。


その心の底まで響くような声は、この広場にいる人間に恐怖を与え、先ほどのまでの歓声が無かったかのように、静まり返っている。



「このまま終わってしまっても興醒めだ、それに人間との契約とはいえ悪魔である私が、それを反故にするわけにはいくまい。そこの黒髪のお嬢さん、貴女もそう思うだろう?」



自分を悪魔と言った男が、そう言いながら俺にその赤い瞳を向けてくる。

その瞬間体中に寒気が走る。俺の腕の中にいるルナも恐怖を感じてか、震えている。



「次はお前が相手をしてくれるのか?」



なんとか恐怖を押さえつけて応えると、悪魔は再び笑い出す。



「ふはははは! 私が直接人間の相手などするわけがあるまい。なので代わりに準備していた札を一つ切らせてもらうとしよう」



悪魔がそう言い指を鳴らすと、都市の外、森の方角から凄まじい咆哮がこの辺り一帯に響き渡る。



「では名残惜しいが、私はそろそろおいとまするとしよう。巻き添えは御免なのでね、では失礼するよ」



悪魔は最後に紳士の礼をとると、一瞬で姿を消してしまった。事態についていけず、呆然としているとグラン師匠が慌てた様子で、周囲に呼び掛ける。



「全員ここから退避しろ!! 今すぐにだ!!」



エマさん達も周囲に避難するよう、走り回っている。だがその行動もむなしく、大きな翼を羽ばたかせる音で、この広場にいる人間全員が先ほどの凄まじい咆哮の主を、上空にてとらえる。



大きさは15メートルはあるであろう体躯、全身が黒一色で覆われ大きな翼と尾を持つ伝説上の生物、そしてその大きな瞳が獲物を捉えると、獰猛な牙が光り、再び大きなな咆哮を上げる。



「ドラゴン……」




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