13 悪党に正義の鉄槌を!
俺達は教会を後にし屋敷に戻ってきていた、すでに太陽は完全に沈み、屋敷の周囲は所々に松明の明かりが、ポツポツと見えるだけだ。
「お嬢様のご注文の物を用意致しました」
「ありがとう、リーニャ」
リーニャには黒色の華美過ぎない、シックなドレスを用意してもらった。
今回は冒険者アイリとしてではなく、アイリーン・キャンベルとしてノック男爵の屋敷に訪問するためだ。
もちろんアポなんて取ってないし、普通ならこんな夜更けに貴族の屋敷に訪問など有り得ないだろうが。
「ではお嬢様、お着替えを……」
リーニャは俺の背後に回り込み、俺が着ているネグリジェを肩の部分から、はだけさせるようにゆっくり脱がしていく。
「リーニャ……もっと普通にできないか?」
俺は後ろを振り向きリーニャを睨む。
「すみませんお嬢様、こんなメイドはお仕置きですね」
は? この子は何を言ってるんだろうか? リーニャは頬を赤く染め、期待の眼差しで俺を見ている。
「リーニャは何を言ってるんだ?」
「お忘れですかお嬢様、本日教会で帰ったらお仕置きをしていただけると、おっしゃったではないですか」
うん、たしかに言った。でもこれは明らかにこれからお仕置きされる人間の顔ではない、ご褒美を待つ犬のようだ。
「わかった、リーニャお仕置きだ」
俺は久々にリーニャのおでこに、チョップをくれてやった。
もちろん愛をたっぷりと込めてだ。
「うぐっ……やはりお嬢様の愛は痛いです……」
リーニャはおでこを押さえながら、恨みがましい目で俺を見ている。
まったく、これからノック男爵の所に行くのに緊張感のないやつだ。
「まったくお主らも飽きぬの」
「それはリーニャに言ってくれ」
「私がお嬢様に飽きるなど、天地がひっくり返ってもあり得ません」
ミューの言葉にリーニャが、拳を握りしめながら力説する。
いや、そろそろ飽きてくれてもいいんだが……。
「それはともかくミュー、転移行けるか?」
「ふむ、大体の場所はリーニャに聞いておる、何度か転移すれば行けるじゃろ」
今回ノック男爵の屋敷には、本人の部屋に直接転移する予定だ、一度屋敷近くまで転移し、そこからは部屋の位置はリーニャが調べてくれているので、直接転移できるわけだ。
「じゃあ行こうか」
「はい、お嬢様」
「では行くぞ!」
そしていつものように、何度か転移して景色が切り替わっていく、この世界は電気はなく松明か周囲を照らす魔道具くらいしか光源がない。
サンマルクスでは中央の商業地区はいまだに明るいが、他の地区だと所々にに魔道具の街灯のような物がある程度で、もとの世界と比べると都市とは思えない光景だ。
「どうやらここのようじゃな」
「ここがノック男爵の屋敷か……」
ノック男爵の屋敷と言ってもここは東地区にある別邸らしい、本邸は西地区にあり家族はそちらに住んでいる。
そしてこの別邸は東地区を管理するのに、西地区からでは距離があるためノック男爵と彼の部下、それに使用人が詰めているくらいだ。
「お嬢様、2階の一番右の部屋がノック男爵の居室です」
「ありがとうリーニャ、ミューあそこに転移を頼む」
部屋からは微かに光が漏れているので、どうやらノック男爵はまだ起きているみたいだ。
「準備はよいな……では行くぞ二人とも」
転移するとそこは執務室のような部屋だった。部屋を見渡すとたくさんの本や書類が見られる、そして奥の机にはノック男爵がいた。彼の手元にはスタンドライトのような魔道具があり、どうやらまだ仕事をしているようだ。
「こんばんはノック男爵、夜分遅くに失礼いたします」
「だっ誰だ貴様は!?」
ノック男爵は慌てて椅子から立ち上がり、こちらを睨み付ける。どうやら窓際に転移した為に月明かりで俺達の顔がハッキリと見えないようだ。
しかたない、俺は人差し指を立てて火の魔法を使い明かりを灯す。
「私の顔をお忘れですか? ノック男爵」
ノック男爵は一瞬目を見開いて驚く、そして何度も確認するかのように俺の顔を凝視している。
「アイリーン……お嬢様!? なっ何故こんなところに……」
ノック男爵は俺が急に自分の執務室に現れた事に驚いている。それはそうだろう、自分の部屋に音も無く人間が現れれば誰だって驚く、それが公爵家の娘となればなおさらだ。
「驚かせてすみません、ノック男爵にお聞きしたいことがありまして」
「きっ聞きたい事ですか?」
「ええ、東地区はノック男爵の管轄ですよね、あそこには孤児院がいくつかあると思いますが……一つの孤児院がここ数年援助がされていないと聞きまして、その事をノック男爵に直接お尋ねしようかと思いまして」
俺が孤児院の事について聞くと、ノック男爵は急に狼狽えだす。なんて分かりやすい奴なんだ、これは犯人はノック男爵で確定だろう。
「いえっ、あれについては……その」
「サンマルクス市の予算で孤児院に関する援助金が毎年出ているはずです」
これについてはリーニャが調べてくれた。教会の孤児院にも援助金が出ている事になっている。
「こっ、孤児院に関しては部下に任せておりまして……」
ノック男爵は部下に責任を押し付けて逃げる気だろう、だが逃がす気は毛頭ない、ルナ達を苦しめた罰は受けてもらう。
「リーニャ、この部屋に証拠となる書類か何かあるはず、探し出して」
「かしこまりました、お嬢様」
俺がリーニャに証拠を押さえるように頼むと、ノック男爵はさらに慌てだす。
「なんの証拠があって! このような横暴が許されるわけない!」
「ふふふ、ノック男爵、私が是と言えば是となるんですよ。このアイリーン・キャンベルがね、証拠が見つかればそれは、キャンベル家に対する裏切りですね」
ちょっと悪役令嬢風に振る舞ってみる。滅茶苦茶な言い分だが、このキャンベル領ではそれがまかり通ってしまう。それが大貴族、キャンベル家の力だ。
以前のアイリーンが性格が最悪でも、何も言われなかったのは、このキャンベル家の力が大きかったからだ。まあ王子には婚約破棄されているので、それも王族の前では意味が無かったようだが。
「ふっ、ふざけるな小娘が!!」
追い詰められたノック男爵が、机の中から短剣を取り出す、これで現行犯だな。
「死ね~!!」
「お嬢様!!」
ノック男爵が短剣を手に俺に向かって走り出す。そしてそれを見たリーニャが叫ぶ、だがグラン師匠に鍛えられている俺からしたら、ノック男爵の動きは遅すぎる。
俺は素早く身体強化を行い、ノック男爵が突き出した短剣をかわし、鳩尾に拳を打ち込んでやる。今気を失われると面倒なので、もちろん手加減してある。
「ぐはっ!……」
ノック男爵は短剣を落とし、腹を抱えてうずくまる。
「私を襲うなんて、もうあなは終わりですね」
「くそっ! 何だと言うのだ、なんの役にも立たない獣に使う金を、貴族である俺が有効利用してやっただけだけだ!」
「最低ですね……」
「まったくじゃの」
リーニャとミューがノック男爵に侮蔑の視線を送る。本当に救いようのない屑だ。ルナ達がこんなバカのせいで、苦しまなければならないなんて許容できない。
「なんだと!? たかだかメイドの分際で! 貴族である俺になんたる言いぐさだ!!」
俺はうずくまっているノック男爵の顔面に蹴りを入れてやると、そのまま仰向きに倒れる。ノック男爵は鼻から血がポタポタと出ているが、知ったことではない。
「くっ……貴様このままで、ぐおっ……」
俺は仰向き倒れているノック男爵の腹を踏みつける。そしてアイテム袋から剣を取りだし、ノック男爵の喉元に突きつける。
「もう口を開くな、虫酸が走る」
「ひいっ!」
ノック男爵は小さな悲鳴を上げ、顔を青くしながら顔をブンブンふって頷く。
「ノック男爵お前に選択肢をやる。ここで死ぬか、罪を全て語り今の地位を降りるかだ」
そう言いながら俺は剣ノック男爵に突きつけたまま、剣先に炎を纏わせる。
「わっわかった! 全て話す、だから命だけは!」
ノック男爵は涙目になりながら命ごいをする。まあもともと殺す気なんてなかったが、一応言質はとったし証拠もある。もう逃げられないだろう。
「では後で駆けつける衛兵に全て話してください、あと私がこの件に関わっていることは言わないように、そうすれば私に剣を向けた事は不問にしてあげます」
「いっ言う通りにします……」
その言葉を聞いて俺は剣を引く、するとノック男爵はホッとした表情になる。
「約束ですよ?」
俺が笑顔で念押しすると、ノック男爵は小さく悲鳴を上げた後無言で頷いた。
解せぬ……。
「お嬢様、ノック男爵の不正を行ったとみられる証拠書類をあらかた集め終わりました」
さすがリーニャ、俺がノック男爵にお願い事をしてる間に仕事を済ませたらしい。これでセクハラさえなければ完璧なのにと、思わずにはいられない。
まあ人間誰しも欠点のひとつやふたつあるものだ。
「ありがとうリーニャ、助かるよ」
「はい、それと町で会ったガーマンという商人や他数名も関与していたと思われます」
それは好都合、町のゴミを一掃できるわけだ。余計な手間が省けて良かった。
「そう、ならこの一件はこれで一段落かな」
「そうですね、あっ、一つだけ……」
リーニャはそう言うと周囲を見渡し、机に置いてあったスタンドライトらしき魔道具を手にとる。そして座りこんでいるノック男爵の元に近づいていく。
「なっ何だ!」
「いえ、逃げられると面倒なのであなたには眠っていてもらいます」
そしてリーニャはおもむろに、手にもった魔道具を頭上に振り上げる。
ノック男爵も今から起こることが分かって、顔をひきつらせる。
「やっやめてくっ!……」
リーニャの容赦なく降り下ろされた魔道具により、ノック男爵は気絶してしまった。俺は若干リーニャの行動に引いてしまった。
「あっあの、リーニャさん?」
「お嬢様に刃を向けて、八つ裂きにされなかっただけ、有り難く思ってください」
そう言うリーニャの顔は、先ほどよりスッキリした表情だった。よっぽどお怒りだったようだ。
「ま、まあとりあえず、ここに用はなくなったし退散しようか」
「そ、そうじゃの、それがよい」
「そうですね、では帰ったら匿名で衛兵に伝えておきましょう」
証拠も有ることだし、あとはプロに任せようと思う。今日は本当に疲れた、オークキングの死闘から始まり、ここまで長かった。流石に眠い、帰ってゆっくり休もう。
「では帰るかの」
こうして長い長い1日は終わり、俺達は屋敷に帰るとそのままベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまった。