第33回 「お願いアレックス!」
それから教室はロクサーヌのいう『堅牢』にされ、完全に外部と切り離された状態となった。
これで何者も外から入ってこれないらしい。
しばらくすると音がだんだんと近づいてきて、ロクサーヌが廊下を走っているのが見えた。
生徒たちも廊下に面した窓に鈴なりになり、それを見守った。
彼女の一挙手一投足にみなが声援を送った。彼女が殴られればみなが悲しみ、攻撃が決まれば我がことのように喜んだ。
まるで映画を見ているようだったが、そんないいもんじゃない。彼女の身は既にボロボロで、肩で息をして足もふらついているのだ。全ては俺たちが足手まといになったからだった。
正直涙が出そうだった。自分のことで精一杯だというのに、俺や生徒たちをかばった結果があれなのだ。正宗は自業自得と言うが、俺にはその一言で片付けられる問題ではなかった。
一進一退の攻防の末にとうとうロクサーヌが捕まる時がきた。化け物はその攻撃を打撃から大きな手で握りつぶすことに切り替えたのだ。それなら彼女の不思議な技術でも防ぐことができないからだ。
彼女の身が神にでも捧げられるように高々と掲げられ、美しい娘が今まさに生贄にされようとしたその瞬間、俺は体中の勇気を振り絞って背後から化け物に飛びついた。それから右手の相棒で化け物を殴りまくった。俺の手にあったのは本当に棒、モップだった。
「紙谷くん……どうしてここに?」
ロクサーヌは当然ビックリしていた。ついでに化け物もビックリしていた。
「お前を独りになんて出来るわけないだろ!」
俺はあの教室に入らなかったのだ。
化け物は最初俺の攻撃を無視していたが、流石にウザくなったのか一旦ロクサーヌを置くと、俺をその身から引っぺがした。
こう言うと本当に情けないのだがその表現がぴったりだった。
それから面倒くさそうにポイと俺を放り投げた。
少なくとも化け物から見たら優しく投げたつもりだろうけど、俺の体はそれで簡単に天井近くまで達してしまい、それから折れて先端が尖ったパイプイス目がけて落下した。
「え……」
プスッと体内から音がして、俺の体は綺麗に串刺しになった。いつかの豚の角煮みたいに何もできず、それであっけなく死んでしまった。最後の言葉もなかったしロクサーヌとの涙ながらの別れもなかった。百歳を超える曾祖父さんはまだ生を謳歌してるというのに、ひ孫の俺は簡単に命尽きてしまった。そして次の瞬間俺は少し上から自分の体を見ていた。
ロクサーヌはアッと声を漏らすと、呆然と俺の体を見つめた。
面白いのが放り投げた化け物の方も動きを止め、これまた俺の体を見ていた。
奇妙な休止が訪れた。
誰も何もしなかった。
「手を出せロクサーヌ。そろそろ堅牢も解けるぞ!」
ヘッドセットからの声でロクサーヌは我に返ると、走って化け物から距離をとった。
化け物も我に帰ると怒り狂ったように彼女目がけて突進を始めた。一歩踏み出すごとにその身が更にデカくなり、鳴り響く地響きとともに彼女を脅かした。
「お願いアレックス!」
ロクサーヌは立ち止まると右手を掲げ化け物に重ねた。
「あなたのご先祖様が大変なの。今だけでいいから愚図らず力を貸してちょうだい!」
彼女の呼びかけが通じたのか、腕の黒い靄は気流のように渦巻いて倍々に増えていった。
そして化け物が轢き殺そうとしたその瞬間、
「集結化!」
同時にパウッと砲撃の音がして、化け物の肉体は水風船のようにはじけ、余勢で二、三歩歩いたその姿は太ももから下しか残っていなかった。
堅牢が解け恐る恐る外に出てきた生徒たちが見たものは、化け物の肉片と血に染まった廊下、そして血だまりにたたずむロクサーヌの姿だった。
彼女は俺が初めて見た時と同じように、一人ポツンとしていた。
ロクサーヌはすぐに俺の元へと駆け出したが、彼女よりも先にマヤが俺の体を発見したので、彼女は遠くから見ているしかなかった。
「春樹!」
マヤが動揺して俺の体に触れようとしたが、
「触っちゃダメだ!」
正宗が慌てて止めると慎重に俺の脈拍や心音を取った。
それから力無く首を振った。
「……ダメだ。死んでる」
マヤが泣き崩れて拓実は呆然としていた。香澄も泣いてあの正宗の取り巻きたちまですすり声を上げた。
遅ればせながら女の子たちが泣いてくれたことで、なんだか本当にいい死に様のように感じられた。案外俺の死を一番冷静に見ていたのは俺自身なのかもしれない。
「ごめんなさい」
ロクサーヌが呟いた。
正宗が憎しみの目で彼女を見ていた。
「私のせいよ」
違う。
「そうだよ。お前のせいだ!」
違うんだって!
「だから言ったろ! お前が去れば済む話だったんだ!」
止めろ正宗! これは俺が勝手にやったことなんだ。俺がそうしたいと思って、そうしただけなんだ。だから彼女を責めるのは止めてくれ。彼女の気持ちも分かってやれよ!
歯がゆかった。みな、正宗に言わせ放題で誰も何も反論しないのだ。
もちろん事情を知っているのが正宗を除いて他にはいないのだから、彼らもまた責められるべきではないのだろう。
では本当に悪いのはいったい誰なんだ?
「マヤ。本当にごめんなさい……」
ロクサーヌは最後にそう言うと、抱きつくマヤを一度抱擁してから出て行った。
窓から見えた彼女は廊下で一旦立ち止まり、こちらを振り向いた次の瞬間、巨大な拳をその身に受けた。
外にもう一匹いたのだ。




