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第29回 「勘違いしないでね」

 手紙はロクサーヌからで、勉強するから自分の家に来いというものだった。


 俺は素直に指示に従った。なんとなく断ったらひどい目にあいそうだったから。


 ロクサーヌの家は大きな洋館で、思わずテンションが上がった。


「一人で住んでいるのか?」

「まあね」

「映画とかに出てきそうな建物だな。こういうところに入ったの初めてだよ」

「良かったわね」

 ここでは流石に最低限の会話はしてくれるようだ。


 これには俺も少しばかり期待をしたが、

「先生に言われたから仕方なく付き合うんだからね。そこは勘違いしないでね」

と強調されたことで、すぐにその目がないことを悟った。


 書斎に通されるとマホガニーの重厚な物書き机の前に座らせられた。

 なんだか偉くなった気がしたが、見方を変えれば死刑台に見えなくもない。


 ロクサーヌはどこからか椅子を一つ持ってくると俺の隣に座った。


 長い髪は纏められ右肩から流されていた。改めて間近で見ると息を呑むような美人だと再認識した。しかし彼女には近づかない方がいい。それは最早ジンクスのようなものだった。


「他に分からないところある?」

 それから俺たちは淡々と勉強をした。

「この公式はこっちの係数がマイナス1の時にしか使えないのよ」

 時はゆっくりと流れ、もちろん勉強は嫌だったが、こういうのも悪くはないと感じていた。

「さあ、今教えたことを元にして解いてみて」

「……こうか?」

「そう、正解」

「よし。じゃあ少し休もうぜ。ちょっと疲れた」

「ダメ。こんなんじゃ全然足りないわ。もっと徹底的に問題を解いて、体に覚えさせないと」

「なんだよ……。厳しいな」

 アッとロクサーヌの動きが止まった。


「……ごめん。こういうの嫌いだったよね」

「いや、そうでもないけど」

「え?」

「俺ってどっちかって言うとビシバシやられる方が好きなんだよね。多分Mなんだろうな」

「そうなの?」

「もちろんお前みたいな可愛い子ちゃん限定だけどね。男にやられたら百倍返しよ。うーん、『鬼教師ロクサーヌ』か。……ありだな。よし、帰りにレンタルビデオ屋の棚探してみよ!」


 ロクサーヌは不思議なものでも見るかのように俺を見ていた。


「おい、なんだよその『この人大丈夫なんだろうか』って目は」

「ちょっと心配でね」

「俺だって心配だよ」

「紙谷くん変わったよね」

「みんなそう言うな。そんなに違うか?」

「別人とは言わないけど、なんとなくね」

「でも不思議だな」

「何が?」

「変わったって言うほど俺たち付き合いあったっけ?」


 ロクサーヌが固まった。


「あ、お前やっぱりあれか。以前から俺のこと見ていて、ムーミンみたいにモジモジしてた口だろ? ……言っとくけどこれ冗談だぞ。マジに受けとんなよ」


「なんでこっちが反応する前に予防線張るのよ」

「だってお前怖いんだもん。こうやってまともに喋ってくれることすら珍しいし」

「そうかもね」

「安心しろよ。本当にそんな気ないからさ」

「そう……良かった」

 ロクサーヌは立ち上がった。


「マヤのこと大事にしてあげてね」

「もちろん」

「休憩にしましょ。お茶入れてくるわ」

 ロクサーヌは部屋を出て行った。


 ◇ ◇ ◇


「お前も色々と大変だよな」

 ある時拓実が何やら同情してきた。


「いっつもロクサーヌに挑戦しているみたいだけど、そのたびに玉砕してんじゃん。俺ならあれだけ無視されたら挫けちゃうね」


「そう悪いもんでもないぞ。最近はなんとなく話だけは聞いてくれるようになったからな。継続は力なりって奴だ」


「でもほとんど生返事じゃん。『ふーん』とか『へー』とかさ。あれならまだファービーの方が愛嬌あるね」


「いいんだよ。単に情報を共有しているだけなんだからさ」

「前向きにも程があんぞ。俺にはとても真似できないね」

 拓実は呆れたように首を振った。


 拓実は知らない。俺とロクサーヌが放課後密かに会っていることを。


 もちろんこう言うと何か色っぽいものを想像させるが、単に勉強を教えてもらっているだけなのだが。

 それでも毎日少しずつ勉強をし、少しずつ会話を重ねることで、その時ばかりは彼女も表情を変化させてくれるようになっていた。


「でもそういう時こそ気をつけなさいよ」

と香澄。

「前に私が言ったこと覚えてる? 気付かないところで彼女を傷つけたことがあるって話。実際、あの時紙谷くんやっちゃったよね。あれってつまりそういうことだったのよ」


 香澄は嫌なことを思い出させてくれた。


「春樹はなんでロキシーちゃんが泣いたか知ってるの?」

とマヤ。

「いや全然。とても訊ける状況じゃないしね。マヤは訊いたことあるのか?」

「うん、一応ね」

「なんでそれを今まで言わないんだよ。それで彼女なんだって?」

「あの後ね、春樹の代わりに謝ってそれで、あ、春樹ロキシーちゃんに謝ってないでしょ」

「しょうがないだろ。チャンスがないんだから。今度必ず謝るから取り敢えず謝ったと仮定して話を続けてくれ」

「約束だよ。それでね『ウチのおバカさんがごめんね』って謝ったら——」

「おい。もうちょっとましな謝り方なかったのかよ」

「ちょっとー、代わりに謝ってあげたのに文句言うの?」

「いや、文句というか改善要望を出してるだけで……」

「じゃあちゃんと謝ったと仮定して、そしたらロキシーちゃん『彼が悪いんじゃなくて、ちょっと昔のことを思い出してた時にその人に言われた言葉を言われたから、それでつい』って。まあ要するにタイミングが悪かったのね」


「ほら見ろ。俺のせいじゃないだろ!」

「昔のことって彼氏のことかな?」

「かもね。少なくとも女性ではないはず。紙谷くんとダブるはずがないからね」

「おい、俺の話を聞けよ!」

「春樹、ちょっとお口閉じててね。私たち今大事なお話してる最中だから」

「俺の名誉がかかってるんだぞ。俺のせいじゃないなら、あの涙も引っ込めてもらわなきゃ気が済まない!」


「ねえ、もしかしたらあの時彼女が見ていたスマフォって」

「いい勘してるな香澄。恐らくその男の写真かメールでも見返して色々浸ってたんだろ。確かにあの笑顔はそう考えると辻褄が合うからな」

「そこに春樹が邪魔に入ったの? もう、バカ春樹。いっつもタイミングが悪いんだから」


「結局紙谷くんのせいってことか」

「だな。そういやこいつの電話っていつも用を足してる最中にかかってくんだよ。狙ってんじゃないのかってくらいにドンピシャでな」

「いやいや、俺ちっとも悪くないじゃん。トイレに入ってる人に電話かけたら犯罪になるのかよ。なあマヤ?」


「私は嫌だな」

「俺だってもちろん嫌ではあるよ」

「じゃあ謝ってきて」

「これ以上しつこいともう弁当食べてやんないぞ」

「あらまあ。こんな脅し方する人、初めて見たわ」


「俺が謝っても根本的な解決にはならないだろ。要するにその写真だかメールだかの相手が悪いんだから、そいつに責任とらせればいい話だ」


「何を考えてるのか知らんが止めとけよ。これは彼女の問題だぞ」

「そうもいかないだろ。女の子が一人寂しく泣いている。それだけで首を突っ込むには十分なのさ」

「あら、まるで正宗くんが言いそうなセリフね」

「俺のオリジナルだ。真心から出た真実の言葉だ」

「絶対パクリだぜ」

 三人はクスクス笑った。


「とにかくそいつを見つけ出す!」

「どこの誰なのかすら分からないのに?」

「策がないわけじゃない」


 そう。方法は色々とあるはずで、俺はまず一番簡単な方法から試してみることにした。

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