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第28回 「ロクサーヌちゃんの心の声」

「おう、紙谷。今日もちゃんと起きれたようだな」

「もちろんですよ先生」

「期末テストも近いし、その調子で夏休みまで頑張れよ」


 俺がこの二週間、きちんと出席していることがよほど嬉しかったのだろう。ここ最近の幸田はひどく機嫌が良かった。


 まあそれはいい。しかし……。

 俺はそっと辺りを見回した。


「良かったね春樹くん」

 正宗が振り向いて言った。

「あの調子だとテストの点が少々悪くても、通知表の方はなんとかなりそうじゃないか。どうだい。テストが終わったら、息抜きに女の子たちを誘ってどこかに遊びに行くってのは?」


「あんたは自分の頭の蝿でも追ってなさいよ」

 隣の席のロクサーヌが言った。

「特に歴史の成績は目も当てられないでしょうからね。ご自慢の国語でどれだけ挽回できるか、今からジャムおじさんにでも祈ったほうがいいんじゃないの?」


「ハハ、見ろよ春樹くん。今日も彼女はご機嫌斜めのようだ。君には同情するよ。ニコリとも笑わない鉄仮面が隣に座っているんだからね」


「あんたがつまらないことばかり言うから笑えないだけよ」


「荒野に花が咲かないからって、種を蒔く人を責めないでくれ。気にする必要はないよ春樹くん。君の豆乳石鹸の話、女の子たちにしたら大受けだった」


 前々から思っていたんだが、なんなんだこの席は……。


 おれの席順は最悪だった。


 自身は窓際の一番後ろに位置し、前を正宗、右をロクサーヌにがっちり囲まれ、彼らは朝から晩まで俺を挟んで喧嘩をしていた。頭越しにすることもあれば、俺をダシに嫌味の応酬をすることもあった。


 しかしこいつらの機嫌を損なうことはできない。先日の一件から察するに、こいつらを怒らせて得になるようなことはなにもない。


 喧嘩の勝敗には少し興味があったがそれを訊く機会は中々訪れず、ついでに言えばロクサーヌには謝るチャンスもまたなく、そのまま微妙な関係が続いた。


 更に最悪なのが彼らの取り巻きたちである。


 正宗の取り巻きに加え、例のロクサーヌ大泣き事件以来、どこに潜伏していたのか彼女のファンの男どもが現れて、彼女をガードするように仕え出したのだ。

 

 もちろん主に俺からガードする為だ。


 だからこの両グループがやってくると俺の平穏は簡単に崩れた。

 仕方ないのでマヤたちの席に避難するか、それが無理なら机に伏せて寝た振りをした。彼らの視線をヒシヒシとつむじ辺りに感じて、このままいったら本当に電波を受信できるようになりそうだった。


 昼休みはマヤたちのところに行きたかったが、何故か正宗が勝手に俺の席に自分の席をくっつけて弁当を食いだしたので、どこにも行けずそれが当たり前となってしまった。


 またいつも機嫌が悪いはずのロクサーヌも決して他に行かず自席で弁当を食べるので、俺たちはいつも三人とその取り巻きで弁当を食べるようになっていた。


「春樹の席の辺りってさあ、なんか怖いよね」

 マヤは俺の席に近づくことが少なくなり、それでも弁当だけは欠かさず作ってくれたので、はたから見ると仕出しの弁当屋みたいだった。


 ◇ ◇ ◇


「それは何を食べてるんだい?」


 ある日、弁当を食べていると正宗が訊いてきた。


「これか? これは豚の角煮」

「へー、美味しそうだね」

「中々美味いぞ」

「マヤちゃんが作ったんだよね。羨ましいな」

 正宗はじっと角煮を見た。


「一つ貰えないかな?」

「いいぞ」


 ああと一斉にため息が起きた。


 どうやら女子たちが自分の弁当から角煮を探していたらしい。

 恐らくほとんどの奴は母親が作っているのだろう。ご飯やおかずをひっくり返してあちこち角煮を探していたが、いくら探してもないものはないのだ。


「ついでにコーヒーも飲むか?」

 俺は水筒の蓋をキュッと回した。


「いいの?」

「ただしブラックだぞ」

「ミルク入ってないの?」

「言ったろ。俺はブラック派だって。マヤには胃に悪いからミルクくらいは入れた方がいいと言われるけど、入れたら飲まないと言ってあるからね」

「そうか。まあ分けてもらう身で贅沢は言えないね」


 俺は正宗に角煮を一つやるとコーヒーを注いでやった。

 それから少し考えて、もう一つの角煮をロクサーヌの弁当の蓋の上に置いた。


「おい!」

と取り巻きの一人がいった。


「これは何だ?」

「豚の角煮だけど」

「そんなことは分かっている。一体どういうつもりだ!」

「いや、食べるかなと思ってね」

「それならそうと訊けばいいだろ!」

「どうせさらっと無視されるだけだし」

「無視されたらそれはいらないと言うことだろ!」

「でもあげないとあげないで機嫌が悪くなるし」

「それはロクサーヌちゃんの心の声に適切に耳を傾けないからだろ!」

 知るかよ。


「だから取り敢えず置いたんだよ。いるんだったら食べるだろうし、いらないんだったら残せばいいだろ」


 そんな間抜けなやり取りを経て、さて肝心のロクサーヌはと言うと、徐にフォークで角煮を突き刺すとポイと口の中に放り込んだ。


 それを合図に男たちも一斉に角煮を探し出した。

 幾人かの弁当にはそれがあって、次々に蓋の上に置かれていった。恐らく彼らもその日ほど母親に感謝したことはないだろう。


 ただしロクサーヌはそれらには全く口をつけなかった。彼女はいつも少食なのだ。


 とは言え一応感謝はするようで、一言男たちに向けてこう言った。

「みなさん、ありがとう。とても、嬉しいです」

 たったそれだけの言葉で感激するのだから安いもんだ。


 ◇ ◇ ◇


「最近彼女どんどん増長しているね」


 午後の授業中、徐に正宗が言ってきた。もちろんロクサーヌには丸聞こえだった。


「さっきのどう思う? まるでどこぞのお姫様みたいじゃないか」

「ああ、どうりで気品があると思ったんだよ」


 俺はなるべく機嫌を損なわぬよう取り繕ったが、彼の攻撃は休まることを知らなかった。


「いやいや、あれは単にワガママっていうんだよ。見ただろ残された角煮の山を。あれ一つ一つが豚さんのお肉からできているんだよ。食べて供養してやるのが人間の義務ってもんだろ。君はあれをもったいないとは思わなかったのかい?」


 詰め寄られて思わず、

「まあ」

と言ったのが運の尽き。


 ロクサーヌは授業中だというのに構わず弁当箱を取り出すと、先ほど残した角煮を食べだした。


 そこですかさず正宗が手を上げる。

「先生。ロクサーヌさんが遅弁してます。角煮です。角煮を食べてます」


 しかしそこはロクサーヌもさるもので、即座に潤んだ瞳を作ると口をモゴモゴさせながらこう言った。

「すみません。お腹が空いたもので。すぐに済ませます」


「まあ、人間誰しも腹は減るからな」

 それだけで許された。


 後に残ったのは(ほほ)をリスのように膨らませながら勝ち誇った顔をするロクサーヌ。


 これだから顔のいい奴は……。


 総合的に見れば彼らの喧嘩は子供っぽく、実害と言えるものはまだないのだが、流石にある日俺もうんざりして手を上げると、

「先生。席変えてください」

と言った。


「ダメだ」

 幸田は即答した。


「もっと黒板に近い方がいいんですけど」

「そんなに勉強したいなら、正宗とロクサーヌ。すまんが紙谷の世話をしてやってくれ」

「もちろんです。親友ですから」

「はい」

 二人は当然のように頷いた。


「そういう訳だから二人の言うことをよく聞いて勉強しろ。そいつら二人とも学年で五指に入るからな。因みに紙谷、お前の中間の成績は百番ぐらいだったよな」


「必ず期末の順位は三十番以内に入れてみせますよ」

 正宗は胸を張り俺は頭を抱えた。


「私なら二十番以内に入れてみせます」

 何をトチ狂ったのかロクサーヌまで張り合いだした。


「まあ僕がやったら三十番以内に入るのは決定事項として、実際の目標は十番以内ですよ」


「ハハ、二人とも頼もしいな。良かったな紙谷。お前もいい友達に恵まれたようだ」

「そうですね」

 これは正宗のセリフで俺じゃない。

 

 そして終礼が終わると引き出しに一通の手紙が入っていた。

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