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亜人狩り・群状金属・ロクサーヌ  作者: 本田百郎
気楽にやろうよ
26/35

第26回 「つくづく君には手を焼くよ」

 すぐに女どもが罵声を投げかけてきた。


「謝ってきなさいよ! このバイ菌マン!」

 しかし俺はバイ菌マンではないので動かなかった。


「あんた女の子泣かしてタダで済むと思ってんの! このままだとクラス中の女子から二度と口きいてもらえないわよ!」

 しかし人間というのは忘れる生き物なので、俺はその心配はしなかった。


「春樹。何言ったか知らないけど、ロキシーちゃんに謝ってきて」


「……チクショーめ!」


 マヤが悲しそうに言うので、俺はもうほとんど破れかぶれで教室を飛び出した。


 なんであれで泣くんだよ! 泣きたいのはこっちの方だ! やっぱり俺の勘は正しかった。近づくべきじゃなかった。話しかけるべきじゃなかったんだ!


 俺が廊下を走っていると、各教室から女子生徒たちがゾロゾロ出てきて、白い目を投げかけてきた。

 中には親指を下に向ける者までいた。


「どういうこと?」


 答えはすぐに分かった。

 みな手に手にスマフォを持っているのだ。それで俺の話が共有されたらしい。


 俺の悪評は俺が走るよりも早く学校中を駆け巡ったのだ。文明の進歩が憎かった。


「おい、ロクサーヌはどっち行った?」

 俺はそこら辺を歩く男子生徒たちに声をかけた。


「紙谷、お前やっちまったなー。女子たちから総スカン食らってるぞ」

「うるせえ! 女の味方ばっかすんじゃねー。てめーチンコねーのかよ!」

「え、一応あるよ」

 一応なのか……。


「もういいから、さっさと教えろよ!」

「彼女なら屋上に行ったぞ」

 隣の男子が教えてくれた。

「気をつけろよ。ロクサーヌちゃんは隠れファンが多いから、男どもからも目の敵にされるぞ」

「そんなの見たことないぞ」

「だから隠れファンなんだって。彼女にお願いされたら、すっ飛んでいく命知らずばかりだぞ」

 もっとましなことに命はれよ。どいつもこいつも! この学校にはバカしかいないのか?


「とにかく謝ってくる!」

「その方がいいよ」


 屋上へと続く階段を駆け上りながら、俺は頭の中でシミュレーションをした。


 とりあえず有無を言わさず土下座しよう。彼女が呆気にとられている間に全てを終わらせるんだ! 考える暇を与えるな。言質さえ取っちまえばこっちのもんだ。誠意がないと言われるかもしれないが、理由が分からなきゃそんなもの湧くはずもない。


 だがこの感じだと理由を尋ねると必ず深みにはまる。底なし沼に引きずり込まれるに違いない。俺の勘は当たるんだ。それは既に証明されている。


 扉を開けると案の定ロクサーヌが立っていて、彼女はうな垂れながら手すりを掴んでいた。


 すぐに声をかけたかったが残念なことに先客がいて、彼が先に声をかけていた。

 正宗だった。


「大丈夫かい?」

 背後からで表情は分からなかったが、あの甘い微笑をたたえているに違いない。


 ムラムラと嫉妬心みたいなものが湧いてきた。このままだと彼女まで奴に取られかねない。


 もちろんロクサーヌは俺の彼女でもなければ友達ですらない。それどころか今の俺はクラスメートから赤の他人に追放される一歩手前だ。


 しかしそれでも俺の方が先に目を付けたことには代わりない。正宗だってそれを知っているはずだ。


「泣いているのかい? 僕で良かったら話を聞くけど」

「放っといてよ! あなたには関係のないことでしょ」


 その通りだ。この場合他人は無闇に関わらない方がいい。退け正宗! お前には掃いて捨てるほど取り巻きがいるじゃないか。


「そうもいかないな。女の子が一人寂しく泣いている。それだけで声をかけるには十分なのさ」


 しつこい奴だな。いくらお前がモテるからって、なんでもかんでも上手くいくと思うなよ!


「話してみれはくれないか。話しづらいところはボヤかしてもいいからさ。別に僕に説明する必要はないんだ。理解させる必要もない。ただ君がそれを口に出し、話すという行為が大切なんだ。人間というのは話すことで気持ちが楽になる生き物だからね。君の中で行き場を失った苦しみを、ほんの少しでいいから僕に分け与えてはくれないか」


 ロクサーヌは何も言わなかった。


「ほら、なんでもいいから最初に思いついた言葉を言ってごらん」

 だからやめとけって。これ以上しつこいと嫌われるぞ!


「……仕方がなかったの」


 おい……。


「上に言われて、私も彼に興味があったからそれを引き受けたら、楽しかったのは良かったけど同時にそこは底なし沼だった」


 俺は愕然とした。


 俺がロクサーヌと会話できるようになるまでどれだけかかったと思ってるんだ? どれだけ指を(くわ)えて眺めていたと思ってるんだ? 


 それをこいつは一瞬でやってのけてしまった! いとも容易く(かたく)なだった扉を開いてしまった! 


 でも認めたくない! 絶対に顔の違いだとは認めたくない! 恐らく体臭とかそっち方面の問題のはずだ!


「底なし沼?」

 俺の地団駄を他所(よそ)に二人は話を続けた。


「嬉しいことがあればあるほど心はどんどん沈んでいったわ」

「なるほどね。それで?」


「彼がすごく怒って、でも……私が『彼を利用していたこと』は事実だから、何も言えなかった。言いたかったけど、あの時の私では口から出た言葉が全て嘘になるみたいで、言えなかった」


「何を言えなかったの?」


 ロクサーヌは無言だった。


「君が彼を利用していたことは分かったよ。では気持ちの方はどうだったんだい? 行為ではなく君の気持ちは彼を裏切っていたのかい?」


「裏切ってないわ。ずっと……本当だった。それだけは信じて欲しかった」

 正宗は頷いた。


「でもそこから抜け出ることができなくて、『やらなきゃいけないこと』と『やりたいこと』でいつもジレンマを感じてた。時々抵抗して上に嘘をついたこともあったけど、でも彼を裏切っていることは一緒だから、いつも自己嫌悪に陥っていた」


「それを止めたいと言ってみたら良かったのでは?」


「それはできなかった。そうすると絶対この役目を外されるもの。ただでさえキャプラは私の気持ちに薄々感ずいているみたいだから、その上そんなこと言ったら二度と会えなくなる」


「それで、最終的にはどうなったんだい?」

「彼がやめたいって。全てを終わりにして忘れたいって言って。それで……」

「終わりにしたのか……」


 なんだこの会話。これでどうやって正宗は理解しているんだ? 

 こいつもあれか。マヤみたいに専用の電波受信機を持っているのかな? 


「今でもその彼とは会っているのかい?」

「一応顔は合わせているけど……」

「以前のようではないと」

「うん」

「君はこの先どうしたいんだい?」


 ロクサーヌは長い沈黙を挟んだ。どうにもこうにも答えを出せないようであった。


「『どうしたい』というのが分からないのであれば、どうなって欲しい? 君の意志がどうこうではなく、どういう状況が望ましいんだい?」


「……多くは望まないわ。また以前みたいに一緒にいれたら」


「好きなのかい、彼のことが?」


 ロクサーヌは何度目かの沈黙を挟んだ。


「困ったねえ。つくづく君には手を焼くよ」

 正宗は頭をかいた。


「やっぱりあれかな。排除(・・)するしかないのかね、君をさ」

 ロクサーヌの顔色がサッと変わった。


「あなた……何者?」

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