第25回 「俺たち昔どこかで会ったことない?」
正宗からのアドバイスを胸に、ツンツン状態のロクサーヌにアタックを仕掛ける春樹。
自分で言いだしたことなのに覚えてないってのは罪ですねえ。
不思議なこともあるもので、ある日教室でロクサーヌを見ると、彼女は何やらスマフォを見ながら微笑んでいた。
「おい、あいつが笑ってるぞ」
と俺。
「冷房を消せ! 寒波が来るぞ!」
と拓実。
「二人ともひどい。ロキシーちゃん、私といる時はよく笑うよ。この間だって、春樹がお弁当を毎日食べてくれるって話したら『良かったね』って微笑んでくれたもの」
「おい、その話のどこが面白いんだよ。どこにオチがあるんだよ。俺の豆乳石鹸の話の方が百万倍面白いだろ」
「いや、あれで笑う奴はいないだろ」
「香澄は腹抱えて笑ったんだけどな」
拓実とマヤは白い目で香澄を見た。
「あれは何かの気の迷いだったのよ。消したい過去だわ」
「あれのおかげでこいつはここにいる。だからロクサーヌもいけると思ったんだけどな」
「だからロクサーヌは怪談話だって。化け物とか妖怪とかそういう話がいいぞ」
「私は食べ物の話の方がいいと思うな。食べ物の話をすると、女の子はみんな幸せになるよ」
「香澄はどう思う?」
「うーん、私は話しかけない方がいいと思う。紙谷くん、あんたと彼女は水と油。前世とか生理的な話は置いといて、あんたの気付かぬところで相当彼女を傷つけたことがあるのよ」
「だからそんな記憶ないって」
「忘れてるだけよ。思い出してみなさい」
「うーん、明日思い出す」
「今思い出しなさい」
「とにかく機嫌が良さそうな内に、もう一回挑戦してみるよ」
「行ってらっしゃい」
三人は少々呆れたように手を振った。
俺はロクサーヌの背後から近づくとスマフォの画面をそっと覗き込んだ。
彼女の髪からいい匂いがしてきて少々目的が変わりそうだったが、そこは健全な男子の証と前向きに受け止めた。
その時、バタン、と彼女がスマフォを伏せた。
もちろん俺の気配に気づいたからだ。
それから振り向いた時には先ほどまでの微笑も消えていて、用意していたような無感情の仮面を被っていた。
「何?」
「あ、いや何見てんのかなって思ってね。何か面白い書き込みでもあったか?」
「あなたに関係あんの?」
「問題はそこだな」
「意味分かんないわね」
あれ、今ちょっと会話が成立したぞ。
「知ってるか? 人魚って聞くと今じゃアンデルセンが書いたあの可愛らしい人魚姫を想像するけど、昔の日本じゃ人魚って言ったら本当に化け物みたいな姿だったんだ。で、その人魚の肉を食べると不老長寿になったとか。でも何百年も生きてもやりたいことなんてあんまないよな」
「そうかもね」
マヤたちの顔が期待でパッと明るくなった。声なき応援の声が聞こえた。
分かってるって。次は食べ物の話だったよな。
「だいたい人魚の肉って美味いのかね。魚なのか人なのか。人だったら最悪の味だな」
「人間の肉食べたことあんの?」
「人を食ったような奴とはよく言われるけどね」
「中々上手いわね」
上々の出来だった。
次は正宗のアドバイスを実行に移す番だ。
「ロクサーヌってあれに似てるよな。シエンナ・ギロリー。知ってる?」
「映画『タイム・マシン』に出ていた女優さんね」
ロクサーヌは少し嬉しそうに見えた。
「うん、それ。俺、あの映画好きなんだ。特にタイム・トラベルをしている最中に、ショーウインドウのマネキンの履いてるスカートが、時勢に合わせてどんどん短くなっていくシーンが上手いなって思ってね」
「本当のタイム・トラベルもああいう風にロマンチックだったらいいのにな」
「え? タイム・トラベルしたことあんの?」
「もちろん。私は未来からダメ男を助けに来たのよ」
「ドラえもんかよ」
彼女が俺に冗談を言った。
これは攻勢に出るべきだろう。
「なあ、なんか俺たち昔どこかで会ったことない?」
「え」
彼女は明らかに驚いていた。もはやはっきりと感情を露にしていた。
なんだこの反応? なんだか知らんがもうちょっと押してみるか。
「どこだったかな。喉のこの辺まで出かかってんだけど、お前は覚えてるか?」
ロクサーヌは戸惑っていた。
やっぱ何か知ってるのか?
「おかしいよな。こんな飛び切りの美人、俺が忘れるわけないのに」
早く喋ってくれ。間が持たない。
「じゃあこうしようか。お前がどこで産まれて何をしてきたか、それを俺に話してみてくれ。必ずそこに俺との接点があるはずだ」
「そんなに……そんなに私のことが気になるの?」
「当たり前だろ。俺が知りたいのはいつだってお前のことだけなんだ」
最大限感情を込めたつもりだったが、反応は予想外のものだった。
ロクサーヌは突然大粒の涙を零し出したのだ。
今度は俺が戸惑う番だった。
「何? どうしたの。俺なんかまずいこと言っちまったか?」
「ごめんなさい」
彼女はそう言うと徐に席を蹴って走り出し、みんなが唖然とする中、教室を出て行った。
一斉にクラス中の視線が俺に集まった。
「え、俺? 今の俺が悪いの?」
何がなんだかサッパリ分からなかった。




