第18回 「君は『ジャムシード』って聞いたことあるかい?」
「好きなのかい? 彼女のことが」
急に後ろから声をかけられて、俺は心底びっくりした。口から心臓ならぬマリーが飛び出しそうだった。
「お前、つけてたのか?」
それは正宗だった。
「興味があるって言ったろ?」
正宗は穏やかな笑顔で悪びれることなくそう言った。
「それはマヤにだろ」
「君にも興味がある。君だって僕に興味があるはずだ。僕のおかしな言動は僕を奇人と考えても説明がつかないはずだからね」
自覚はあったのか。
「説明させてくれるかい?」
俺は正宗の誘いに乗って近くの喫茶店に入った。
「恐らく今の君なら、僕が未来から来たと言っても大して驚かないはずだ」
十分びっくりした。
「彼女とは別のグループなんだよ。だから彼女は僕のことは知らない」
「どういうグループなんだ?」
「目的は同じなんだが少々競合するところがあってね。未来の世界も別に一枚岩ってわけじゃないんだ。終始大きい国とか小さいグループに分かれ、予算や主導権を争っている。醜い話だが僕みたいな下っ端に出来ることといえば嵐が収まるのを待つことと、後はひたすら自分の仕事に打ち込むことくらいでね。僕の仕事は神話解釈学といって、ちょうど神学と歴史学の中間にあたる学問の研究だ。君は『ジャムシード』って聞いたことあるかい?」
俺は首を振った。
「彼女からは?」
「聞いたことない」
「ハハ、やっぱりね」
何がおかしい。
「失礼、でもやっぱりおかしいよ。だって君はキャラバンの真の存在理由について、一言も彼女から説明を受けてないんだからね。君って本当に彼女たちの仲間なのかい?」
正宗はジッと俺を値踏みするように見た。
「俺はそう思ってる」
「問題は彼らがどう思っているかだよね」
「それはあいつらに訊いてみてくれ」
「僕らが訊いても教えてはくれないだろうな」
正宗はコーヒーをスプーンで一度かき混ぜた。
「ジャムシードというのはストレンジャーの始祖の名前だ。このジャムシードが大本となって、今のストレンジャーたちが生まれたと考えられている」
「なんでそんなことが分かるんだよ」
「秘密は彼らの口承神話にある。これはその名の通り彼らの間で口伝えによって何世代にも渡って語り継がれてきた神話だ。いわばストレンジャー版の創世記といったところかな。彼らがどうやって生まれ、どうやって世界に広がったかが物語の形を借りて説明されている。人間側はこのジャムシードを見つけて抹殺したいと考えている。そうすれば後の子孫たちがみな消えるからね」
なるほど。うまい手かもしれない。
「さて、ここで大事なのがそのジャムシードがいつどこで産まれたかを知ることだが、それを探るにあたって神話の中のとある聖女の逸話が重要となる」
正宗は自分の手帳を取り出すと俺にあるページを見せた。そこにはこう書かれていた。
——ある時マヤは沙漠で行き倒れた群盗の頭目に出会った。哀れに思った彼女は皮袋に入った駱駝の乳を与えた。男は息を吹き返すと世界中を荒らして回った。世の不幸は全てこの群盗が幸福を盗むからに他ならない。
——またある時マヤは沙漠で行き倒れた男に出会った。哀れに思った彼女は皮袋に入った駱駝の乳を与えた。この息を吹き返した男こそ、我らが始祖ジャムシードである。ジャムシードは群盗から幸福を取り戻す為戦い、我らを生んだのである。
「このマヤという人物こそ早乙女マヤその人なんだ」
「冗談だろ!」
「冗談なもんか。僕らも長い間探してようやく見つけたんだ。遅ればせながらやっとキャラバンに追いついたんだ。初めて会った時の僕の興奮が理解できただろ? 君だってタイム・マシンで過去に行って、教科書で見た人物に会ったら感激するんじゃないかな。ましてや僕は神学者であり歴史学者のようなものだ。この分野は専門なんだよ」
「しかしマヤが聖女とはね」
「まあ聖女という言い回しはストレンジャー側からの言い方であり、人間側からしたらどうにも扱いに困る人物であることは確かだ。しかし一つだけ確かなことは、彼女はその生涯においてジャムシードと必ず接点がある。それがいつ、どこでかは分からない。恐らくこれらの文言は比喩であり、実際に彼女が沙漠で駱駝の乳を与えるわけではない。神話ってのは得てしてそういうもんだからね。とは言え語り継がれるだけの価値がある行動はとったはずだ。とにかく現状出来ることといったら、彼女を終始監視してその行動を分析することしかないんだよ」
「キャラバンはその為にあると?」
「そう。さて、ここで君に質問がある。君はどうして今の仕事をしているんだい? いや、動機を訊いているわけじゃないよ。切っ掛けを訊いているんだ」
「ロキシーに誘われた」
「ふーん、やっぱりね」
「なんだよ。何か言いたそうだな」
「なんというか、偶然ってあるもんだね。マヤの友達の君をたまたま誘うとは」
「街で偶然会ったんだよ。彼女がストレンジャーを殺しているのをたまたま見たんだ。あれが偶然じゃなかったとでも?」
「いや、問題にしているのはそこじゃない。たまたま街で出会ったというのはいいよ。でもその相手がマヤの友達であることを、恐らく彼女は気づいたはずだ。仮に彼女がその任務になく知らなかったとしても、本部側は絶対気づいたはずだ。だよね」
俺は何も言えなかった。




