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亜人狩り・群状金属・ロクサーヌ  作者: 本田百郎
キャラバンとその1つ目の秘密
14/35

第14回 「紙谷くんも群状金属に名前をつけてみたら?」

「サリーってのはね。タイム・トラベラーの奥さんの名前なのよ」


 健康診断が終わると、ロキシーは「いいところに行きましょ」と俺を誘った。


「紙谷くんも群状金属に名前をつけてみたら? 要はペットと同じよ。名前をつけた方もつけられた方も愛着が出てお互いの関係も良くなるわ」


「ロキシーもつけてんの?」

「うん」

「名前は?」

「アレックス」

「どこからつけたんだ?」

「それは……まあいいじゃない」

「なんでタイム・トラベラーといいお前といい、異性の名前なんだよ」

「そっちの方がらしくなるのよ。大概の人はそうしてるわね」

「アレックスってのは……もしかして旦那さんの名前か?」

「ちょっと、私のこといくつだと思ってんの」

「実際あっちの世界ではいくつだったんだよ」

「同い年よ。別に変な若返りの薬なんて使ってないわ」


「前々から聞きたかったんだけど、どうしてこの仕事してんだ?」

「それは話すと長くなるわね」

「手短にお願い」

「家業」

「本当に短いな」

「亡くなった両親がやってたの」

「そうか……無神経だったな。すまない」

 ドアが勢い良く開いた。


 エレベーターの時もそうだったが、ドアの前で待つと勝手にスキャンして開けてくれるのだ。


「さあ、ここが目的の場所よ。これがなんだか分かる?」

 目の前の空間は部屋と呼ぶにはあまりにも巨大な代物で、吹き抜け構造のため眼下にもう一つ階層を持っていた。


 まず目についたのが階下のトンネルの入り口。恐らくは地下鉄のそれを再利用しているのだろう。どこに続いているのかは分からなかったが、手すりから乗り出して観察すると、煌めく壁が実は無数のセンサーから構成されていることに気付いた。


「まさかタイム・マシンか?」

「そう、簡単だったかな。私たちはこれを使ってこの時代に来たの。このタイム・マシンは別名『カタパルト』。その名の通り時間を一方向にしか跳躍できない。だから帰る為にはもう一台同じ機械が必要で、それはこの時代のここにしかないのよ」


 予算は優先的に最前線、つまりは未来世界に注ぎ込まれているらしい。

 仕方ない。あっちでは戦争をしているのだから。


「さて、そろそろ到着する人たちがいるから一緒に待ちましょ」

 俺を誘ってロキシーはトンネルを見渡せる部屋へと入った。


 部屋にはモニターがいくつかあり、白衣の男たちがその前で忙しなく働いていた。

 どうやらここは管制室のようだ。


「お行儀良くしてるのよ。恥かくのは私なんだからさ」

 キョロキョロする俺を見てロキシーが脇腹を突いた。


 それから彼女は仲間たちにあれこれ質問しだしたので、俺は部屋の隅で言いつけ通りじっとおとなしくしていた。


 しばらくして品の良さそうな中年男性が話しかけてきた。

「おや、君が紙谷くんかい?」

 俺は頷いた。

「キャプラだ。ロキシーと君のサポートを担当している。健康診断は受けたかね?」

「はい、一通り」

「そうか。私は君たちの心と体のサポートも担当しているから、何か悩みごとがある時は遠慮なく相談してくれ。それから労災の窓口も私だからその時も遠慮なく言ってくれ」


 キャプラはそう言いながら俺の顔をジロジロと眺めた。


「ほー、そう来たか。なるほどなるほど」

「なんですか?」


「君、写真写り悪いね。写真では分からなかったが、こうして直で見るとちょっと知ってる奴に似てるんだよ。こっちの世界にいると、時々知り合いの先祖ではって人に会うことがあるんだけど、君も恐らくそうなんだろうな」


「どんな人ですか?」

「うーん、実は直接は会ったことがないからよく知らないんだ」

「ロキシーも知ってる人ですか?」

「いや、彼女は知らんよ。私の方の知り合いだからね」

「あれ、キャプラ。来てたの?」

 ロキシーが彼に気づいて声をかけてきた。

「ようロキシー。調子はどうだい」

「まあまあね」


「今日新しい人員が到着するだろ。実はそれで今悩んでるんだよ。内勤(クルー)にするか外勤(エスコート)にするかをさ。良かったら彼のパートナーにしようかな。人材育成には定評のある奴なんだよ」


「止めてよ。せっかくここまでやったのに」

「安心しろよ。君の方にはバルボラを用意してある。彼女も来週中には到着するはずだ」

「私はこのままでいいわ。現状に特に不満はないし、それに彼はもう立派な私のパートナーなのよ」


「そうか……じゃあいいや」

と言ってキャプラを俺の方を見た。


「と言う訳だから紙谷くんもがんばりたまえ。まあ危なくなったら彼女に守ってもらうといいよ。知ってるかい? 彼女は世にも珍しい産まれながらの群状金属の罹患者なんだよ。稀に母体感染するのさ。結果この若さで経験、体力ともに警ら(エスコート)のトップを張っている。だから少々お転婆でも我慢してくれよな」


「キャプラ」

「なんだよ、褒めてやってんのに。……さて、そろそろ三時だな」

 キャプラは下がって壁を背にすると腕組みした。


「三時になりました」

 管制員の一人が言った。

「これよりのタイム・マシン(カタパルト)への立ち入りは禁止されます」

 警告ブザーと共に室内の空気が変わった。

 みな私語を止め、自然とガラスの向こうにあるトンネルへと目が注がれた。


 どうやらこちらの世界時間で三時にトラベルは開始されるらしい。

 移動にどれくらい時間がかかるかは分からなかったが、みな無言なので訊くこともできず黙っていた。


 しばらくしてみなが何を目安にしているのかが分かった。

 盛んに変化するモニターの一つ。

 そこには座標軸のようなものが映し出され、細かく点のようなものが記録されていた。

 そこで俺もそれを見続けることにした。


 早くも飽き始め一つ目のあくびが出た頃、一人の男がアッと声を漏らした。

 座標軸には団子状になった幾つもの点が現れていた。


「多量のニュートリノを観測!」

 室内の空気がどよめいた。


「間違いないのか?」

「間違いありません。ニュートリノが……検出されました」


 誰も何も言わなかった。


 ブザーがもう一度鳴ると、突然ロキシーが走って部屋を出て行った。

 またキャプラも頭を抱えうなだれていた。

 何が起きたのかは分からなかったが、とても訊ける雰囲気ではなかった。


 とりあえず俺はロキシーを追った。

 タイム・マシン(カタパルト)への立入制限は既に解除されていた。


 彼女は通路の奥で独りうなだれていた。


「タイム・トラベルにはね」

 ロキシーは俯いたまま語ってくれた。


「一つだけどうしても解決できなかった障害があるの。私たちはそれを『因果律の壁』と呼んでるわ。過去から現在の間に存在し、私たちの行く手を塞ぐ絹のように薄くて分厚い壁。人間はそこを生身では通過できない。神様は人間にはその肉体を与えてはくれなかったの。あのストレンジャーたちには与えたくせにね!」


 何故タイム・トラベラーが「世界初」ではなく「人類初」の時間旅行者なのか。つまりはそういう訳だった。


「でもタイム・トラベルには道具を持ち込むことはできない。それは無垢(むく)な状態、つまり裸でしか行えないのよ。だから私たちは群状金属に目をつけた。それで隙間なく体を覆うことによって、因果律の壁を突破しようと試みたの。それはどんなに頑張っても一秒か二秒しか持続できなかったけど、壁を通るのには0.01秒もかからないから、タイミングさえ間違わなければ理論上は可能なはずだった。……そして長い試行錯誤の末、人類はそれを成功させたわ」


 では失敗するとどうなるのか? それを先ほど俺たちは見たのだ。


 壁に激突した人体が素粒子レベルまで粉々になって四散する。観測されたニュートリノは、彼らの最後の叫び声だった。


 タイム・トラベルはいつもこうして行われていた。

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